2008.04.15 08:13 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  Ressar  |  かいぼー  | 推薦数 : 0

揺れ惑う (第82話)

僕らがいろんなことを考えたり行動したりしている間、Ressarさんもいろんなことを考えながら、そして常に病と向き合っています。本人は向き合わざるを得ないですが、そこに関わるひとたちは向き合うことをやめることはできます。そうやってひとが離れていくことはRessarさんのように難病をかかえているひとにとってとてもつらいことです。でも引きとめることは自分のわがままかなとも考えるのです。そしてそれが死を意味することだってあります。自分だって自分の病気に向き合わないって思うことだって当然あります。でもRessarさんはまだ生きたいのです。今回はその葛藤編です。実はRessarさんは今あまり調子がよくないようです。なぜそう思うかというとメールが来る間隔が遠のいています。メール打つのが大変そう。なのでメールが来なくても努めてメールを僕の方からは送るようにしています。内容はないメールですが、僕は忘れていないよ、という気持ちを伝えるためです。

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こんばんわ。。
J
リーグ開幕ですね!!無事に、行かれましたか?
私の体調ですが最近思わしくありません。。
昨夜は在宅医の先生から進行の告知、そしてこのまま治療の継続をしていくのかそうでないのか、治療の打ち切りを宣告され、そのまま泣き明かしましたただただ、悔しくて、情けなくて。。

そして、来週からの治療を私はやめることを決めました。
昨日、在宅医の医師より、これ以上うちでの治療はできず、もし続けるのであれば、昨年転院したあの病院での治療継続証明書をもらってきてほしい、でなければ、できない、と言われ、心身共に疲れきってしまっていました。

私はかいぼー先生にも何度も伝えてきたように、昨年10月に、長年お世話になっていたこども病院から、総合病院へと転院しました。しかし、転院先で、いろいろあり、ドクターの心ない一言に深く傷つき…“もう絶対、この病院には来ない!!そう、決心しました。あれから、私は転院先の病院には一度も行っていません。それを踏まえた上で、中学のころからお世話になっていた血液内科を専攻としておられる在宅医の先生の元で、治療を継続するようになりました。
私にはもう一つ、生まれたときからお世話になっている大学病院があります。その大学病院の主治医たちは今でも私の支えになってくれていて、特に小児がんの主治医は私のもう一人の父親です。
ただ、病状が進行してから、その病院にまで毎週治療を受けるために、通うことができなくなりました。重度障害を抱えていると、通院するのだけで、大変な時間と労力、介護力を必要とします。
治療の指示や確認は、随時行ってくれていますが、継続しての治療を長いスパンでみることができぬため、在宅医の先生にとっても、不安があるそうです。
私はたった12度受診しただけのあの総合病院には、もう二度と行きたくない。そこへ、治療継続証明書を、貰うなんて、絶対許されない。だって、治療っていう治療受けてないから。
その総合病院では、ただ門前払いを受けただけあの呼吸器部長に言われた、最後の切り札。あの言葉で、私は、医者って何のために存在するのだろう、医療とはそもそも誰のためにあるのだろうそう思ってきました。

もう心身共に疲れきってしまっていました。今でもその状態に近づきつつあります。治療継続証明がないと今まで受けてきた治療ができないというのなら、私はもう、それでもかまわない。それは同時に、進行するスピードをもっと早め、きっとすべての治療をやめたその時点で、私の命のカウントダウンは、益々進んでいくでしょう。

私は今まで、生きるために、家族を残していけないと思ったから、つらい治療にも、耐えてきました。ターミナルでも、それでも、最小限の治療は受けていたいと、主治医と協議の上で、あの治療を続けてきました。在宅医の先生も、それを了解してくれているはずだった。だから、私を受け入れてくれたのではありませんか信頼していた在宅医の先生だっただけに、今はもう、心がぼろぼろです。誰も何も悪くない。治療の限界が来ただけなのだと思うことにします。

もっと、生きたかった生きて生きて、せめて祖父母を看取りたかった。それさえを許してもらえないのだとしたら。私は自らの命に責任を持たなければなりません。たとえ、治療を辞めても、それでも後悔のないように。疲れてしまった。今はまだ、何も考えたくありません。

治療をやめる……まだ迷いはあります。でも、いずれそのときが来るのだとしたら。黙って受け入れるほか、ないのかもしれません。今日まで生きられた、そのことで、十分すぎるほどの幸せだったのだと。余命を告知されてから、1年と少し。この時間は、私に与えられた、「奇跡の時間」だったのだと思っています。治療をやめることになっても、誰も責めることもないようにあの日、私はすべてを捨てる覚悟をした。すべてに、さよならを告げた。それは同時に、死の覚悟を決めたということ。
少しだけ病気のことを考えず、何も迷うこともなく、静かに時を過ごしたい。
ずっと泣いていた私に、弟は、本当にやさしい手をさしのべてくれました。「もう治療も受けない!!」そう言いきる私に、「何があったん?なんで治療受けへんのさ!!どうしん、姉ちゃん、何があったん?」小さな手で私の背中をさすってくれた弟は本当に神様のようでした。いつもこの子には助けられてきました。それは今回も変わらずに私は彼がいるから、生きていられるのだと思います。生きようと思えるのだと思います。弟の成長をもっともっと見ていたい。それは叶わぬ夢でしょうか

 

最近、自分自身でも、病気の進行を身をもって感じ、 病気の勢いに、正直負けてしまっています母は、治療をやめるといった私に、「来週もう一度先生と話す」と言ってくれました。それでも私はもう戦い続けるだけの気力も体力も余力もありません・・・ 生きたいその思いに、今も変わりはありません。しかし、生きたいと思えば思うほどに、死は近づいてくるのです。死にたい。と思ったときには、死は遠ざかり、生きたい、と思ったときに、死は近づいてくる
 

在宅医の先生も疲れてしまったのでしょうね
なかなかよくもならない、自分の病院でも、

こんなにいろいろ抱えている少女を担当させられて治療をして、よくなっていくのなら、治療のやりがいがあるけども、治らない患者の元には正直気持ちもしんどくなっていくのでしょう。背負わされた在宅医の先生のつらさも分かります。
 

でも今私は患者である立場として、正直に答えます。身勝手かもしれませんけれども私は、もっともっと、生きたい。せめて、祖父母を看取るまで、約束を果たすことはできませんか病気の進行が止められないのなら、せめて延命にしかならない治療でも、続けてもらうことは、欲でしょうか……突然の治療打ち切りは今の私にとってとても、受け入れられることではありませんあまりに泣きすぎて、麻痺が強くなり、無酸素発作も生じていました。昨夜はずっと、母が隣でさすってくれました。家族に支えられながら、私の日常があるのだと思います。

ストレスも重なり、今日は一日中、腹痛と胃痛に苦しんでいました……すみません、先生にこんなことを

また元気になったら……メールしますね。。

 

Ressar

 

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こんばんわ。心配かけてごめんなさい
弟のひとことがきっかけで、
私はもう一度、がんばってみようと思います。

涙をためて、「なんで?なぁなんで、治療やめるん?何があったんさ!!なんで?どうしたん?!姉ちゃん!!」そのひとことで、私は弟のために、この子のために、生きようと思ったのです。
しんどいとき、悲しいとき、つらいとき、いつも傍で支えてくれたのは、弟でした。まだ小さい手で、いつも涙をぬぐってくれた、そんな弟に、今回もまた助けられました。弟は私の救世主です。本当に本当に苦労もかけたけど、私の弟に生まれてきてくれたことを、誇りに思っています。弟が、泣きながら「お姉ちゃん、治療やめんといて!!」そう言って涙をためて、私のひざ元にきてくれた。弟をなかせてしまったことを本当に本当に申し訳なく思いながらそう思ってくれていたことをありがたく思いました。
もう一度、在宅医の先生と話し合い、それでも治療の限界が来たならば、どうすることもできないのだろうと思います。
かいぼー先生にもご心配おかけしました私の軽率な文面で、先生までを巻き込んでしまったことを本当に申し訳なく思っていますごめんなさい
そして、話を聞いてくれたことを、感謝しています本当にありがとうございました!

 

Ressar

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