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(今日、書くテーマは大きくて、言葉足らずになることをお許しください。じゃ書くなよ、てな話ですが、書きたい!・・・笑)
県立武雄青陵中の入試の結果発表があり、小学校はなんとなくいつもと違う雰囲気だったのではないでしょうか。そんな中ある生徒が言ったそうです。『合格したひと、マジムカツクし!』その子は受験していない子だったそうです。
その子が行くであろう武雄市立武雄中学校は部活動も充実した環境の良い学校です。でもその子は受験して合格して別の中学に行く子と区別されたように感じたのでしょうね。もしくは仲の良い子が落ちて落ち込んだ姿を見て思ったとかそういうことかもしれません。
小学生の段階から受験を持ち込むことを疑問視する声がある一方、教育の現場に競争原理を持ち込み学力アップに成功した北欧などを見習って、日本もゆとり教育を見直します。
僕個人の考えとしては、順位をつけることは悪いことではないと思います。そしてそこでもっと大切なことは、どんなに悪い順位であってもそのひとらしさを失わないことだと思うのです。
どんな境遇にあっても自分のプライドを持ち自分らしさを失わないこと。
先日のブログで書いた三ツ星すし職人の小野二郎さんの『仕事に自分を合わせる。』という言葉とダブります。また武士社会で階級により明らかな差をつけられていたけれど、下級武士の家にもそこでのプライドは存在し、徳を敬い、その境遇で精一杯励んでいた、そんな姿をイメージとして思います。
どんな境遇になろうとも自分らしさを失わずに前を向いて生きていける。そんな強さを身につけることを教育現場や家庭生活を通じてできればすばらしいと思います。
自分らしい自分てどんな自分?それを知ることが立ち位置になります。
そして周りからどんな評価を下されても、それを受け入れつつ、かつ自分らしさを失わず前を向いて生きていける。
そんなひとが育つような教育ができればいいと思います。
そうすれば他人の境遇を見てムカツクような気持ちは出てこないと思うのです。
でも、今はそういう風に思っている子もいるということを教育現場では理解していただいて、フォローをお願いしたいと思います。
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コメント
コメント一覧
お久しぶりです。
順位をつけることは悪いことじゃないけれど、「1番の人が、一番高く評価されるような傾向」が、良くないのかもしれません。
「1番」よりも、たったひとりの自分(Only-One)を見つけられることこそが、いちばん大事なことですね。
子供の口から「むかつく」という言葉が出てくることがやるせないんでしょ。
「むかつく」って言葉なんか嫌な言葉ですよね。我々が感じていることとは裏腹に世間では軽く使われているようですよ。特に子供の世界じゃね。
仮に「むかつ」いた彼が本当に我々が思っているような「むかつき」を覚えていたのなら、それこそ彼の彼らしさだと思います。人の境遇をうらやめるのは自分の境遇がわかっていることからです。自分の立っている位置がわかっているからなんですよ。「むかつき」というマイナスの感情が彼を奮い立たせてくれるはずです。その感情を踏み台にして一つ彼を大きくさせてくれることでしょう。
悲観的に見ればいくらでも悲観的に見られるからあまり楽観的なことばかりも書けませんがね、私はこういう見方でむしろ彼には「その気持ちを忘れるなよ!」って言ってあげます。
ただ私は子供に対して「むかつく」という言葉を安直に使うことを許しません。
自分の感情だけが価値基準で、事の状況をその一言で断罪するんですよね。
自分が置かれた状況が受け容れがたかったりした時、時に他人の評価もその一言です。
ですから私の前で生徒達はあまり「むかつく」を使いません。私の「むかつく」という感情に対する取り調べが始まりますからね。
昨日、小学校の先生をされている患者さんともこの件でお話ししました。私立に行くのは目的がはっきりしているからいいんですが、県立に行く目的ははっきりしない。学力では選べないことになっているので適正試験というものになっています。
そしてこれ、塾などで対策をしておかないと単に学校の勉強だけではだめみたいですね。実際、学校の成績はいい、そして生活態度も問題ない、でも塾に行っていなかった子が落ちています。先生も、適正試験を現場で初めて解こうとするとどう答えていいかわからないことが多いでしょうね、とおっしゃっていました。
基準がはっきりしないし、行く目的もはっきりしないと子どもたちも釈然としないところがあるのでしょうね。自分の子どもがその学年になってみて初めて考えました。
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