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大げさな表現でしょうか?僕はそうでもないと思いました。この日が来るまではそうでもなかったのですが、実際、この日がやってきて、そう実感しました。
僕が子どもの頃から常に生活の中で意識してきた踏切。子どものころはむしろ遊び場感覚で、列車が通り過ぎた後に線路に耳を押し付けて電車の音を聴いたり、線路の上を歩いたりしていました。
近所に゛パキ゛という犬がいて、僕よりひとつ年上で18年生きた犬です。僕が高校生になったころは耳も遠くなり、路上の真ん中で寝てて、車がクラクション鳴らしても起きず、運転手が降りてきてかかえてどかしていたのを何回も見ました。年とってからは口の息が臭かったなぁ(笑)。すごかったのは、踏み切りで寝ていたことです。踏み切りの音がなっても起きません。『あっ。パキ!』と思っても、もうどうにもできません。列車がパキの上を通ります。列車が通った後、列車が通ったことで目を覚ましたのか、むくっと起きて何事もなかったかのように歩いていきました。いや、あれはもしかしたらパキの遊びだったのかも・・・。だって普通目覚まして首もたげたら飛びますからね。じっと首をすくめていたのでしょう。しかも線路と線路の間にきちんと寝ていました。僕はその光景を2度みましたから、もっと何度もあったはずです。
それとやはり今に比べたら交通量が少なかったのでしょうね。犬が寝ていられるくらいでしたから。
そんな踏み切りがなくなり、昨日から高架の上を走るようになったのです。
子どもの頃は意識しませんでしたが、自動車は踏み切りがあることでかなり渋滞もしますし、お年寄りさんのシルバーカーなども線路の溝がじゃまになったりしていました。踏切がなくなって、心理的な壁があったことを感じます。まだ今は高架の上を列車が走るようになっただけですが、今後踏み切りの溝もなくなり、また駅舎も南側だけができていますが、北側もできれば、駅舎を通ることで人の行き来も南北が楽になりますから、町づくりの上からも高架効果は大きいと考えます。
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