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武雄高等女学校の最後の同窓会があったそうです。参加されたかいぼー医院の患者さんは皆、嬉しそうにその会の模様を診察時に話してくれます。
僕も当時の武雄の様子を聞くことができて楽しいですし、なにより、ばあちゃんが青春時代に戻って、にこにこしてお話しされますので、僕との年齢差がぐっと縮まる、というか僕より若くなっておられて面白いですよ !(^^)!
全部で39回生だったそうで、例えばGABBAで言えば石橋さんが34回生(現在80~81歳の学年)ですと同級生の患者さんが教えてくれました。
武雄高等女学校があったころの周辺の様子。綺麗な泉が涌いていて手ですくって飲めただの、あそこにこんな木があったはず・・・だの。隣り(現・武雄高等学校の場所)に武雄中学校ができた頃のこと。境を越えて男子学生が入ってきたのを見て、誰が入ってきたなどと騒いだこと。戦時中、現・武雄郵便局の西側に武雄兵器という秘密工場があってジュラルミンを加工していたこと。私たちは何を作っているのですか?などと聞くと怒られるので聞けず、何を作っていたかはわからない。たぶん飛行機の?などなど。
とにかく楽しかったそうで、しかも最後ということで別れ難く、いつまでも歌ったり踊ったりしていたそうです。
来年が武雄高女創立から数えて武雄高等学校100周年。大々的に記念事業が行われることでしょうが、それを過ぎると武雄高女のことを顧みることが少なくなるのではないか。記念誌はできるとのことですが、今後も地元の歴史の一頁として、しっかり僕らも知っておきたい、忘れられないようにしたい、と思いました。一番そう願っているのは武雄高女卒のばあちゃんたちでしょう。
※武雄高等女学校校歌
一 みふね山 高き巌(いわお)の 朝霞(あさがすみ)
たなびく森の 強く静けき
若人と 胸に輝く 徴章(しるし)こそ 【徴の王が本当は糸です】
われらの希望(のぞみ) 仰(あふ)がずや
武雄高女 わが学び舎(まなびや) 【学は本当は旧字体です】
二 常若(とこわか)に たぎつ泉の こころもて
さやかに伸びん きよき操(みさお)の
をとめ子と 祖国日本に
生(あ)れ行(ゆ)かむ
われらが前途(ゆくて) 讃(たた)へずや
武雄高女 わが学び舎
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