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大学病院に勤務しているとき、それまで小児科でフォローされていたファロー四徴症の人がこれからは循環器内科でフォローしてください、と紹介されてきたことがありました。もう20歳過ぎたから、ということだったと記憶しています。
先天性の病気で小児科でフォローされてきたRessarさんもこの11月で18歳。ということで小児科ではなくて内科でという話しになっているようです。ただし、彼女のように複雑で難しい病気の場合、なかなか受け手を捜すのが難しいと思います。しかも精神的にも十分にケアしてあげられる医師を探すとなると尚更難しいですね。
Ressarさんの気持ちを汲んであげられる医師との出会いを願うばかりです。
最近いろんなことがあり、体調も悪く、メールもそっけないものばかりになってしまって、ごめんなさい。
実は、こんなに悩んでいたのには、理由があるのです。
それを伝えることができず、迷って迷って悩んで、考えて・・・いっぱい涙して。
やっと「これでいい!」と思えたので、そのご報告です。
かいぼー先生は、17歳ってまだ子どもだと思いますか?
それとも、もう大人だと思いますか。
どっちでしょう。
私は・・・正直わかりません。
でも・・・まだ17って子どもだよね?って自分に問いかけては、やっぱ17ってもう大人なんかな?と思ってしまう自分もいるのです。
大人って、どういう基準で判断するんでしょう?
年齢ですか。体格ですか。精神年齢ですか。
私は、「大人」という基準がわかりません。
20をすぎたら、それはもう「大人」なのでしょうか。
確かに日本では、20歳をすぎたらタバコも吸えるし、お酒ものめるし、すべては自己責任の元。
でも、親からしたら子どもはずっと子どもで、親の年齢を超えることはありません。
そして、70や80の方からしたら、20や30なんて、まだまだ「子ども」に映るでしょう。
逆に、10歳以下の子どもたちからしたら、17、18の子は、大人に見えるかもしれません。
何をもって、「大人」という線引きをするのか、私は今もわからないままです。
でも・・・きっと、答えはないのだろうと思ってます。
まだ17だって、遊びにも行きたいし、勉強もしたいし、ふつうの女の子のように、おしゃれだってしたいし・・・
恋だってしたいし、ほんとはもっともっと、やりたいこともあるんですよ。
なのに、なのに。
周りは・・・「もう17歳なんだから・・・」という。
「17なんだから。もう大人なんだから。」
私はこども病院にかかっているのですが(受け入れてくれたのがここしかなかったから)、今年の11月で18歳になるため、主治医より「もう年齢的にも大人になっていくし、ここでは対応できにくくなるから、転院を考えてください。」といわれ・・・。病院探しに迷ってます。
ずっと診てくれてたのに。血液や腫瘍の主治医は、とてもよく診てくれていて、転院の件も上層部の医師から言われ、そのことについては、「大人になるからといって今の現状がなくなるわけではない。小児期からの患者なのだから、ずっとここで診ていくべきだ!」と反論してくれましたが・・・組織の力は大きいです。
ある主治医とは、馬があわなくてももう4年も我慢して、我慢して、耐えて、耐えて・・・向き合ってきたのに。
「だいじょうぶ。僕が診てあげるよ。」なんて言葉は、気まぐれだったのだと馬鹿な私は、いまさらながらに気づくのです。
先天性の病気で、慢性疾患なら、大人になったからといって、治るわけではなく。
大人になってもいろいろな問題に苦しむのです。
それをもう大人だから、と、転院や転科するのは・・・日本の医療システムがおかしいと思う。
日本は先進国と呼ばれる国で、ある分野においては、アメリカを凌ぐ医療技術があったとしても、見えない部分に、日本独自の偏見や医療の貧しさがあるのだと思ってます。
それを変えたいと・・・。
私はひとりで生きていくことができません。
私が移動するには、大きな助けが必要です。
身長144センチ。体重30キロ。
それでも、私が移動するには、父や母におぶってもらわねばなりません。
まひした体では、重たいです。
それを笑顔で、でも内心つらいしんどいと思ってる両親を診るのはとてもつらいのです。
私は先天性の病気で、右目は完全失明。左目の視力もほとんどありません。画面いっぱいに顔を近づけてやっと文字が拾えるのです。
左耳も高度に傷害され、左耳だけでは聞こえません。右耳も悪く、難聴があり、声を聞き取るには時間もかかります。
私は・・・まだまだ子どもでいたい。
でも、いつまでも甘えていることはできません。
わかってるけど・・・わかってるけど・・・。
病気を持った人生に、自信は持てないのです。
でも、自らの人生には誇りを持っているのです。
持ちたいのです。
そして、生まれてきたことを、感謝しています。
もしも、生まれ変わったら。生まれ変わっても。
私は父と母の子として、生まれてきたい。
そして、出会った大切な人や大事なことはそのままに、第二の人生は病気が治ればいい。
転院のことを突然言われ、もうわけがわからなくて、意味もわかんないし、泣いて泣いて、そしたらまひは強くなるし・・・心臓は悪くなってくわ・・・で、ほんとにつらい日々でした。
もう、何も信じないと。
信じたくない!とまた心をかたくなに閉ざそうとしていました。
でも・・・ようやくあきらめがつきました。
転院はほんとはしたくないし、それは今の日本の医療システムがおかしいのだと思ってます。
だけど・・・仕方ないです。
年齢的には、もう小児科の対象ではなくなってしまうのですから。すると、私はもう、興味の対象外。
ここにいる理由も意味も、見つけられません。
病院探しもずっとしていました。
元主治医にもう一度診てもらえないかと、打診もしました。
でも、結果は、無理でした。
大阪にいる、元主治医は、「ここにはアレルギーと神経の専門医はいるけど、はるちゃんみたいに心臓や血液の専門医はいないし、こども病院みたいに年中専門医がいるわけではなく、夜間の当直医も限られていて柔軟な対応ができにくい、もしものときに緊急に対応できる自信がない。」といわれれば、諦めざるを得ません。
(・・・続く・・・)
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