サガン鳥栖と交流宣言をしている嬉野市。交流事業第二弾として
が開催されます。詳しくは(↑)をクリックしてください。
バリアフリーの町づくりを目指している嬉野市らしい交流内容だなぁと思います!(^^)!
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Ressarさんのメールです。(両親が私の介護に疲れ、私の存在を少しでも負担に感じ始めたら、その時が、私の最期であるとも思っています。)という言葉。彼女は本当にそう感じているのだと思います。
実際、私たちのまわりでも、介護者が負担に感じ、そして介護する事を止めてしまう・・・。ターミナルの現場でこのようなことが起きるのは珍しくはありません。だから僕らはそうなるまえに救いの手を差し伸べなければなりません。介護するひとも孤独な気持ちで、いつ終わるとも知れない気持ちで黙々と介護を続ける生活。老々介護の場合、介護者は気持ちを誰にも分かってもらえず、鬱々と沈んでいく。誰かが声をかけてくれれば。それがなぜ身内ではないのか?それが現実だったりするのですが、ならばせめて私たちが、と思って医療・そして介護の現場のひとたちは懸命に今日も頑張っているのです。行政サイドはどうですか?
こんにちは。
昨日は母の誕生日でした。毎年誕生日に渡している手紙と、今年は母の好きなCDをプレゼントしました。私は買いに行けないので、仕事帰りの父をコキ使ってしまいました…汗。
今日は、お寿司を食べて、お祝いしました。
母の存在は、とてもとても大きいです。
だからこそ、精いっぱいのおめでとうを言いたい。
誰よりも早く、誰よりも強く。
泣いていた時、一緒になって泣いてくれたのは、母でした。
つらかったとき、共に寄り添ってくれたのは、母でした。
しんどかったとき、背中をさすり続けてくれたのは、母でした。
寂しかったとき、強く抱きしめてくれたのも、母でした…。
私は、この母がいたから、今まで生きてこれたのです。
この母がいたから、辛い治療にも耐えられたのです。
母がいたから、生きようと思えたのです。
進行性重度難病を抱え、18年を生きてきて、本当にいろんなことがありました。
正直、死にたい。と思ったことだって、一度や二度ではありません。
だけど、私の隣には、気づけば母がいて…。共に同じ歩幅で歩いてくれた母がいた。
振り返れば、しっかりと刻まれたふたりの足跡が存在しています。
私は後悔なんてしていません。生まれてきたことを。
父と母の子として、生まれてきたことを、誇りに思っています。
時にすれ違い、時に分かり合えず、時に離れてしまった時もあったけれど。
あの日、「(Ressar)は、あたしが守る!!」そう言って、今までにない力強さで抱きしめてくれたこと。私は、自然と涙がこぼれました。あの日、決めたのです。私も、守っていこうと。母が目指すべき道へ、私も母と同じものを守っていきたいと…。そして、母の幸せを築いていきたいのです。
今度は、母が幸せになる番です。私たちは、今まで母にたくさんの幸せを貰ったから。母によって、とても温かいものを、たくさんもらったから。だから、今度は、母が幸せになってほしいのです。
母は…本当に私を生んで、一度足りとも後悔なんてしたことがなかったのでしょうか?
「そんなこと一度も思ったことない!」そう言ってくれる母は…私のためにどれだけの涙を流し、どれだけの苦労を背負ったか。
それを知っているだけに、私はつらくなるのです。せめて、私が生まれたことで、「あたしの人生は幸せでなかった」と思ってほしくなくて…。精いっぱいになってしまうのです。
私は、これからもこの命が続く限り、母の元で、共に生きたい…。そして、母の人生を少しでも背負わせてほしいのです。
人の人生を、背負うなんて。そんなかっこいいこと、私には言えません。
あなたの気持ちを分かってあげるなんて。そんなこと、言えるはずもありません。
人は自分に与えられた人生の中でしか経験できない想い、人生があるから。
でも、身勝手だけれど、私は母の人生を、少しでも背負いたいと、ほんの少しでもあなたの想いに寄り添いたいと、共に生きたいと…その気持ちに偽りはありません。そしてこの先も、決して変わることのない想い。
でも、優しい両親は、きっと、私のげんきな姿を見るだけで、優しく微笑んでくれるだろう。そんな、優しい両親の元生まれてこれたことを、本当に自慢したい気持ちです。
母の生き方は、私の誇り、私のお手本です。不器用な母の生き方は、この社会では生きにくいだろうなぁ・・・と感じることもあります。だけど、私はこの母により、支えられてきた。
今度は…少しだけど、私が母を支えたい。母の隣で、微笑んでいたいから。
大切な人の笑顔を見たい。だから私も……彼らの隣で、微笑んでいたいのです。
両親に恩返しもできないうちに、こんな体になってしまったことを悔しく想います。でも、私は……育ててもらったことを、感謝しています。だからこそ、もしも……両親が私の介護に疲れ、私の存在を少しでも負担に感じ始めたら。
その時が、私の最期であるとも思っています。
「そんなことあるわけないやん」とたくさんの方から言っていただきます。
だけど、それが本当に想うこと。
介護をして、疲れるのは当たり前。なのに、私の両親は、私の介護で、「疲れた…」なんてひとことも、言いません。でも…知ってるんです。
車椅子を車に積み込む作業で、腕を痛め、運転席で顔をしかめながら、深いため息をついている父の姿に。持病の腎臓が悪化して、辛そうに、それでも私に寄り添ってくれる母の姿に。私は…どれだけの親不幸をしてきたのだろうと……。
この家族で一緒にいられる幸せ。一緒に同じときを刻める幸せを心から感じつつ、今日は父の手料理で、はっぴばーすでぃ。
いつも頑張っている母に、今日だけは、幸せと感じてくれる瞬間が訪れますように……☆
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