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第84話に続くRessarさんのメールをご紹介します。期待し、裏切られ、助けられ、、、孤独で、仲間で、、、支え、支えられ、、、様々な思いが交錯します。でも彼女がすごいのは毎回言っていますが精神が強い。そして優しい。佐藤一斎先生が言志録でもおっしゃっていますが、立派な人は、自分には厳しく、人には寛容。Ressarさんはそのようなひとだと思います。勉強になります。

 

一昨日は、おじいちゃんが先日まで入院してた病院に、CT・MRIをもって、身体障害者の申請を書いてもらうために、朝早く母と叔母が祖父の元へ向かったのですがそのときの事です。私は、祖母の家に連れてってもらって、久々に、おばあちゃんにあいました。元気そうで、祖母のことは安心しました。でも・・・まもなくして母から電話が入り、結局、診断書を書いて貰えなかった、と・・・
ここでは麻痺の程度や経過が判らず、CTなどの画像を持ってこられても、申請書はかけないと、年いった先生で、診察室に入ってすぐ言われたらしいのです。
ではなぜ、書けないと判っているならば、あのとき、CT・MRIの画像を持ってこいと、言ったのだろう?最初から書けないならば、そう言ってくれればよかった。
そしたら、雨の中、まだ体調も万全でない祖父を、介護タクシーでも、振動があるし、しんどい中、連れて来ることも無かっただろう。
医師に、診断書を求める事は、そんなにも大変な想いをしなければ、書いてはもらえないのですか?私は、自身の診断書や身障者交付について、医師に何度も書いてもらえず、また書いてもらっても、国で却下の通知がきました。そのたびに、受け入れられて貰えないこの病気の悔しさと孤独を感じました。
診断書が書けないのは、難病認定にならないのは、私の病気が、国内では初で、世界でも、数例しか報告のない稀少難病だからですか?たった数人の、今生きているたった一人、この難病にかかっている人間に、貴重な国の財政を使うことは許されないからですか?

では、なぜ、祖父は書けなかったのでしょう?経過が判らないからですか?では、経過を書いてもらった書類を持ってくれば、書いて頂けるのですか?
私は、この特定の医師しか身障者認定書を書けない制度、「指定医制度」には、断固反対の立場をとります。
指定医になるには、そんなに偉いカリキュラムがくまれるのですか?
医師ならば、誰でも、書ける制度にするべきです。
もしも、今までかかっていた主治医が、その指定医の資格を持っていなかったら、指定医がいる病院へ受診し、一から検査し、はじめての医師に、診断書を書かれるのです。患者にとって、本当にそれが、最善だと想われますか?

祖父は今まで長年かかっていた病院で受傷し、寝たきりになりました。今までの病状や既往歴も経過も全て、判ってくれている院長先生には、指定医の資格がないため、ここでは身障者の認定書が書いて貰えませんでした。だから指定医がいる先日まで入院していたこの病院に、来たのです。

どうか、指定医制度の廃止が施行されますように。国の財源の問題云々の前に、生活者の視点に立って、国民の立場に立った支援検討を切に願います。

後期高齢者医療制度が施行され、低所得者や非課税所帯でも、関係なく、年金から天引きされます。そんな状況から、医療費はどんどんあがり、生活物価もあがっている今日。本当に私たちの生活は守られていますか?

 

(中略)

病院では、身障者の申請書を却下されたことも、年老いたドクターに、「前にあったやろ。虚無の身障者申請をしたとして、医者が訴えられて、懲役2年やて!俺、そんなんなりたないもん。だから、うちでは書かれへん。」そういきなり、言われたのだそうです。何言ってるんだろう、この人・・・。あなたは、人の命に責任を持つ事なんてできますか?あなたはなぜ医者になったの?なぜ・・・虚無の申請となるの??あなたは・・・意見書を求めて来た患者を、そんな理由で、門前払いするのですか・・・。何のための、指定医ですか?私には、そう思えてなりませんでした。。

私は、指定医制度の廃止を求める運動を始めることにしました。祖父の事、そして私自身にも、指定医をめぐり、身障者申請を書いて貰えなかった苦い経験が多々あるからです。同時に、身障者手帳に代わる、進行性難病者に身体障害者手帳の代わりとなる、難病者手帳等の新たな難病者特定の制度を国へ求めます。

今の私に何ができるか。きっと、私には何もできないんだと想う。だけど、誰かが声をあげ、立ち上がらなければ、当事者の声は、そこに置き去りになるだけです。医療裁判を怖がるため、満足な医療ができなくなっている。それも、事実です。

所詮、人事なんだよ・・・所詮、他人事。医療なんて、福祉なんて、どこの世界だって、そうでしょ?そんな事すら想いました。誰も助けてなんかくれない。

福田総理は、先日の会見で、「(生活物価の上昇、暫定税率復活は)仕方ないものは、しょうがない」そう発言しています。何かを削らなければ、やっていけないのは、確かです。しかし、削るべきところを間違ってはいないだろうか?
大阪府知事の橋下知事は、人件費の大幅な削減をし、偉く反発を買っていますが、少しやりすぎな面も感じる時があるけれど、彼が大阪を立て直してくれる一任者になるであろうとも想っています。なってほしいという、願いを込めて。知事赴任期間の、この4年間で、
どれだけこの大阪が立ち直れるだろう?府の財政を含めた府民の生活を。
それにはやはり、国民の理解と、府庁で働く全ての職員の理解協力が、不可欠だと想うのです。
批判することは、簡単です。非難することは、誰にでもできます。しかし、人を支えることは、なかなかできる事ではありません。人を応援することも、簡単な想いだけで、できる事ではありません。一度、支持しようとした人の事を、時期が経ってから、支持率が下がるのは、私は何とも、無責任に感じてしまうのです。
福田総理も、最初は支持率が結構あったのに、今はかなりの確率で下がっています。確かに、福田総理のやり方や考えに納得できない事は多々あるけれど、それを生かすも殺すも、やはり、国民次第だと想うのです。
人を非難し、批判するだけではなく、社会人として、ひとりひとりが、己の言動と行動に責任を持ち、社会で生活する事が、今一番求められる事だと想います。
政治が悪いから、生活が苦しいから、財政不足だから職がない、
それは、結局は、政府を敵にした、国民の政府を否定している結果であろうとも感じます。
政治家に悪い人もいるけど、それは何も政治に携わっている人だけではないはず。人間は誰にでも、善と悪を持っています。誰が悪い、政府を非難する前に、一緒になって、政府の再建に、国民も参加できるレベルになるように、それには、政治人以前に、ひとりひとりの人間の意識の改革の問題であろうと感じます。
なんだか、偉ぶる事言ってしまったけど・・・昨日・今日の橋下知事、福田総理の会見をみて、素直に感じた事です・・・。聞き流して下さい・・・。

最近、唯一見えていた左目の視力が急激に低下し、今では一メートル先の人の顔を識別することも不能になってしまいました。私はこれからどうなるのだろう・・・そんな想いは多々抱えていますが、夜からは、パソコンを出してもらって、お仕事でした。

身体障害者指定医制度廃止に関する署名活動を開始するために、それに向けた、陳情書の作成、署名の作成など追われています。目標は、10万人です。まずは、それだけの署名が集まれば、大阪市議会長宛に提出し、そこで検討され必要であると認められれば、参議院に持ち越され、その後、衆議院にて可決されたあと、厚生労働省へ国会レベルの請願となります。

市を相手にする署名運動ではありません。国レベルでの戦いです。きっと、簡単な事ではないと想う。そんなことは、百も承知です。しかし、やはり、何度も訴えているように、指定医制度には反対なのです。そう感じているのは、私だけではありません。今まで、各団体に所属している者として、多くの署名活動を行ってきましたが、今回、私が一人で事を起こす事は初めての事です。

陳情代表者として、私は責任ある行動をしなければならないとも想っています。身体が動かない分、左目に視力が残されている今に、右耳が聞こえている今に、左手が動ける今に、やらなければならないことだと想っています。

私は、各団体を通じて、議員さんを紹介していただき、ともに訴えていきましょうと、後押しをいただきました。それがどんなに尊いことで、ありがたく、恵まれていることなのかを、今身を持って感じています。きっと、そう簡単には、いきません。何年も年月がかかるとも想います。可決されたあとも、制度策定には、想像を絶するくらいの年月がかかります。しかし、私には、守りたい、私の後に続くであろう多くの難病児者がいます。私だけのことで言えば、何もここまで動く事はないのだと想う。国に認められない難病に、そんな稀少難病を持って生まれてきた事が運命でしたと、それでいいはずなのです。だけど、今回、祖父の診断書拒否事件で、想いました。医師は何のために、医療をなすのか?それは自己を保身するためであるのか?あの医師が言った、「訴えを起こされて、実刑にはなりたくない」モラルが問われる患者側が増えてきたのも事実です。訴訟をおそれるあまり、パワーダウンしていく医療者がいるのも事実です。しかし、自分を保身したままの医療は、結局は、人をも自分をも守れないと想うのです。
人生にリスクはつきもの。もう二度と、私たちが味わったあんな苦い想いを、する人がないように。私たちが動かなければと、想ったのです。私は市と国に、陳情書を提出しようとしているその旨を今日はじめて両親に話しました。両親は、ちゃんと受け止めてくれて、「協力する」と力強い言葉をくれました。


作成書類が多々あり、左目の視力も格段に落ちている今、パソコンのまえに、長時間座り、作業することは、本当にしんどい作業です。でも、誰もやってくれない。誰かがやらなければならないから、やるだけのことです。

Ressar

 

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そうですね、医師なら誰でも、というわけにはいかない部分、確かにあって、これが患者さんに不利益になっているということ、恥ずかしながら知りませんでした。

認定医、指定医になるには、私も詳しく知りませんが、聞いた話では、ケースレポート(症例に関する報告書)を幾つか書いたり、指定の試験(というのかな)など受けないとなれないそうです。それも日常の診察の合間にこれらをこなさなければならず、お金と手間がかかるわりに、取ったメリットはそれほどでもないのが現状のようですね。

今後の課題だと思います。
written by azuki / 2008.06.20 13:44
寝たきりでも障害認定が困難な方がいらっしゃる反面、毎日のようにゲートボールを楽しむ1級障害のご年配もいらっしゃる。
http://sinzobyo.com/cgi/syogai/yybbs.cgi
上記URLは、以前に他の先生のブログコメントにも紹介させて頂きましたが、問題は山積みのようです。
社会保障費抑制で、各団体も既得権益を守るに必死、これが又悲劇を増幅しているようでもあり、手帳も年金も近頃は新たな障害者参入が益々難しくなっているようです。
老齢年金受給前の病苦自殺の増加は、そんな事情が大いに関係しているのではないでしょうか?

お爺ちゃんとお婆ちゃんに留まらず、浜幸さんのCMのように、国民の視点でおかしな制度は根本から見直して欲しいですね。
written by 柊 / 2008.06.21 00:49

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