多くの方々に護られ生きてこられたRessarさん。護りたくなりますよ、そりゃ。
私もその一員になりたい、と多くのこのブログの読者の方々も思われているようです。僕も同じ気持ちです。
健康な人の気持ちも健康な人にしかわからない、というRessarさん。健康な僕はその言葉にびっくり。またまた驚かされました(笑)。
こんにちは。
体温調節がうまくいかない私は、この時期、扇風機とファンヒーターを両方おいています・苦笑
>大変な思いをして生きていますね。ただただ頭が下がります。
私だけが大変な想いをして生きているわけではありません。
両親も祖父母も、弟も、彼も・・・先生たちも。
私の「病気」という同じ荷物を背負って生きてきたのですから・・・。
よく、病気の人の気持ちは、病気の人しかわからないといいます。
でも、私は思うのです。
病気の人の気持ちは、当事者にしかわからないというのなら、健康な人の気持ちも、健康な人にしかわからないと・・・私には、健康な人の気持ちはわかりません・・・。
ですから、同じじゃないかな、と・・・。
見た目は車椅子でも、寝たきりでも、動けなくても。
感じる心は、ふつうの人たちと同じように、持ち合わせています。
生きたい・・・生きる・・・生きよう・・・。
私の素直な気持ちです。
>そして主治医の先生もお休みの中、いっしょにお留守番だなんて、ご苦労様ですし、またあなたはそのようなお人柄だから、みんなから愛されているんですよ。
以前神経内科の主治医が言っていました。
「みんな、あなたに呼ばれてきたんだよ(笑)。それは、あなたの人徳です。」と。
愛されているからこそ、この出会いを大切に、自分なりに多くのものを吸収したり、伝えたりして、大切にしていきたいと思っています。
>僕はただ遠くから無責任にこうしてメールをして、きついあなたからお返事をもらって、すみません。あなたや周囲の方の思いやご苦労から考えれば、僕がしていることは情けない限りです。
情けないなんて、思わないでください・・・。
かいぼー先生は、先生なりに、私と向き合ってくれています。こうして、メールをくれます。
外からの刺激が限られている者にとって、人とのつながりは、このメールという機能だけです。
そんな者に、温かなメッセージを届けてくださる先生のやさしさに感謝しているんですよ。
>そして医師になりたかったあなたは、もうすでに医師以上です。母になりたかったあなたは、もうすでに母です。すばらしい母性を持っておられる。あなたの言葉から、優しい、そして強い母親像がしっかり見えます。
ありがとうございます=*^-^*=にこっ♪
せめて、弟の小学校の卒業まで・・・中学の入学までは・・・見届けていたい。彼の成長を・・・と思っていますが・・・。
今今が、一番大切で、厳しいと身を持って感じています。。
母みたいな、お母さんにはなれなかったけれど。
先生みたいなお医者さんにはなれなかったけれど。
多くの事を失ったり、諦めたりしながら、生きるという人間として一番大事なことを人生のテーマに、考え、学び、得られたことはあると思います。
自分の人生に、責任と誇りを持っていたい。
自分の最期が訪れたとき、胸を張って、「精いっぱい生きた」と言い切れるように。
そんな自分でいたいと思います。
それでは。
Ressar
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ここ数日のRESSARさんの文章を読んでいると家族について考えさせられます。私の家族はみな五体満足でぴんぴんしてます。父母も健在で医者いらず、私、弟妹を含めて皆大酒飲みで、まったく自らの健康に無頓着で反省しきりです。
そんな家族、皆やりたい放題で、何か面倒なことが起こらないようにせめて長男の私が中心に居座ろうと気構えてます。しかし、何かと家族全体との衝突も多くて、ほとほと困り果てることも多いです。私が家族に対して慎ましさを求めるのが原因です。何かと派手好きの家族の面々は抑えることを嫌うのです。
最近、私は考え方を変えようかと思ってます。RESSARさんの言葉の中の、「健康な人の心」なのです。
今や老境にさしかかった父母に対して私は、人生の集大成だから分別ある老後を過ごして欲しいと願いながらも、それはその域に差し掛かっていもしない私にはその境地がわからないのでは、と思うからです。
弟妹達もあまりなめてかかるとしっぺ返しが来る、と日頃の行動もたしなめたい気持ちが強いのですが、出来るからしていることなのかも知れません。私自身が弟妹達のような余裕や余力がないからわからないのかも知れません。
気がついてみれば、がみがみと誰にでもうるさい長男になっているような気がしました。家族全員が揃うと決まって私の小言に一同が険悪な雰囲気になるのがここ暫くの家族の風景なんです。
RESSARさんが書かれる家族への思い、そして家族の風景を読ませてもらって、何と自分の小ささを痛感させられました。私の厳しさには慈愛のかけらもない、単なる自己満足にのようです。家族を見る眼差しには慈しみの光がなければならないことを教えられました。
また、勉強させられましたよ。
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