| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
Ressarさんのメール紹介も20回目になりました。
最近の彼女はかなりきつそうです。長い文章を書くことは彼女の体力から考えて、とてもつらいことだと思います。
それでも彼女の想いをしっかり綴った文章を書いてこられます。
今回は僕にはなじみの薄い養護学校について、彼女が熱い想いを述べています。ユニバーサル・デザインに基づく考え方が世間一般に浸透するのは大変なことだなぁ、とこの文章を読んで思います。しかし、難しいなぁ、と思うだけではダメで、なんとかみんなで勉強して、理解して、ユニバーサルなコミュニティを作り上げなければなりません。
これからの社会のキーワードは、エコとユニバーサルだと思います。
大阪市教育委員会は、昨年11月7日に、大阪市立貝塚用語学校の就学に係る、学校指定について、来年度から停止する(転入学できない)ことを突然に発表しました。
大阪市立貝塚養護学校は、寄宿舎を併せ持つ、病弱養護学校で、1948年の創設以来、「療養しながら学べる学校」として、様々な疾病を持つ子どもたちの教育を保障してきました。
また、1961年9月には、起立性調節障害の診断で貝塚養護学校・寄宿舎に入学してきた子どもを最初とする不登校を伴う心身症の子どもたち(現在までに600名を超える)を受け入れるなど大きな役割を果たしてきました。
大阪市教育委員会は、学校指定の停止の理由として、在籍数の減少をあげていますが、それは転入学を希望する子どもたちを冷たく切り捨ててきた市教委による対応の結果であり、貝塚養護学校を必要としている子どもたちが減っているわけでは決してありません。
不登校を伴う心身症や、ぜんそくなどにより休みがちな子どもや、早期の生活習慣病の原因となる肥満の子ども、病後のアフターケアを必要とする子ども、広汎性発達障害で、他者とのかかわりがスムーズにいかずに心身症を発症した子ども、いじめを受け、心身症・神経症を発症した子どもたちの学ぶ場としての役割はますます増えてきています。
自然豊かな貝塚養護学校・寄宿舎で、子どもたちはこころの居場所を見つけ、笑顔を取り戻し、少しずつ心身の健康を回復していきます。
寄宿舎生活を送り、学習を行い、生活のリズムを確立し、また、いろんな行事を仲間とともに施行錯誤しながら行うなどの経験を少しずつ積み重ねるなどの取り組みの中で、子どもたちは再び飛び立つ力を、確実につけていきます。
貝塚養護学校・寄宿舎は、多くの子どもたちの健康、こころと命を救ってきた学校です。学校に行きたくても行けない子どもたち、つらい、死にたいと悩んでいる子どもたちがどれほどいるでしょうか。
「命は大切、自殺なんてやめて!」そう思う親たちがどれほどいるでしょうか。
貝塚養護学校なら助かる、助けてあげられる・・・・・。
今、一番必要な学校をどうしてなくすのでしょうか。
最初は、養護学校という名前に後ずさりした親御さんが多くいらっしゃいました。寄宿舎に入ることも、驚きでした。
しかし、子どもたちは、貝塚養護学校にやってきて、心を開いていきました。
ともに人生を語り合える友達に出会うことができました。信じる先生と出会いました。貝塚養護学校・寄宿舎は、子どもたちの笑顔を再び呼び戻せる場所です。
病気の子ども、こころを病んだ子ども、いじめられた子どもの、こころも体も癒し再生しさせてくれる学校です。
子どもたちは、卒業後も、生きるために、ちからをもらうために、貝塚養護学校に行きます。
貝塚養護学校・寄宿舎は、大切な場所です。
悩んでいる子どもたち、親たちはたくさんいます。その人たちのほとんどが、貝塚養護学校を知らないのです。貝塚養護学校は、必要がないのではなく、残念ながら存在を知られていないのです。
大阪市は、学校指定の停止ではなく、子どもたちのためにその存在を広くアピールすることこそ行うべきです。
私も、学校にはまったくいけませんでした。
小学校入学のときも、中学入学時にも、養護学校への入学をすすめられました。
いったん入った公立学校。小学校は比較的周囲に恵まれ、先生方にも大変よくしていただき、ほとんど行けませんでしたが、大切に守られ、充実した日々を過ごせました。
けれども、一度、小学校4年生のときに、長期入院のため、院内学級、設立している養護学校へ転校しています。
病気の治療のために、長く入院しないと行けない子どもたち・・・。
周囲がどんなに、「勉強できなくたっていい。勉強はいつでもできるのだから。治療に専念しなさい。」といったところで、当の本人は、そうはいきません。
長い休みのために、勉強の遅れを気にしています。
出席日数が必然的に足りなくなり、留年してしまう子もたくさんいました。
おかしいと思います。病気の治療で休まざるを得ない子どもは、留年しなければなりませんか。
病気の子どもの学習の場は、保証されませんか。。。
多くの病院に今、院内学級なるものが一昔前に比べ、設立されてきました。
しかし、院内学級で学ぶためには、一度もとの学校をやめ、設立されている養護学校に転校手続きをとらなくてはなりません。もちろん、病気がよくなり退院すれば、元の学校へ戻ることができます。
しかし、一度は転校するということ・・・それが子供にとって、大きな負担であることは言うまでもありません。
大人が思っているほど、学校のこと、勉強のこと、友達のこと、子どもは考えています。
私は、中学のころ、あの事件があり、それきり中学には足を踏み入れませんでしたが、学びたい思い、勉強したい気持ちが私には強くあったので、どんな形でもいい、養護学校への転校を希望しました。
それが、貝塚養護学校です。しかし、大阪市教委は、冷たく切り捨てました。
「いまさら、養護に行ってどうなるの?養護に行っても、あなたは学校には行けないでしょう」
「貝塚養護学校は、再生能力のある子どもが行く学校です。」
↑の意味がわかりますか・・・。
つまり、私は貝塚養護に行っても、体はついてこないだろう、爆弾を抱える身です。いつ心臓が止まるかわからない、そんな状態の子を受け入れてはくれないというのでうす。責任はだれがとるのだと・・・。まだ、貝塚養護に問い合わせてもいないのに・・・。
そして、私は再生能力がないということです。
私の病気は進行性だから・・・いずれ死を迎えるから。
学んだって意味がない、そう捉えました。
どうせ死ぬんだから、社会に貢献もできないのだから、今更学んだって・・・教委の方の言葉には、失望させられました。そして、自分に自信をなくしてしまいました。
みんなにお世話をかけている私は、重荷になる存在なのだと・・・一人で何もできない私に、生きる価値はないのだと・・・・。
私も、貝塚養護に転校することを強く望みました。
両親も・・・。
でも、結局は大阪市教委が冷たく切り捨てたのです。
大阪市があげている、在籍数の減少は、あなたたちがそうして必要としている子どもたちや親を冷たく切り捨ててきた結果の表れです。
私たちは今、貝塚養護学校の存続のために、署名をあつめ、請願書等を議員に提出するつもりでいます。
Ressar
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)