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2007.11.19 07:57 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  Ressar  |  かいぼー  | 推薦数 : 1

情報の重さ(65話)

今朝のニュースで研修医制度の変更を言っていました。そもそもこの研修医制度自体に問題があったのですが国はなかなか素直ではありませんのでそのことは認めず、相変わらず小手先の変更をしてきます。もっと根本に立ち返って制度を作りなおす必要があると思うのですが。

で、今日はRessarさんのメールをご紹介します。最近のマスコミの報道姿勢について僕もRessarさんと同じように感じることが多くあります。それではご覧ください。

 

こんにちは。

武雄市のあの痛ましい事件。
ニュースをみた瞬間から、ショックでした。

かいぼー先生がおっしゃっていた、個人情報保護法についても、障害者自立支援法についても、これらは、改正ではなく、「改悪」だと、私は考えます。

確かに一部の人には、よりよい改正だったかもしれませんが、多くの人が困った、規制へと繋がりました。

私が入院していた病院も、入院する度に、
「ネームプレートをつけてもかまいませんか?電話や直接尋ねてくる人がいるのですが、そういう場合、入院している事実をお伝えしてもよろしいですか?」
と言ったふうに、事務の人に必ず尋ねられます。
私は、ネームプレートはかまいませんが、電話や直接尋ねられた場合、本人に直接尋ねてから、病室を教えて下さい。と伝えます。

やっぱり、知らない人が来られると、困ってしまいますから。

病院側も、患者側も、個人情報の取り扱いについて、そして自身の身を守る意味でも、神経をすり減らすようになりましたね。
早く犯人がつかまることを願うとともに、亡くなられた方の御冥福をお祈りしています。。


そして、こちらでも残念なニュースが、新聞記事に目をくれていたら、飛び込んできました。

(
朝日新聞より)
日本赤十字社は9日、管理する骨髄バンク登録者の検索用データベースの不都合により、昨年11月末から約11カ月間、3688人の骨髄提供者(ドナー)がデーターベースから漏れていたと発表した。この期間に移植を希望してバンクに登録していた患者のうち90人は、白血球の型が、これらのドナーに適合していたとみられ、移植の機会を逃してしまった可能性がある。日赤は「深くおわびを申し上げる」と謝罪した。(中略)90人のうち68人は容態の悪化などで移植ができないまま患者登録を取り消し、うち46人は死亡、22人は治療方針を変更するなどした。一方登録中の22人は、いまだに骨髄移植はできず、うち3人は臍帯血移植などほかの移植手術に変更した。


****
私も血液疾患であり、また2歳のときに非血縁者骨髄移植を受けた身です。
人事ではない、記事でした。

上記述にあるように、登録ベースから漏れていた90人のうち68人は容態の悪化から、移植を取り消し、うち46人は死亡。
この記述をどう捉えればいいでしょうか?
移植ができず、それによって助かったかもしれない尊い命が、46人も、死んだ。
ニュースにも取り上げられない、ちっぽけな記事かもしれない。

それより世間では、政治がらみの汚職や賞味期限偽造などで大騒ぎをしています。
賞味期限の偽造なんて、確かにあってはならないと想います。
しかし、食べた人が中毒でもおこしたのか?というと、そんなデーターはありません。
また、賞味期限切れを食べたからと、死んだ人がいるのかと問えば、そうではありません。
産地の牛肉をどこかの肉と表示したからといって、人の命が失われることはありません。
偽造することは、確かに許されない行為です。
それは、とがめられて、しかるべきです。

しかし、賞味期限切れがどうのと騒ぎ立てる日本はなんて豊かな国だろうと想ってしまうのです。
世界には、食べ物すら満足に満たされない人々がいる中で。
そして、賞味期限切れを一日でも切れたからと、すべて廃棄してしまう日本は、なんて贅沢で、なんて愚かな民族だろうと。

その昔、かつて日本のこの国で、戦死した人々に失礼です。
食べ物さえなく、芋のつるを食べていた時代。
そんな時代を生き抜いてきた人々に、なんて今の人は、無礼で失礼なんだろうと・・・。
たった1日くらい、賞味期限が切れてたって、死にやしません。
衛生上よくないと言うならば、昔の戦場で生き抜いてきた人々はどうなるのでしょう。

私は、毎日のそんなニュースをみるたびに、
本当に大事な記事は、さらっと受流す程度の今のマスコミのあり方に、これで本当に、人の命の尊厳が守られるのだろうか?と思います。

時代が進むのと対抗するように、時代は後退しゆく。

亡くなった46人以外にも、22人は、治療方針を変更するなどしか、対応できなかったそうです。


これが、骨髄移植を受ける現実です。

私は先天性の免疫不全、そして先天性の骨髄不全で、1歳まで生きられたら奇跡だ。と言われていました。
当時の医師より、2歳までに骨髄移植を受けなければ、100%死亡する。と宣告されました。

しかし、残念ながら、身内に白血球の型(HLA)が一致せず、バンクに登録しました。
白血球の型が一致する確率は、きょうだい(兄弟姉妹)で、1/4.両親ではそれ以上の低確率になる。
血の繋がった親でさえ、そうなのだから、これが赤の他人となると途方もない確率になる。
いわば、完全一致は、奇跡に近い。

そんな中、ドナー登録から18カ月の2月末。
2
座不一致で、ドナーが現れました。
完全一致ではなかったものの、もう時間はなく、タイムリミットぎりぎりの、22カ月で、非血縁者からの骨髄移植を受けた。

しかし、移植から4カ月後、20%ドナーの骨髄が生着しましたが、それ以上は生着せず、結果は、失敗。
その後も、無菌室の入退院を繰り返し、厳しい化学療法と放射線療法を繰り返した。
そして、ここまで命を・・・つなげてきたんです。
その僅か、ドナーの20%の細胞も、今ではすべて悪性細胞に埋め尽くされた・・・。
私の100%の細胞は、すべて悪性がん細胞です。

再び、移植することは、私には許せなかった。
もはやそれだけの体力も、私の中には、残されていなかったから。

ドナーになってくれたのは、22歳の男性の方だと聞きました。
それ以上のことは、医師でさえ教えてもらえない規則になっている。
でも、ドナーの方には、とても感謝しています。
わずか20%でも、私の中でがんばってくれたから。

ドナーになるということ、きっと、多くの迷いも葛藤もあったと思うんです。
ドナーになるということは、思っている以上に、危険な作業であるから。
ドナーになることで、一人の尊い命が救われる。
その一方で、ドナーの命も危険にさらすことにもなるんです。

だから私は、骨髄バンクや移植協会などに携わっていながら、ドナーの重要性を主張したいわけでも、骨髄バンクに登録して下さいとも、献血をお願いします、とも言いたいわけではありません。

ドナーになる決意をする傍ら、それは自らの命を、そして大事な人の命を、時として、失う決意にも似ているからです。


もしも、子どもや大切な人が、「ドナー登録したいんだ。」と言ったとき、そのとき家族は、恋人は、友達は、どうするのだろう。
背中を押しますか?それとも・・・止めるでしょうか?

私はそのどちらを選んだとしても、どちらも間違った選択ではないと思っています。
例え、ドナー登録することを迷い、戸惑い、止めたとしても、それは大切な人を想うからであって、その想いは、ドナー待ちをしている人や家族にも通じる想いであると想うからです。

ドナーへの危険度は、たった1%にも満ちません。
しかし、たった1%でも、ドナーだって、死亡する可能性はあるのです。
でも、たった1%の危険を重視するあまり、助かるはずの命がみすみす見逃されていては、それは困ったことになります。


この新聞記事を読んで、深く考えさせられました。
移植を待てず、他界した、元彼のことを思い出しました。
もうすぐ、元彼の命日です。
この時期になると・・・いつも元彼を、あの日を・・・思い出します。

世間では、小さな記事しかない、この出来事。
データーベースの漏れは、ある意味人為的でない限り、仕方ないと想う。
私もパソコンを扱っている人間として、時として、機械に翻弄されてしまい、イライラしたり、落ち込んだりすることだってあります。
しかし、人の命を扱って、管理し、ケアしているのは、機械ではなく、「ひと」であることを、どうぞ、理解してほしい・・・。

世間では今日も、賞味期限の偽装問題や、昨日に引き続き、小沢さんの話題などで、にぎわっています。
記事にさえされない、小さな小さな出来事。
しかし、私たち血液疾患患者や血液腫瘍疾患の子どもをもつ親御さんは、とても人事とは思えないのです。
いつも、死を覚悟して、今日を生きているのだから。
明日はわが身と、身をもって感じているのだから。

もしも、データーベースの漏れがなければ、46人は、死なずに済んだのだろうか?
少なくとも、死者を抑えられたかも知れない。
また、22人も、治療方針を変更せずとも、移植にたどり着けたかもしれない。

移植は、生死をかけた闘いです。
時期を逃せば、、意味がなくなる。

どうか、国民の関心がいっときでも、人の死に関する記事へと目を向けられますように。
そして、それぞれの胸にといかけてほしいのです。

命とは?生とは?死とは?

決して人事ではなく、明日はわが身という想いで。。。

 

Ressar

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