今日はなんとRessarさんの誕生日です♪僕とメールでの交流が始まって半年。その間、このブログで彼女のメールを紹介してきて今回で66回目。僕のPCには200ページ以上の彼女の文章が保管されています。ありがたいことです。僕が医師としてやっていくのに重要なバイブルとなります。

今日はみなさんも彼女の誕生日をいっしょに祝ってくださいね。

 

こんばんは

めっきり寒くなりましたね。。
先週は、神経難病の再発、感染症でまたまた大変な日々でした。
今日、おじいちゃんのお見舞いに母が行ってきたのですが、数日前から祖父が腹痛を訴えて検査した結果、膵炎の値が上がっているとのことで、現在絶食で治療を開始されているとのことです。
今は病状が落ち着いていると・・・。。
私も重症急性膵炎から重症慢性膵炎へ移行したので、膵炎の痛みのつらさ・・・分かります。。
すい臓の発作のときはほんと、身を引き裂かれた方がどんなに楽か・・・と思いますから。

でも、うれしいことがありました!
祖父が母に、「クリームパン食べたい。。」と言ったそうです。
今まで歯肉の炎症がひどく、食べ物すら受け付けなかったので、祖父が何か食べたい。と言ったことはありませんでした。だから母とともに感激してます。ただ、絶食なので食べさせてあげられないことが残念でなりません・・・。
相変わらず歯肉は痛いといっていますが・・・・・・・。

祖父を必ず、在宅で看れるように、私もがんばります(何を頑張れるだろう・・・せめて母の負担にならないように、介護量を減らすとか・・・)


こちらの地域でも、嘔吐・下痢がはやってます。

ちなみに私は、27日で18歳になりますが、体の機能は乳幼児並みだそうです・・・成長発達してないそうです・・・。。
なので、ふつう乳幼児しかかからないといわれる感染症も、私はふつうに、かかってしまうので・・・・・・
年齢的には「内科」になりますが、身体の能力・機能では、「小児科」から離れられないそうです・・・(在宅医の先生談)
こども病院では、点滴のたびに、新生児科の先生が呼ばれていたので・・・。

細い上に、本来あるべきところに血管がないとか(?!)で、よく先生泣かせの血管でした。

先生は、何故、お医者さんになったんですか?
ずっと聞いてみたかったんです。
また、内科を目指したきっかけも、あったんでしょうか?

私の血液腫瘍専攻の主治医(小児科医)は、以前、こんなことを言ってくれました。
今でこそ治る病気になった小児がんでも、30年前は、ほとんどの子が小児がんと診断された時点で、死を宣告されることと等しかった。今の治るようになった病気は、多くの子どもの犠牲によって得た、医学の代償であるという想い。治るようになった子も、その昔この病気で助からなかった子が自らの命を張って、医学に貢献した。研修医時代にその現実に直面して、小児がん専門医になろうと思った。

また、小児神経難病を専攻されておられる主治医は、

進行性の難病が多いこの分野で、30年以上携わり、多くの子どもの死を見てきた。そこから感じることは、治らない病気が、この先進国でも治せない病気がまだまだたくさんあるという現実に、ただ理不尽さを感じる。
正直治らない患児の元には、気持ちがしんどくなり、いけないとわかりつつも、自然と足が遠のいてしまう。

そんな話を聞かせてもらったことがありました。


医師としての本音も、医師の苦労も、分かりたいと思ってます。
でも、神経主治医が言われた、
正直治らない患児の元には、気持ちがしんどくなり、いけないと分かりつつも、自然と足が遠のいてしまう。
という言葉に対して、神経難病を抱える児として、かなりの衝撃を受けたことも事実です。



小児がんに携わっている医師が言っていました。

病気には2種類ある。
治せる病気と治せない病気。

では、医学、医療者の役割はなんなのだろう。
治せない病気を治せるようにすること。
これが一番わかりやすいと思うし、これこそ医学の進歩でしょう。
しかし、現在日本が抱えているがん医療の最大の問題はそこではないような気がします。

大人のがん医療は「日本のどこの地域にいても標準治療を受けることができるように」ということに力を入れています。
つまり、進歩した医学を何処でも受けられるようにすることが課題であり、折角進歩した医学を生かせていなというのが、現在の一番の問題点だと考えているのではないでしょうか。
最新医療も大切ですが、
治せる病気を治すこと、
スマートな医療をすること、
これらのことも非常に大切で、なおかつやる気になればできることです。
(やる気にならなければならないのは、医療者だけではなく政府もです)

では、治せない病気に対しては何ができるだろうか。
「治せない」 ということは、「何もできない」ということとは違います。
ただこのことは、頭ではわかっていても受け入れることは非常に困難です。
このような状況の時の対応策は人それぞれで、かつ時々刻々と気持ちも変わります。
ものすごく大雑把に分けるとすると、次の2つの選択肢があります。

わずかでも治癒する可能性のある治療をしつづける」
病気を治すための治療は全くせずQOLを重視する」

この2つの選択肢の間を、気持ちが揺れ続けます。
治療するメリットと、治療しないメリット。
治療するデメリットと、治療しないデメリット。

こどもが何を望んでいるのか。どうすれば笑ってくれるのか。

むずかしいです。
ほんとに、むずかしい。


そう言った、小児がんの専門医がいました。

私は、
「わずかでも治癒する可能性のある治療を続ける」
「病気を治す為の治療は全くせずQOLを重視する」

この二つの選択で、とても迷いました。
それは私だけではなく、家族も、主治医たちも、迷い戸惑い、窮地に追い込まれていました。
しかし、私には、前者の選択はほとんど閉ざされていたのです。
私には、「僅かでも治癒する可能性」が、ほとんどありませんでした。
必然的に、後者を選ばなければならなかったのです。

しかし、私はどうしても、治療を一切やめて、迫り来る死に無防備になれるほど、まだこの世に未練もありました。
情けないですが、せめて、弟がもう少し成長するまで、生きたいと思ったのです。

あの時、主治医に、
「いい加減、治療に頼るのはやめにしよう。」と言われた時、
誰もがあきらめたわけじゃない。
だけど、先生にまで辛い言葉を言わせてしまった事に、
自分の病気を、心から呪いました。

私たちが出した答えは・・・

「在宅で積極的な(体に負担になる)治療はしない。
でも少しでも進行を送らせるために、抗がん剤などの対症療法を続ける。
在宅で、ターミナルを過ごす。」

それが、あの時、私たち家族が出した、最後の・・・結論でした。

そして、今現在も、果たしてその選択が正しかったのかどうかは、分かりません。
しかし、私達は、
「これがよかった。」とは、決して言えないのです。
「これでよかった。」と、自分に納得を与えます。

結論と後悔は、紙一重。

だからこそ、私は、これまでどんなに厳しいリスクを伴った賭けに対してでも、
心の加重の大きい方を、選択として選びました。
その結果がよかったかどうかは、未だに分かりません。
だけど、ただ一つ、言える事は、
あの時選んだ答えによって、私は今も、今日も、ここで、生きられた。

それは、今の私の、真実です。

その真実だけをとれば、あの時選んできた私の選択は、
決して間違っていなかった。と言えるでしょう。

生きるって、そんな簡単なことじゃない。
生きるって、楽しいことばかりじゃない。

生きてたらいいことあるよ、って気休めが欲しいわけでもない。
私には、生き続ける苦しみも、分かるから。

でも、あの時の、あの選択を、
きっと、間違っては無かった!と、胸を張って、いつか、言えたら、いいな。
今は、強がりではなく、本心から、そう思います。


これからの季節、先生も患者数が増えて、大変になりますね。。
もちろん、患者さんにとっても、厳しい季節になります。
うちの両親は、この夏よう乗り越えたな・・・と二人で話しているのを偶然、耳にしました。
私は、今年のこの夏を、乗り越えられない。と言われていました。
でも、まだ生きてます。
決して「奇跡」ではない何かによって、私は今年の冬を迎えます。
そして今年のこの冬を乗り越えられるかは、誰にも分かりません。
でもきっと・・・信じてます。。

先生も、風邪など気をつけてくださいね。

 

Ressar

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