そんなに多くの場面で接しているわけではないけれど、そして普段の生活の中では忘れているけれど、ふとしたことで人生の場面場面でそのひとのことが思い出され元気づけられる。榊莫山先生は僕にとってそんなひとでした。直接お会いしたこともなければ彼の作品を生で見たこともありません。たぶんNHKの『人間大学』で見たのが初めてで、一目でその人柄のとりこになり、その人間大学を連夜楽しみに見ました。その後も『趣味講座』だったと思いますが書について講師を務められていました。『土』と書くのに太くて薄い線を横に二本書いて、縦に細くて少し濃い線をすっと書かれる。これが『土』。土の中から新たな生命(草)が小さいけれど力強く生えてきている様。小さくて力強いけれど、頼りなくもあるその一本の草の生命力とそれを育む土の温かさを表現している、そんな拡がりを感じさせる作品に感動したものです。筆もいろいろあるんだ、とご自分のコレクションを説明し、自分の髪の毛で作った筆もありました。紙もいろいろあるんだと説明されました。書にもいろいろあるし、画にもいろいろあるし、生き方にもいろいろあるんだということを、これは自らで示していただきました。莫山先生には本当にそんなに多くの時間接したわけではありませんが、彼のことを思うと多くの言葉が浮かんできます。彼に教えてもらった言葉で僕の一番好きな言葉があります。それは『抜山蓋世』です。広辞苑には『力は山を抜き、気は世をおおうほどに勇壮な気性の形容』とありますが、先生の解釈はこうです。山を引っこ抜くような力は大きい力だが、同じく世を蓋うような愛もまたとても強い力である。僕はこの解釈にぞっこんです。以来僕の左右の名は『抜山蓋世』なのです。莫山先生。ご冥福をお祈りします。
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