< 僕的注目人 | メイン | 鉄道の話だけに並行線 >
2007.06.22 10:28 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  武雄ネタ  |  Ressar  |  かいぼー  | 推薦数 : 0

生きたい(第28話)

Ressarさんのメールです。6月19日のものです。この日は朝に、フジテレビの『めざましテレビ』でGABBA(武雄のがばいばあちゃんズ)のことが特集で放送されました。

 

こんにちは。

今日のめざましTV、発作のさなかだったので、ビデオで録画し、お昼すぎにみました。
武雄のがばいばあちゃん、皆さん、しっかりしていて、お元気そうで、思わず微笑んでしまう映像でした。
昨日は、近所の知り合いの方から、佐賀のがばいばあちゃんの映画のDVDを借り、見させて頂きました。
いろんなバージョンがあるみたいですが、いい作品ですね。
私の周りには、がばいばあちゃんのファンがたくさんいます。私もそのうちの一人です。


先日から梅雨入りして、今日もお天気は優れず、それに比例するように、私の体調も急降下しています。
主治医から先日、「残念だけど、治療をこれ以上続けてもよくなることはなく、知っている通りのことで、1020年先を見通した治療ではなく、今今のいのちのQOLを重視するのであれば、やはり本来のターミナル期を継続した方があなたのためになるのでは」
という話を聞きました。
わかっています。理想論では正論であることは。
ただ、気持ち的にまだまだ、生きたいという思いは、強いのです。
まだまだ、弟に語りかけなければならないこと。
彼の成長を見届けたい想い。
2年・・・いえ、後1年だけでも、生かせてくださいと。そのために、在宅ケアの中で、ターミナル期を継続しながら、抗がん剤治療も続けているのです。
ただ、正直、限界でもあるのです。
先生の言うように、いつまでも治療に頼るのではなく、そろそろ、すべての治療をやめ、本来のターミナル期に向かう方がいいのではないだろうか。と。

生まれたときから、生まれる前から、飽きず懲りず見捨てず、診て来てくださった、先生方の判断に間違いがあるはずありません。
先生方の言っていることは、わかります。そして、私の言い分が正しくないのも、十分わかっています。
ただ・・・今、私は患者で、患者の視点で物事を考えるとき。
やはり、治療をやめる決断は出せないのです。
それは、私にとって、「治療をやめる」ことは、イコール「死」を意味するからです。

私は、覚悟はできています。
自らの身に降りかかる死は、不思議と何も怖くはないのです。
ただ・・・まだまだ、家族を遺し、いくことができないのです・・。
それは、私の優柔不断さが背景にあるのかもしれません。
後、1年すれば、弟が中学生になれば、もう少し物事がわかるようになり、姉の死も受け入れることができるでしょう。そして、私の伝えたい想いを、彼なら語り次いでくれると信じています。
そして、弟に話しておかねばならないこともあるのです。
あなたの父は、強く最後まで人を信じ続けた人であると、
あなたの母は、子どもを無償の愛で育て、やさしさで包んでくれたと、あなたのおばあちゃんは、孫を慈しみいつでも見守り、げんきをくれた人だと、あなたのおじいちゃんは、無口だけど戦争を経験し、その壮絶さと命の大切さを、多くは語ろうとしないが、自分の生き様で、語ってくれたのだと、そして、あなたの叔母は、いろいろ問題を起こしたけども、それはすべて不幸なのではなく、不器用な生き方しかできないから、周りも自分をも不幸にしてしまうのだと。

弟には、この言葉の意味を理解する力があると思っています。
いつか、話さないとならないと。いつか、話してあげたいと。
隠すことはしないで、これまでのことを、真実を、話したいと、思うのです。
これから思春期という難しい年代に入る弟に、そして、これからの未来を築く、日本を支える社会人の一員になるであろう弟に。

それは、「託す」ことではなく、「語る」ことなのです。


だから・・・せめて。
後、1年は・・・。生きたいと思うのです。
私は、「奇跡」という言葉は、あまり好きではありません。
でも、胎児期に亡くなっても何ら不思議はなかった私が、この世に生を受け、そして17年も生きてこれたのは、「奇跡」というほかないかも知れません。
しかし、「医学」は、根拠がある科学で行われることです。
私の5年後の生存率は、3%であると告げられました。
そして、10年後の生存率は、0%だと。
医学的な数字の3%も、ほぼ0%と同程度だと言われています。
無理な願いかも知れませんが、5年とまでは言いません。せめて、後1年。いえ、それが無理なら・・・後半年でもいいのです。

今年の誕生日は迎えられないでしょう。と言われながら、毎年節目の日を迎えさせて頂きました。
私の誕生日は、11月ですが、それまで生きることができるでしょうか。

自分のために生きたいのではなく、家族のために愛する者のために、生きたいのです。そして、家族や愛する人には、生きてほしいのです。だれよりも幸せになってほしいと願うのです。
それは、時に「傲慢」という二文字になります。

今日も私は、痛みとともに目覚め、痛みとともに一日が終わろうとしています。

かいぼー先生はどうですか。
天気が崩れると、体調不良を起こす患者さんがきやすいのでしょうか。
また、前みたいにメールしたいです。
こちらこそ、メールも送れずにごめんなさい。

また、メールします。

 

Ressar

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/kaibo/20070622/1/trackback

コメント

コメントはまだありません。

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。
かいぼー
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2012/05 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

月別アーカイブ