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Ressarさんからの21日のメールをご紹介します。状態としてはかなり厳しいようで、Ressarさんはそのつらさ、想いを今回綴ってくれています。ターミナルだから何もしないのか、ターミナルだけど何かできるのか。本人の想いを尊重しながら医療は行なわれますが、その本人の想いの決断は本人がしなければならず、しかしその本人は思い悩みます。その想いが書かれているだけに、とても貴重なメールだと思います。
一度下がっていた熱が、また40度まであがってきました。
肺炎が疑われ、病院に運ばれて、レントゲンを撮った結果、横紋筋肉腫の原発病巣が、私の場合、心臓なのですが、その腫瘍が更に大きくなり気道を圧迫、呼吸困難、その上、何らかの感染症で肺炎を併発してしまい、水が溜まっていたりと、昨日からばたばたしていました・・・。。
入院してもできることはなく、ただ脱水状態の改善に努めるのみで、家でもできることから、昨日はそのまま帰宅しました。
つらいです。。。
心臓腫瘍で、今年の4月まで放射線治療を続けてきました。けれども・・・放射線を充てれば少しは腫瘍が小さくなります。でも、数カ月すればまた・・・大きさは元に戻り、進行してしまうのです・・。これではきりがありません・・・。
心臓にも大量の放射線をかけてきたことから、これ以上負荷をかけるわけには行かず・・・もう放射線は使うことができません。
また、抗がん剤もききません。オペもできません・・・。
このまま死を待つだけなのでしょうか?
今日、弟がこの夏休みどこも連れて行ってあげられなかったので、私の彼が、連れ出してくれました。前から行きたがっていたポケモンの映画。
出かけたお土産に、スヌーピーのシール2枚と、ポストカードを買ってきてくれました。
カードには、言葉がかかれていて、
「」「」「」
すべて、弟が選んだそうです。
彼のやさしさと、弟の想いがたくさん詰まったもの。
昨日、私が入院するかも知れないということで、家族みんなが沈みました。
もう入院なんて嫌だと突っぱねる私と、どちらがよいことなのか途方に暮れる家族と主治医。
入院してもよくならないし。だったら、家にいても同じ?
ただ、家にいることはすなわち、家族の介護が重くなるということ・・・。
それを考えると、このときだけでも入院したほうが、家族のため?
と考えるも、やっぱり私にはそのどちらをとることはできませんでした。
そのとき、弟が私の布団にもぐりこんできて、一緒に寝ようというのです。
そして、そっと私の手を握りました。何も言わずに。
涙で弟の顔を見れなかった。涙で声にもならなかった・・・。
泣いていたら、弟はティッシュを渡してくれました。
やさしい弟に育ってくれたことを、誇りにおもってます。
そして、私の弟に生まれてきてくれたことを、感謝もしています。
私にとって、感染症は第一位の死因です。
毎回感染症のたびに、入退院を繰り返してきました。
感染症が長引き重症化すれば、やがて鼻血が出始め、血小板がさらに減り始め、臓器出血がおきます。
出血・多臓器不全が第二位の死因です。
今回だって・・・今回は・・・
でも、きっときっと奇跡が起きると・・・どこかで信じてます・・・。
信じることしか、私にはできないから・・・
そして、自分のことよりも、両親と弟が、祖父母が、いつまでも元気で笑顔で、幸せでいられますように、と念願するんです。。。
それしか、私にはできません・・・。
Ressar
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デンマーク・コペンハーゲン大学の研究チームが、週2、3回、1時間程度運動するなら、ジョギングよりサッカーの方が効果的だ、という調査結果を発表しました。
サッカーの方が体脂肪の減少幅が大きく、筋肉も増え、運動していて楽しい、ということです。
それはそうですね。ジョギングは始めた当初は気合も入って頑張りますが、コースがマンネリして、走る前から、走った後の疲労感を実感するようになるころからヤル気ががくんと落ちて、そのうち止めてしまいます。(すべて自分の体験です・・・笑)
でも、サッカーはまったくしていない人からすればとっつきにくいですよね。コートは広いし、ま、もちろんフルコートでなくてミニコートでいいわけですけれども。
ということなら思いつくのがフットサルです。5月19日、武雄市は『武雄市フットサル宣言』をしました。そのころは、「何でフットサルなん?」と言われたりもしましたが、このコペンハーゲン大学の調査結果は大きな拠り所になりますね。
サッカーに比べるとボールも小さく、コートも狭く、レベルに合わせてゲームがしやすく、かつ屋内スポーツなので天候にも左右されないし、紫外線のことも考えなくていい。注意することとすれば、今の季節は熱中症でしょうか。
身近な人たちでチームを作って、たとえば毎夜、どこかの体育館に行けば、フットサルをやっているところがあって、そこでゲーム感覚で健康増進ができる、そんな環境があればいいなぁと思います。
「家族でチームを作ると家庭内で会話も生まれ、かつお隣さんの家庭とチームを作ると隣組での絆が深まります。実際、ヨーロッパでは2家族くらいで1チームのフットサルチームを形成してファミリーで大会に参加して楽しむことが多いんですよ。」と日本サッカー協会の方が5月19日、視察に来られたときにおっしゃっていました。「そしてこのように日本初でフットサル宣言された武雄市の今後の取り組みにも注目していきます。」ともおっしゃっていました。
まずは健康増進対策として肥満率を減少させること。でも楽しくないとみんなしたくない。そういう意味ではゲーム感覚で、しかもコミュニケーションもとりながら、ヤセられるのがいいですね。
ぜひ『武雄市民フットサル大会』の実施をお願いします。
話は変わりますが、本日の佐賀新聞に鹿島で心配停止だった方を市民がAEDを使って、的確な対応のもと救命した、という記事がありました。本当に勇気ある、そしてすばらしいことです。
今後、健康増進の一貫として様々なスポーツ推進をされていく中で、ぜひAEDをはじめとした救命講習もしっかりしておくことは大切だなぁ、とこの記事を見て改めて教えられました。
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今回はRessarさんの8/21のメールからの抜粋です。健常者である僕がいくら難病者、障がい者のことがわかったつもりでも考えが及ばないことに気づかされます。でもだからだめなんだ、ということではないのです。健常者同士でもわかりあえませんからね。さらにわかろうとする試みを続けることが大事と思います。(できるできないに関係なく)ひとに伝える事を止めるとき、ひとから伝えられる事を止めたとき、ひととしての生き方を止めるのかなぁ、と思います。
この週末は、24時間テレビを見ていたりと、何かと楽しかったです。
先生は、24時間テレビ見られましたか?
毎年見ていますが、元気が出てくるテレビです。
でも・・・24時間スペシャルドラマの「君がくれた夏」は、小児がんを扱った実話に基づいた話であり、少し凹みました。
私の両親も、みれないと、違う部屋で過ごしてました。
小児がんは、よくドラマなどで扱われます。
同情を集めやすいのでしょうか?感動を求めた作品をつくろうと、少し小児がん当事者の気持ちを無視している部分もあると思います。
小児がんを持つ親御さんは、今は完治していたとしても、再発の危険はいつもぬぐえず、あのドラマをみることにより、闘病中の壮絶さを思い出してしまうご家族もいます。
小児がんで子どもを亡くされた方は、とてもドラマを見ることができないという人もいます。
また今は治って、社会に出ている小児がん経験者の人でも、闘病中を思い出して、しんどいという人だっています。
テレビでは、いくら実話に基づいた話でも、そこにカメラが向けられることにより、多少の脱色は覚悟しなければなりません。
しかし、感動だけで、私たちは生きてはいけないのです。
小児がんという病気は、そういう病気なんです。
白血病の7割が治癒する時代になったとはいえ、いまだに3割の子は駆け足でこの世を去っています。
「お母さん(お父さん)、わたし(ぼく)死んじゃうの?」
子どもがそう聞いてきたとき、あなたは子どもの目を見て、答えることができますか?
小児がんの子どもとその家族は、このときも厳しい現実と向き合っています。
運命に逆らいたくなります。時には自暴自棄にだってなります。逃げたいときだって、あります。すべて何もかもにおいて、疲れるときだって、あります。
それでも生きなければならないのです。
家族は、小児がんの子どもたちのために。
そして子どもは、親のために。
私は小さいときからの教えの中で、“親が子を想い、子が親を想う”と教えられてきました。
どんなに離れても、そしてどんなに傷つけあっても、親と子は繋がっていると。
そして、今世で家族として一緒になれたのは、前世でもどこかで繋がりがあったからだと。来世も、どこかで繋がっていると。しかし、今という同じ時間は、二度と来ないのだと。
今は4人家族がいても、来世では、父が弟になるかも知れない、母は叔母になるかもしれない、弟が夫になるかもしれない。あるいは家族ではなく、恋人や先輩になるかも知れない。
来世で繋がっていても、「今」とまったく同じときは流れないのだと。だから、与えられた運命と向き合い「今」を大切にしなさい。と私は教えの中で学びました。
私は、小児がんと17年生きてきました。
生まれた頃より、小児がんを患っていました。
脳腫瘍の手術を3回、横紋筋腫の手術を2回、肝芽腫の手術を3回。
そして、生まれた生後2日後に、心臓と消化器・腎臓・脳神経の同時手術を世界でも初に行い、36時間の長時間の手術を、わずか425グラムの小さな小さな体は耐え抜いてくれました。
私は、手術をできるからだではありませんでした。
数回に分けて手術をすることも不可能でした。
全身状態は、いつも悪かった。
それでも、助けてくださった医師の方々には、感謝しています。
100パーセントの力で守ってくれたこの体を、私には100パーセントの力で守りぬく義務があります。
守ることができるだろうか?今の私に。
自問自答を繰り返しながら、今を生きることに必死になり、結局は今を生き続けることに、同じ答えをさがしては また、同じ問題にぶつかるのです。
もしも、あなたの子どもが、今の医学では治らない難病だと告知されたら。
あなたはそのとき、どうしますか?
もしも、あなたの子どもが、歩けなくなったら。
あなたはそのとき、どうしますか?
もしも、あなたの子どもが、余命1カ月と宣告されたら。
あなたはそのとき、どうしますか?
子どもに、「お母さん(お父さん)、わたし(ぼく)死んじゃうの?」と聞かれたら。
あなたは、子どもの目を見て、答えることができますか。
誰もが自分にはそんなこと起きるはずがないと思って生きています。
でも、それは「突然」にやってくるのです。
自分の子どもが、あるいは大切な家族が、恋人が、重い荷物を背負うことになったとき、あなたはそれを共に背負う覚悟ができますか。
家族とは、一人の人生を共に背負うということです。
結婚とは、夫(妻)の人生をも受け入れ、この先の人生を共に歩み、ふたりで背負うということです。
子どもを授かったとき、この子の人生をも一緒に背負い、歩むということです。
人ひとりの人生を背負うということ。
大きな責任と大きな荷物です。
ただ単に、結婚した、ただ単に子どもを生んだ、できちゃった婚だから、今更仕方ない。
私は4人家族ですが、4人の人生をそれぞれが背負っているんです。同じものを。
そして、我が家には、同居をしていませんが、祖父母がいます。祖父母の人生をも、背負い続けてきました。
共に歩き、ともに介護し、共に笑い、泣き・・・
どんなに悲運がまい降りたとしても、失意のどん底にいたとしても、私たちは家族の力でそれを一つ一つ乗り越えてきました。
それは、家族のうち、誰か一人でも欠けても成り立たなかったことです。
感動求めた人助けは、自己満足にすぎません。
私たち病児家族が望むことは、同情や可哀想ね、気の毒と思われることでもなく、何かをしてもらうこともでもなく、そばで笑っていてほしいのです。
ただ、それだけなんです。
それだけで、病児も家族も笑顔になれるんです。
みんなの笑顔が私のげんきの源。
私は日々の中で、笑い続けることはできません。
24時間365日つらい治療と全身の痛みが起こります。
モルヒネもききません。
けど、私には笑わせてくれる家族や友達がいるから、生きていけます。
ドラマは、少年が生きた長い時間を、2時間足らずの画面に縮小しました。
あのドラマを見て、皆さんは何を思ったか。
小児がんの子どもを可哀想と、気の毒、と思われていたなら、少し悲しいです。
だって、私たちは、何も可哀想な気の毒な人生、生き方ではないから。亡くなった仲間たちも、短い命だったけど、それは可哀想な人生では決してありませんでした。
むしろ、可哀想と思われることが、可哀想であると私は・・・思ってます・・・。
Ressar
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今回の安倍改造内閣にて舛添氏が厚生労働大臣になりました。
日本医師会は正直「えっ!」と思ったのではないでしょうか。僕は思いました。
前々回の選挙で初当選したときに、日本医師会はなんの力もない団体だ、と言い放った人が大臣になったのです。
日本医師会が医療・介護について提案、提言しても最初から聞く耳を持って望んでくるとは考えられない。むしろ逆でしょう。
しかし、彼はもともとお母さんの介護をして、そのことで強く想うところがあって国選に立候補し、議員になった人です。国民全般にとって優しい政策が打ち出せるかどうかは未知ですが、しかし彼の信ずるところの正論でくると思います。ならば、日本医師会も国民にとってさらなる正論をぶつけていくしかないと思います。日本医師会執行部の真の実力が問われることになると思います。
より国民の側に立った医療政策を舛添氏に提言できるか!?
また彼は国際政治学者でもあるわけですから、英国、米国などの医療政策の失敗の二の舞にならないように、しっかり財政主導のこれまでの医療政策には一線を画すべきと思います。
彼の厚生労働大臣就任を聞いたときは正直、あらら・・・、と思ったのですが、こう考えてくると、期待している部分もあるんだなぁ、と自分自身に気づかされました。
でも、本当に、国民に優しい社会福祉政策をお願いしますよ、ますぞえさん!!!
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昨日、神戸日帰りの新幹線の中、『求心力』という本を読んでいました。
その中で、ほぇーっ、なるほど、思い当たるぞ!
と思ったところがありました。抜粋します。
男はえてして問題の解決方法を話し合いたいと考える。彼らに必要なのは「決断」である。ところが女は、ただ単に問題を共有したり「共感」してほしいと思っている。彼女達は、決して解決策が欲しいわけではないのだ。
そうなのか!?確かに僕は妻から相談を受けた時に、ずばっと結論めいたことを言って、喜ばれたことはないなぁ(汗)。
無条件に「ついていきたい!」と思わせる人は、どこが違うのか
なーんて帯に魅かれて買ったのに、妻ひとりついてこられていないかいぼーであった・・・
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ユニバーサルの実践について。Ressarさんに限らず障がい者の方がおっしゃることは、困った時に手をかして欲しい、ということです。Ressarさんが僕の言葉に答えてくれています。
(僕)
悪気はないんだけど、結果的に思いが到らずそうなっているケースは多々あると思います。これは健常者も失敗しながら経験していくしかないんですよね。失敗して臆病になってしまうと先に進まないので、まずは一歩前に出る勇気。失敗してもさらに一歩前に出る勇気が大事だ
ね。
(Ressar)
間違えれば、スタートラインに戻ればいい。
そして、また考えればいい。
考えたことに、無駄なことはない。そして、悩んだことに後悔はするな。たとえ、どんな結果でも。
私は、そう教えられてきました。
どうせどん底にいるなら、もっとどん底を見つめなさい。
そして、自分のどん底を知り、他人のどん底を知りなさい。
恩師に教わったことです。
障害者と健常者。
差別してはいけない。でも最近、その言葉を使うこと自体、差別ではないか?差別につながりはしないか?
と考えることがあります。
障害者と健常者。
障眼者と健眼者。
障聴者と健聴者。
また、障害を持った人。や、体が不自由な人、も、それを使い続けると差別だと言う人もいます。
「不自由」という言葉や「支障」という言葉を使うことに、また使われることに抵抗がある人もいます。
私は自分の体を表現するために、周囲に的確に伝わるように、この言葉を使っています。
自身、差別的な言葉だ、と想うことはあっても、自身を表現し、伝えていくためには、ほかに適切な言葉が見つからないのが本当のところなのです。
けれど、適切な言葉が見つからないから・・・と仕方ないと、ある人が不快に思っている言葉を使うことは、それによって傷つく人が一人でもいるならば、私は自身を表現することもできなくなります。
分けて考えなくてもいい社会に。
泣きたいときに泣ける社会に。
手伝えるときに手伝えることを手伝っていただければ、うれしい。
あっ、今からご飯です。
今日は・・・ざるそば!食べたい・・・けど、アレルギーで食べれない。。。
あー弟が、おいしそうに・・・食べてる。。。
Ressar
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先ほど来られた患者さんが、なんと、佐賀北高校キャッチャー市丸くんのおばあさんでした!
桜町の方です。久保くん━市丸くんのバッテリーが武雄で繋がっていました。
びっくりですね。
開幕戦、準決勝、決勝と甲子園に行ったそうです。「優勝してくれて、本当に冥土の土産ができました。」とおっしゃっていました。本当にそうですよね。
でも、まだ高校生だから、これに浮かれずにしっかり生活していってほしい、ともおっしゃっていました。本当にそうですよね。
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いよいよ9月23日 日本フットサルリーグ(Fリーグ)開幕まで一ヶ月を切りました。
武雄市も今年5月19日に、自治体として全国初の『フットサル宣言』をして、市民の健康づくりにフットサルを活かしていくことにしています。
また地元チームとしてはREVIVALが九州リーグで頑張っています。また地域密着ということでジュニアへの巡回スクールの実施や週1活動と称して、人知れずいろんな場所のごみ拾い活動もされています。
そして、可能であればこのREVIVALもFリーグに参入したいという目標を持っています。
このFリーグの5つの理念は
FAIRPLAY FIGHT FUN FRIEND FUTURE
の5Fです。
また初代王者を狙う8チームは
ステラミーゴいわて花巻
バルドラール浦安
ペスカドーラ町田
湘南ベルマーレ
名古屋オーシャンズ
シュライカー大阪
デウソン神戸
バサジィ大分
です。入場料はサッカーJ2料金と同等かそれよりやや高いくらいです。
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もともと国有鉄道長崎線は武雄を通って、早岐、大村、長崎へと走っていました。
そのころ、祐徳稲荷神社に参詣する人の利便を考え、武雄━祐徳院門前の間に、最初は馬車鉄道(明治37年~)、その後、軌道車(大正3年~)を走らせました。
その後、国有鉄道有明線(肥前山口━諫早)の開通にともない、採算が採れなくなり、昭和6年に廃業しています。
僕は、この軌道車が走っていたことを偲ばれる場所がありますかと、郷土史家である患者さんに聞いたところ、唯一この場所がそうです、と教えていただきました。
県道330号線(武雄 塩田線)橘町永島の上野のバス停です。
ここで、武雄行きと祐徳行きの軌道車が離合していたそうです。
「県道が不自然に拡がっているでしょう。あれが離合するために広くなっていた場所なんです。」
何気ない風景。知ろうとしなければ、教えられなければ分からない景観。知れば面白い街並み。
そんなことを感じた今回の取材でした。詳しい場所は『武雄よかとこブログ』に載せます。
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いやぁ、今日まで佐賀北のこと書かせてください!
本当に良かった。
高校野球界にとっても良かったんじゃないですかね。
特待生問題(僕は特待生制度自体は反対ではありませんが)で揺れたりしましたが、地方の公立高校生が試合毎に強くなって、全国制覇してしまう。
勝ち上がる中で、解説者が前評判の高い相手側寄りで、佐賀県人としては悔しい思いをしたりしましたが、でも彼らの戦いぶりは国民を味方にしました。
まさにこれぞ、高校野球に求めるもの、『全力、爽やか、ドラマ』だったのではないでしょうか。
市丸くんが優勝インタビューで『球場全体が自分たちを応援してくれているようでした。みなさんのおかげで勝てました。』なんて、普通言えます?僕は言えません。で、しかも、それはおべっかではなくて、彼らは本当にそう感じながら試合を戦っていたんですね。そんなにも彼らは爽やかな奴等なんです。すてきダ☆
13年前の、これまたまったく注目されていなかった佐賀商業が優勝した時との類似点が指摘されています。
開幕直後の第1試合だったこと。
決勝戦で満塁ホームランは甲子園史上、佐賀商業と佐賀北のみ。
佐賀を出る時は小さな粒だった佐賀北の子たちは、甲子園の土の上で短期間にぐんぐん大きくなり、大輪の花を咲かせました。この後、どのような実がなるのでしょうか?
武雄にとっては優勝投手となった久保くんは誇りです。朴訥とした久保くん。優勝した瞬間は頭がボーッとして真っ白。ナインが駆け寄ってきたので、喜ばなきゃ、と両手を挙げてポーズをした、とのこと(笑)。
帰ってきたら、ヒーローですね。久保くん。
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