お待たせしました。久しぶりにRessarさんのメールをご紹介します。生まれつき多くの難病を抱え、生死の境をさまよう危険な状況を経ながらもしっかり生き続けて、この11月に18歳になりました。このブログで彼女のメールを紹介するのも5月から始めて70回目です。どうぞ遡って読んでみてください。
奇跡なのは、彼女の身体はこんなにもぼろぼろなのに、その頭脳はとても聡明なことです。僕は彼女のメールを読む度に、自分は自己満足だけで生きていないかを反省します。
医師として、苦しんでいる人の役に本当に立っているのか?
みなさんもそうだと思います。自分が生きているのはひとのため。でも本当にひとのためになっているのか?自己満足で終わっていないか?
Ressarさんは寝たきりでもこんなにひと(僕やこのブログの読者のみなさん)のためになっていると思います。
今回は彼女の恋愛についてです。あまりにもプライベートな内容だったため載せることをためらいましたが、彼女から了承を得ましたので載せることにしました。
僕が一番嬉しいのは彼女の゛生きる゛というメッセージです。
ずっとメールできずごめんなさい。
あまり、具合がよくなくて・・・
心臓発作と肺炎がなかなか治らず・・・・・・。
ずっと、寝たきりでした。
そして、私の中でもいろいろな葛藤がありました。
私には・・・4年付き合っている彼がいます。
付き合っている、といっても、恋人ではありません。。
以前は、恋人でした。
彼とは、ボランティア時代、介護施設で共に働いた人です。
私より10歳年上で、介護福祉士です。
私は・・・2年間付き合った元彼を同じ骨髄性白血病で亡くしています。
元彼の命日が・・・もうすぐです。
毎年この時期になると精神的に不安定になり、情緒も安定しません・・・。
6年が経とうとしているのに、未だ向き合うことも立ち直ることも、できてません。。
共に闘った仲間でした。
そして、未来を約束した人でした。
私の、初恋の人でした。
子どもじみた恋愛ではなく、
私たちは・・・本当に愛し合っていました。
最期の瞬間。
私と彼が付き合っていることを知っていた主治医の先生と看護師長さんが私を面会謝絶の病室に入れました。
意識もほとんどなく、うつろうつろする状態が続いていたのに、その時だけはっきりと・・・
目を覚まし、彼は私にこう言いました。
「俺たちは、みんなに自慢できる生き方しような・・・・」
これが、彼の最期の言葉でした。
隣には、ご両親も、彼が大事に思っていた妹さんもいたのに・・・
最期の言葉が、私に充てたものでした。
もっと伝えたいことが、あっただろうに。
もっと言いたいことが、あっただろうに。
その時の私も、状態が不安定で無菌室治療を余儀なくされていましたが、無理を言い、主治医の先生同伴で、彼の告別式に向かいました。
大好きな人が、白い煙になってお空へかえってく。
その時、なんて人の命は儚いのだろうと・・・・思いました。
時期を同じくして、大好きだった主治医も転勤でいなくなり、支えが二つともなくなったようで、そして、まったく時期を同じくして、私の病気は進行しだしました。
私は自分を見失いました。
彼の後を追いたい。とも思いました。
四十九日がすぎたころ、彼のお母さんからお手紙をいただきました。
「最後に、あなたという素晴らしい女性に出会えて、私たちは幸せでした。
恋も知らず死んでゆくよりは、あの子は十分幸せな人生だったと思います。
あの子を愛してくれてありがとう。」
私は、何度も何度も手紙を読み返しては、おえつがとまりませんでした。
両方の両親とも公認のお付き合いで、
外泊が許された日には、お互いの家に泊まりにいったりもしていました。
まだ16歳だったのに。
まだ・・・・生きたかったはずなのに。
私はそれから、何かを掴むように、ボランティアの世界に入りました。
そこで、彼と・・・であったのです。
もう、人を好きになることは、ないと思った。
人を愛しいと思うことも、すきという感情がどんなものなのか、思い出すことも、できませんでした。
あの人に・・・であうまで・・・。
病気の進行は止まることなく、確実に進んでいきます。
ボランティアももう・・・無理。
そう、決意し、施設側に言って、残りの限られた日数をがんばって働こう。と決意していたときでした。
私は彼に、仕事が終わったら、近くの公園に呼び出されました。
なんだろう?と、介護のことかな?
と思って、終わるとすぐに行きました。
彼は、もう来ていました。
そこで、私は、告白を受けてしまいます。
けれど、私には、彼の言葉を・・・受け止めることができませんでした。
こんなに私を想ってくれる彼を、傷つけたくはなかったのです。
元彼のことを忘れることができない私を、好きになってもらいたくなかったのです。
それは、きっと、残酷なほど、彼を傷つけてしまうから・・・。
私は意を決して、元彼のこと、病気のこと、そして・・・過去の事件のこと・・・・。
すべて話しました。
それで、嫌いになってもらいたかった。
こんな女、って思ってほしかった・・・。
それでも、彼は・・・私に言ったんです。
「辛かったな。
元彼のこと・・・無理して忘れんでもいい。忘れたらアカン。
その人は、お前が忘れん限り、お前の中で、生き続けるんやで。今も・・・お前のここで、生き続けてるんや・・・」
そう言った彼は、泣いていました。
(下へ続きます)
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(上からの続きです)
そっと、抱きしめてくれました。
そのぬくもりが、とても、温かくて・・・
とても・・・・・・。
この人なら、任せられる。
そう、思ったのです。
それから私たちは、幾度となく仕事以外で会いました。
愛車のバイクにも乗せてくれました。
海にも行こうといってくれました。
たくさん、愛してくれました。
たくさん、愛されました。
たくさん、愛させてくれました。
私は、確かに、幸せでした。
幸せすぎていました。
けれども・・・
次第に私は・・・彼から距離をおくようになりました。
彼とは同じ未来を、歩むことはできません。
それは、彼とであったときから、わかっていたことでした。
彼のことを想うと、私とは一緒にいてはだめなのです。
彼には彼の人生が、未来が、あるひとだから・・・。
健康な女性を選ぶべきなのです。
未来がある女性と、未来を築くべきなのです・・・。
そう思って、私は自ら別れを切り出しました。
別れを決意したあの日。
けれども、彼は私の話を聞き終わると、
「お前が俺を嫌いになっても、俺は絶対にお前を嫌いになんてなれない。
もしも、お前にほかに好きなやつができたなら・・・俺は一歩下がって見守る。けど、離れることはない・・・。
俺はお前のこと、妹みたいに、男としても好きだ。
俺はお前の支えになりたい。代わることはできないけれど、精神的な支えになりたい。
お前がつまずいたら、俺が背中を押してやりたいんだ。
迷ったら、俺が道をあけておいてあげたいんだ。
そんな・・・存在でいたいんだ・・・。傍にいたい。」
彼は・・・私のことを本当に想ってくれていました。
こんなにも優しく、強く、想ってくれていた・・・。
私は己の身勝手さを、後悔しました。
けれども、私の・・・健康な女性と一緒になってほしい。
その想いは、変わりませんでした。
それは今でも・・・代わっていません。
それから、私の病気はさらに進行し、歩けなくなりました。
それでも彼は、支えてくれたのです。。
けれども、彼は1年後、隣接された特養に移りました。
夜勤もあって、とてもハードな生活を続けていました。
私も入退院を繰り返し、無菌治療を行っていたため、面会も許されず・・・半年、1年会えなかったことも、ざらでした。
でも、それでもよかった。
彼の笑顔をみたら、会えなかった時間なんて、感じさせないくらい、愛しい気持ちになれたから・・・。
あの日、約束した。
「俺にもしもお前以外に好きな人ができたら、お前に報告するし、お前との関係をわかってもらうまで、話すから。
だから、お前も好きなやつができたら、俺に教えて。
俺との関係もその人に話してな。兄貴みたいなやつがいるって・・・。」
私はもう、人を好きになることはありません。
そして、好きになることなんて・・・許されないのかもしれません。
病気は、その人の人生を簡単に・・・変えてしまい、歩むはずだった未来を、奪ってしまうから。
なんでも病気のせいにするつもりはありません。
弱さを病気のせいにするつもりも、ありません。
けれど、少なくとも私には、病気は人生から切り離して考えるほど、軽くはなく、向き合う時間が・・・必要でした。
それは今でも続いています。
彼は、近々結婚します。
正直、その報告を聞いたとき、小さな痛みを覚えました。
でも、これでよかったんだとも想います。
いつまでも、私に、私のために・・・彼の人生を巻き込みたくなかった。
彼女は、私の知っている人です。
私と同じ、介護施設で、同じく働いていた職員なのだから・・・。
それでも、彼は、私のことを想い、
連絡をくれ、10月には会ってもくれました。
それは、婚約者を裏切る行為でもあり、彼も私も、傷つく行為であったかもしれません。
けど・・・私は、幸せでした。
今でも私は彼が好きです。
恥ずかしいくらい、狂おしいくらい、馬鹿みたいに、
自分が想っている以上に、
彼が好きでした。
大好きでした。
結婚すると聞いて、
私の中でまた一つの葛藤がありました。
このままの関係を続けては、彼女をも傷つけ、そして妻帯者となるあの人も傷つけてしまう。
だから私は、もう関係を何もかも断とうと想い、メールも会うことも、しない。私とであったことも、私と係ったことも、何もかも私の存在をあなたの記憶から消してくださいと、手紙を書きました。
彼も悩んでいたんです。迷っていたんです。
しかし、彼が出した答えは・・・一つだけ私とは違っていました。
「彼女は、お前に嫉妬していたんです。
子どもから女性として考えたとき、俺の軽率な行動は彼女もお前も傷つけた。
けれど、俺はお前と離れることはしたくない。
間接的にでも関わっていたい。連絡ほしい。」
彼は、そう言いました。
そして、私に、力強く言ったのです。
「最後なんて言わないで・・・お願いだから。
俺の中で生きろ。」
力強く・・・優しく・・・温かく。。
今でも迷っています。
彼の言う間接的にでも私は彼と関わっていいのだろうか。
私のせいで、大切な人が傷つくのは、いやなのです。
無傷なまま人を愛そうとしたあの時に・・・
私は彼に出会いました。
ほんとうに、奇跡的な、運命的な、出会いであり、
必然的な出会いであったのかも知れません。
私に彼女は以前にこう言いました。
「女としては会ってほしくない。でも事情が分かるだけに、会うなとはいえない・・・」
と・・・。
彼女も福祉に携わっている人です。
けれど、どんなに難病を抱えていても、彼女にとって私は女性であることに代わりはありません。
彼女の想いも分かります。同じ女だから・・・・・。
そして、彼の想いも分かります。
そんな板ばさみな状態で、彼女はずっと苦しんでいました。
彼も私も・・・同じように。
私は、今でも彼が好きで、愛しくて・・・
この気持ちは、いつになっても、色あせることもなく、
朽ち果てることもありません。
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(上からの続きです)
私は彼に、己が描けなかった未来を、託しました。
正直・・・結婚する彼を見て、彼に嫉妬していたのも事実です。
私だって・・・描きたかった未来。
ふつうに恋いをして、ふつうに結婚して、
ふつうに子どもを生んで、おばちゃんになって、おばあさんになって・・・。
もしも、健康で生まれていたなら。
私は今ごろ、元気なふつうの女子高生をやっていたでしょうか。
描いていた未来を歩んでいたかな・・・。
目指していたものに、突っ走れていたでしょうか。
彼は言いました。
「病気が生んだ唯一の副産物。出会いというもの・・・」
私は彼に、自分が描けなかった未来を、託しました。
「未来を・・・託す。」
私の好きな言葉に、
「足を止めて今を、生きよう。
いつか失った夢は、誰かに託したっていいじゃないか。」
という言葉があります。
これは、私と病気は違うけれど、
同じ進行性の神経難病で、旅立った、一人の女の子が遺していった言葉です。
私は、お医者さんになりたかった。
いつもそばには、主治医がいて、看護師さんがいて、
医療スタッフがいました。
家族はじめとする彼らがいたから、私は今日まで、生きてこられたのです。
小児科のお医者さんになって、専門は、血液腫瘍学。
それが、小学生のとき、私が描いていた未来でした。
あのころは、頑張れば、なんだって、できるんだと、信じて疑わなかった。
病気だって、いつか、治るんだと、信じきれた。
あのころの私は、まだ・・・子どもでした。
そんな無邪気で、心から信じきることができた、あの頃に、戻りたい・・・・・・。
そして、私は、進行し、歩けなくなりました。
目指していた夢を、もう、追いかけることは、できなくなりました。
新たに目指した夢も、追えなくなりました。
けれども、私の叶えたかった夢は、
私の友人たちが、叶えてくれました。
叶えようと、してくれています。
ボランティアで知り合った男性は、今年の4月、
医療センターで、研修医として働くようになりました。
心臓病の患者会で知り合ったボランティアの男性は、昨年福岡の病院に研修医として採用されました。
そして、私に好意を抱いてくれ、少しだけ付き合ったあの人も、今は、技術高校に入り、医療技術の道へ進む決意をしてくれました。
嬉しいです。
私が叶えたくても、叶えられなかった夢。
それを、叶えようとしてくれている人々。
自分が変わりに、夢を叶える!と言ってくれた人。
けれど・・・
やっぱり、自分で・・・掴みたかった。
そして、己の力で、未来を、切り拓いてゆきたかった。
それは、遥か遠い日の・・・淡き夢。
私は、己の人生で、描いていたあの日の夢を、
大切な大好きな、あの人に、託しました。
私が描けなかった未来。
彼は・・・
託されよう。
最後の贈り物…
キミの描いた未来の展望
「幸せ」
を感じる瞬間を…
願いを、想いを。
ごめんねという言葉は言わない。
ありがとう。ありがとう。
そう、言ってくれた。
そして、私とのあの日の約束を・・・今も尚、守ろうとしてくれている。
“どんなことがあっても、ずっと傍にいる。”
妻帯者になりつつあるあの人に、
今はもう、昔のその決意のようには・・・・いかない。
それでも、彼は、大切な人を傷つけてまで、
私との約束を、守ろうとしてくれています。
私が描けなかった、未来。
描きたくても、描くことすら、許されなかった、未来。
掴みたくて、もがいて、もがいて、それでも、
遥か彼方へと 遠くへ 行ってしまった、未来。
その未来を、託した相手が、
彼で よかった。
「覚悟は彼女とであったときからできています。」
「24時間いつでも駆け付けます。」
危篤だったとき彼は夜勤中にもかかわらず、バイクで夜の道はしってきてくれました。
覚悟してくださいといった主治医の言葉に対して、彼は言いました。
彼は私との約束を守ろうと、大切な人を傷つけてまで、私の傍にいることを決意してくれた。
だからこそ、私も、
彼との約束をいのちがけで、守らなければならないのです。
「生きる。」
ということ。
元彼の命日が近づくこの頃。
いろんな想いが、私の中で渦巻きます。
Ressar
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