『ブラタモリ』というNHKの番組(先日歩いた新大久保を扱ったときのを貼り付けました)がありますが、町を見る視点を変えると何気なかった町の風景がとても面白くなる、そんなことに気づかせてくれる番組。むらむらさんと歩いていても同じくそんなことを感じさせてくれる。町のつくりや変遷を知ることはとても興味深い。そのような散策に役立つのが古地図。昔ここにはこんなものがあったんだ、なんて知りながら歩くのはとても楽しかろう。
で昨日手に入れた(患者さんからいただいた)武雄の古地図のコピー。
上は明治39年、下は大正12年の地図。
今の武雄市役所は明治39年は高等小学校、大正12年は小児運動場などがあった。町役場は今の市役所と道路を挟んだ場所にある。明治時代は今の中町や西浦あたりは現在の丸山公園(大正時代は天神山公園と表記)の周辺も含め全部田畑。竹下通りも田畑だ。当時は郡役所もあり、明治時代は今の石橋リハビリテーション病院辺り、大正時代は今の武雄勤労者福祉会館辺りにあった。
大正時代の地図の方がいろいろ鮮明に書いてあって、警察署は今の夢本陣のところに。税務署や裁判所は今のところと同じ。なので患者さんとの会話の中で「昔は捕まったひとが裁判が終わると手錠つけられたまま新町から温泉どおりを通って警察署まで帰ってきよんさったですよ」という面白い話も聞いた。
今、東洋館や花月の裏、竹が茫々としているところは昔は公会堂があった。もともとは廣福寺の鐘つき堂があったのだそうだ。廣福寺はもともと大変大きなお寺で現在の内町は廣福寺の境内を表すとのこと。
今の京都屋の裏は劇場通りとある。現在、蓬莱駐車場がある辺りに蓬莱座があった。いろんな一座が来て賑わったそうだ。
一枚の紙に書かれた古地図だが、見ているとまだまだここには書ききれない面白さ、魅力がある。
最初に紹介した『ブラタモリ』にも古地図が利用されている。武雄をブラブラ散策するのに古地図を利用した資料があるといいなぁ、と思った。
そして何より、古地図を見せると、ここにはあれがあった、こんなことがあった、とお年寄りさんの口が止まらなくなり、またその時の笑顔がすばらしいのだ。
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現在の地図と重ね合わせるとおもしろいです。
われわれが知っている30年前の地図とも、バイパスやら大きく状況が変わってますしね。
グーグルアースで見る古地図、リンク貼っておきました〜。
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