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何で小泉政権時代はこんなにも高齢者や弱者に厳しい制度がまかり通ったのか、と考えていました。
ある記事の評論からぴんときました。
原因は中央の官僚主導で作られた制度が小泉氏主導により、またなぜかその小泉氏を支持する国民の後押しもあって、次々に通ったからです。
中央省庁の人たちはエリートかつ若者が多く、おそらく地方の普通の方々の生活感に対する実感に乏しく、かつ財政支出を抑えることが国の破綻を救うという使命感もあり、でも自分たちはできるだけ傷みたくないという保守も働き、結果として弱者や高齢者にきつい制度を押し付けたのです。
そして地方から、弱者から、どんなに苦しみの声が聞こえてこようと、中央に集団でいる彼らにとって、聞かぬ振りをすることは難しいことではなかったでしょう。
そして、もうひとつ情けなかったのは国会です。
評論に書いてあった一言。それは
「経験者としての立場からたしなめ、しかる大人の存在が希薄になったつけ」
です。この言葉は世間一般の教育に対する言葉だったかもしれませんが、僕から見ればこれは国政にもあてはまることでした。子ども(エリート官僚)である彼らが弱者(高齢者も含む)に対して優しくない制度を作ったときに、それをたしなめる仕事を大人(国会)がしなかった結果だと思うのです。
国会議員もそれぞれの制度を族議員の方々に任せっきりで、国民のためのチェック機能を果たさず、国会を通してしまったのです。
今回の福田内閣は、地味だ、華なない、などと言われていますが、華なんてなくていいんです。ちゃんと大人の存在を示して、子どもが出してくる案に対して、それは国民のためになるのか、とチェックしたしなめることをしていただきたいと願います。
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