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2008.02.05 07:58 |  Ressar  |  かいぼー  | 推薦数 : 0

ひとの幸せ(第76話)

129日に書いた「初めて看取った患者さん」に対してRessarさんからAnswerMailが来ました。僕のことを誉めすぎているので穴があったら入りたい(でも実はめっちゃ嬉しい・・・笑・・・)気分です。みなさんはRessarさんの『かいぼー先生』という部分は飛ばして読んでください。僕のことを誉めてくれている(僕はそんなに立派ではありません。そのまま受け取られるとプレッシャーなので敢えて申しておきます・・・汗)以上に、やはり彼女の言葉をみなさんに伝えたいと思いました。彼女の気持ちには力があります。

 

こんばんわ。
夜分にすみません。。
日中はどうしてもおじいちゃんの施設関連などでばたばたしていて、ゆっくりとメールが書けませんでした・・・。

かいぼー先生のブログを拝読しました。
かいぼー先生が医師となられて、初めて看取られた患者さんの事。

そう言えば、私がかいぼー先生のブログにお邪魔して、初めて見させて頂いた記事が、「ひとの命を看取ることに誇りを持とう」というタイトルの記事でした。

死の間際、2時間という限られた時間を、かいぼー先生はその患者さんの心に寄り添っていたんですね。なかなか・・・・・・できないことだと思います。。

私は、常に死を意識して、育ってきました。

死は私の身近にあり、何度もその寸前までの経験をしています。
そして、余命を宣告され、ターミナル期と呼ばれる終末期医療に転換してから、私は死について、より深く真剣に考えるようになりました。

自分が死ぬとき、看取ってほしい人は誰か?

私はできることならば、見ず知らずの人に看取ってもらうよりは、今まで私のことを知っている、家族はもちろん、大好きな安心できる人(医師を含め)に最期を看取ってもらいたいと思ってきました。そして、当日が無理ならば、せめて前日までに会っておきたいと。

そして、死ぬ場所は、在宅で、と決めて、
私はターミナル医療を在宅で受けることを決めました。

「看取り」「病気」「老い」「死」
これらは、人の一生のテーマです。

考えている人も多いのだけど、でも実際に言葉にできるほど、軽くはないテーマであり、これらは日本の社会において、未だ「タブー」と思われていることなので、人々が実際に声に出していくことは、まだまだ勇気のいることなのかも知れません。

私は、せめて、祖父母を看取ってから自らの死を迎えたいとずっと思ってきました。
本来ならば、親を看取るのが当然な順序なのでしょうが、
私にはそれまでの時間が、約束されていません。
そして、今の私に祖父母より長く生きれるかという保証はどこにもないのです。

ですが、せめて高齢の祖父母にだけは、
孫を失った悲しみなんぞ抱いて生きるのではなく、
最後まで、生きる活力を持っていてほしいのです。

そして、最期のそのときまで、笑っていてほしいのです。

だからこそ、せめて年老いた祖父母に、これ以上の悲しみを背負わせることのないように、
その最期を看取ってから、死を覚悟したいとそう思うんです。

私はいつだって、人や動物の、この世に存在しているあらゆるものの命に、常に誠意と礼儀を忘れた生き方だけは、しないように、心掛けています。

私は・・・人生で初めて人の最期の瞬間を看取ったのは、
元彼の死でした。

今まで白血病細胞が脳細胞へ浸潤して意識障害があり、喋ることもできなかった彼が、
私が駆け寄ると、確かに、はっきりと、

「〇・・・〇〇・・・〇(Ressarさんの名前)。」

私の名を呼んだんです。
聞こえたわけじゃなかった・・・。
だけど、確かに、感じたんです。

それは本当に小さくて、弱々しくて。
それでいて、確かなる命からの声でした。

その後に、あの言葉を遺したんです。

「俺たちは・・・みんなに自慢できる生き方しような。」

今でも鮮明に思い出します、あの日のことを・・・。

私は今でも彼の死に向き合えてなんていません。
でも、最期のその瞬間に、あの場所にいれたことを、感謝しています
彼の死を、共に看取れたことを、感謝しています。
それはまだ小学6年生だった私には、
あまりにも衝撃すぎる出来事でした。

けれども、それ以来、
死から始まる物語を、築いていこうと誓えました。
死はすべての終わりではない
死から始まる物語が、きっとあるはず。
人生は長さを競うレースではないから。
人生に、勝ち負けなんて、ありません。
人を愛すことができること。

それだけで、幸せな人生です。

私は、これまでの自分の人生、
決して負けだとは思ってません。

時々、こんな自分は生きてていいのだろうか・・・と感じることもあります。
けれど、元彼が教えてくれたこと。

死から始まる物語を、
語ることがなかった想いを、
伝えたいと思ったんです。

彼のことを、私は講師として招かれた会場等で、話させていただく機会もありました。
最初は、思い出すだけでつらかったです。だけど、めげそうになっていたとき、落ち込んでいたとき、いつも支えてくれたのは、彼でした。

彼が生きていたから、私も生きていられたんです。
彼が生きたいと言ったから、私も・・・生きていたいと想いました。

彼の人生に、ほんの一時でも関われたことを、誇りに思っています。
彼の命に、触れさせて頂いたことを、とても感謝しています。
そして、今も私の中で生き続けてくれていることに、幸せを感じています。

かいぼー先生が看取られた患者さん。
出会った患者さん。

患者は、病院に「病気」だけを持ってくるのではない。
患者の、「人生」をも持ってくるのだ。

私の神経内科の主治医が言っていた言葉です。

かいぼー先生は、ずっと以前から、
患者さんの人生をも見れるお医者さんだったんですね。

技術が発展してきた現代の医療は、電子カルテシステムが進み、コンピューターばかりに目を向け、目の前にいる患者に目を向けないお医者さんも増えてきました。「病気」だけを見、「患者」を見ない、見れない医療者も増えてきたと実感します。

医学とは、
患者がいて、病気があって、
はじめて成り立つ学問であると想います。

患者や病気がなかったら、医学という学問すら必要なくなります。
患者の人生を長いスパンで見れる医療者・福祉職員が増えてくれることを願っています。
そんな中で、かいぼー先生は人の人生を長いスパンで見れる貴重なお医者さんです。

高齢者の方々の在宅医療をサポートしているかいぼー先生は、勤務医をされていたときよりも、人の死に近い現場で働かれておられるのではないでしょうか。

人の死に近い分野で働くというのは、とてもしんどいものであると思います。

私の主治医も、専門が小児がんで、生死に一番近い現場で働いています。小児がんは治る時代になったとは言っても、まだまだ小さな命を脅かす病気に、昔も今も変わりはありません。順番が狂った子どもの死は、やりきれないと、疲れた表情で、夜私の病室に来て、朝方まで話しこんでくれた先生もいました。でも、そんなどんな科よりも、生死に近い分野で働いておられる彼らだからこそ、誰よりも命の尊さや個人の尊厳、看取りに関して、高い意識を持っておられると常々感じます。

かいぼー先生も、いろいろな勉強会や研究会に参加して、知識を得、そして患者さんに提供する。すべては、患者さんのため。かいぼー先生が、一人の患者さんの人生・命を、そこまで大切に想い、亡くなった患者さんのことを思い出していること。医師以前に人間として、とても大切なことだと想います。

はじめに看取られた患者さんも、きっと、かいぼー先生が主治医で幸せだったのではないでしょうか。人の幸せは第三者の物差しで決めるものではありませんが、最期のお顔が微笑んでいたこと、きっと、かいぼー先生みたいに親身になって話を聞いてもらえたことが、彼女にとっては、最高の出来事だったのかも知れません。たった2時間ですが、彼女にとっては、長い人生の中での、最高の、“2時間だったんだろうと、私には思えました。

すみません・・・。
なんだか、何もわかってないのに・・・偉そうなこと言って。

かいぼー先生は、本来の医師の姿の原点であると思っています。
ずっとずっと、かいぼー先生の記憶の中で亡くなった患者さんたちは、生き続けていると想います。

大好きな、傍にいた安心できるドクターの中で。

Ressar

 

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