今回はRessarさんの8/21のメールからの抜粋です。健常者である僕がいくら難病者、障がい者のことがわかったつもりでも考えが及ばないことに気づかされます。でもだからだめなんだ、ということではないのです。健常者同士でもわかりあえませんからね。さらにわかろうとする試みを続けることが大事と思います。(できるできないに関係なく)ひとに伝える事を止めるとき、ひとから伝えられる事を止めたとき、ひととしての生き方を止めるのかなぁ、と思います。

 

この週末は、24時間テレビを見ていたりと、何かと楽しかったです。
先生は、24時間テレビ見られましたか?
毎年見ていますが、元気が出てくるテレビです。

でも・・・24時間スペシャルドラマの「君がくれた夏」は、小児がんを扱った実話に基づいた話であり、少し凹みました。
私の両親も、みれないと、違う部屋で過ごしてました。
小児がんは、よくドラマなどで扱われます。
同情を集めやすいのでしょうか?感動を求めた作品をつくろうと、少し小児がん当事者の気持ちを無視している部分もあると思います。

小児がんを持つ親御さんは、今は完治していたとしても、再発の危険はいつもぬぐえず、あのドラマをみることにより、闘病中の壮絶さを思い出してしまうご家族もいます。
小児がんで子どもを亡くされた方は、とてもドラマを見ることができないという人もいます。
また今は治って、社会に出ている小児がん経験者の人でも、闘病中を思い出して、しんどいという人だっています。

テレビでは、いくら実話に基づいた話でも、そこにカメラが向けられることにより、多少の脱色は覚悟しなければなりません。
しかし、感動だけで、私たちは生きてはいけないのです。

小児がんという病気は、そういう病気なんです。
白血病の7割が治癒する時代になったとはいえ、いまだに3割の子は駆け足でこの世を去っています。


「お母さん(お父さん)、わたし(ぼく)死んじゃうの?」
子どもがそう聞いてきたとき、あなたは子どもの目を見て、答えることができますか?


小児がんの子どもとその家族は、このときも厳しい現実と向き合っています。
運命に逆らいたくなります。時には自暴自棄にだってなります。逃げたいときだって、あります。すべて何もかもにおいて、疲れるときだって、あります。

それでも生きなければならないのです。

家族は、小児がんの子どもたちのために。
そして子どもは、親のために。

私は小さいときからの教えの中で、親が子を想い、子が親を想うと教えられてきました。

どんなに離れても、そしてどんなに傷つけあっても、親と子は繋がっていると。
そして、今世で家族として一緒になれたのは、前世でもどこかで繋がりがあったからだと。来世も、どこかで繋がっていると。しかし、今という同じ時間は、二度と来ないのだと。
今は4人家族がいても、来世では、父が弟になるかも知れない、母は叔母になるかもしれない、弟が夫になるかもしれない。あるいは家族ではなく、恋人や先輩になるかも知れない。
来世で繋がっていても、「今」とまったく同じときは流れないのだと。だから、与えられた運命と向き合い「今」を大切にしなさい。と私は教えの中で学びました。

私は、小児がんと17年生きてきました。
生まれた頃より、小児がんを患っていました。
脳腫瘍の手術を3回、横紋筋腫の手術を2回、肝芽腫の手術を3回。
そして、生まれた生後2日後に、心臓と消化器・腎臓・脳神経の同時手術を世界でも初に行い、36時間の長時間の手術を、わずか425グラムの小さな小さな体は耐え抜いてくれました。
私は、手術をできるからだではありませんでした。
数回に分けて手術をすることも不可能でした。
全身状態は、いつも悪かった。
それでも、助けてくださった医師の方々には、感謝しています。
100
パーセントの力で守ってくれたこの体を、私には100パーセントの力で守りぬく義務があります。

守ることができるだろうか?今の私に。
自問自答を繰り返しながら、今を生きることに必死になり、結局は今を生き続けることに、同じ答えをさがしては また、同じ問題にぶつかるのです。


もしも、あなたの子どもが、今の医学では治らない難病だと告知されたら。
あなたはそのとき、どうしますか?

もしも、あなたの子どもが、歩けなくなったら。
あなたはそのとき、どうしますか?

もしも、あなたの子どもが、余命1カ月と宣告されたら。
あなたはそのとき、どうしますか?

子どもに、「お母さん(お父さん)、わたし(ぼく)死んじゃうの?」と聞かれたら。
あなたは、子どもの目を見て、答えることができますか。


誰もが自分にはそんなこと起きるはずがないと思って生きています。
でも、それは「突然」にやってくるのです。
自分の子どもが、あるいは大切な家族が、恋人が、重い荷物を背負うことになったとき、あなたはそれを共に背負う覚悟ができますか。

家族とは、一人の人生を共に背負うということです。
結婚とは、夫()の人生をも受け入れ、この先の人生を共に歩み、ふたりで背負うということです。
子どもを授かったとき、この子の人生をも一緒に背負い、歩むということです。

人ひとりの人生を背負うということ。
大きな責任と大きな荷物です。

ただ単に、結婚した、ただ単に子どもを生んだ、できちゃった婚だから、今更仕方ない。

私は4人家族ですが、4人の人生をそれぞれが背負っているんです。同じものを。
そして、我が家には、同居をしていませんが、祖父母がいます。祖父母の人生をも、背負い続けてきました。
共に歩き、ともに介護し、共に笑い、泣き・・・

どんなに悲運がまい降りたとしても、失意のどん底にいたとしても、私たちは家族の力でそれを一つ一つ乗り越えてきました。
それは、家族のうち、誰か一人でも欠けても成り立たなかったことです。


感動求めた人助けは、自己満足にすぎません。
私たち病児家族が望むことは、同情や可哀想ね、気の毒と思われることでもなく、何かをしてもらうこともでもなく、そばで笑っていてほしいのです。
ただ、それだけなんです。
それだけで、病児も家族も笑顔になれるんです。
みんなの笑顔が私のげんきの源。

私は日々の中で、笑い続けることはできません。
24
時間365日つらい治療と全身の痛みが起こります。
モルヒネもききません。
けど、私には笑わせてくれる家族や友達がいるから、生きていけます。

ドラマは、少年が生きた長い時間を、2時間足らずの画面に縮小しました。
あのドラマを見て、皆さんは何を思ったか。
小児がんの子どもを可哀想と、気の毒、と思われていたなら、少し悲しいです。
だって、私たちは、何も可哀想な気の毒な人生、生き方ではないから。亡くなった仲間たちも、短い命だったけど、それは可哀想な人生では決してありませんでした。
むしろ、可哀想と思われることが、可哀想であると私は・・・思ってます・・・。

 

Ressar



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