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樋渡武雄市長になって一年。市政一年を評価する、という記事が各紙に見られます。一年しかたっていませんから、この時点ですでに評価できる事項なんかがあったら、それだけですごいことだと実行力のない僕は思います。
昨年2月、臥竜塾に「今度市長に立候補する樋渡氏が来るよ。」とのことで出かけて行き、お会いしたのが最初の出会いでした。印象は今と変わりません。自分にとって生理的にすんなり受け入れられる人というのがたまーに存在しますよね。そんな感じ(笑)。「あっ。すごいな。」と軽い気持ちで思いました。心が軽くなる軽さです。はずむ感じ。
その後選挙期間中に中央公園前の演説後に握手1回。街頭での演説がよかったんです。この人はやれる、という感じ。(奥様にもこの時に初めてお会いしました。とてもかわいくて感じのいい人。)
市政が停滞している時は、やれる人かやらない人かの判断だけです。
でもどの程度やれる人かはまだこの時はわかりませんから、他人から「どっちに入れたがいいと思います?」と言われても、「やってほしいか、やらなくてもいいか、で判断されては・・・。」なんて、曖昧な返答をしていました。
ところが、選挙直前の樋渡氏の大集会に弁士として出てくれ、とある方の使いから言われたのです。樋渡氏と面と向かってお話ししたのが1回、そして握手1回しか接触はなかったので・・。でも話の出所からみれば断われそうもないし・・・(汗)。心の中では支持していましたが、僕の浅はかな思慮でこちらの候補によろしくお願いします、とはとても言えませんので、「樋渡氏をよろしく、とは言わない約束で、僕なりに今回の選挙での投票判断のポイントを話します。」ということで引き受けました。
おかげさまで、あの時の武雄市文化会館大ホールで1400人ほどの人の前で話をした経験から、もうどこで話してもほとんどあがらなくなりました。
樋渡氏が市長になられた後はご存知のとおりの大活躍。僕が『やれる』と思っていた以上というかスーパーマンですね。
形にできる人が長になるとこうなるのかと一市民として舌を巻く状況です。武雄市民でいることが楽しくてしょうがありません。
6月にサッカーW杯日本対クロアチア戦を競輪場を開放してパブリックビューイングを開催。夜遅くにもかかわらず2000人の人たちで賑わいました。
9月から10月にドラマ『佐賀のがばいばあちゃん』で妻とともに待望のエキストラデビューを飾りました。スタッフや俳優のみなさんとも交流ができ楽しい思いをさせていただきました。
また、9月はサガントスサッカースクール武雄校も開校しました。
樋渡氏のマネをして4月25日からブログを始め、間もなく一年。この間、市長と交遊のある方々とブログでお知り合いになり、人生が豊かになりました。
服部幸應先生の講演も聞けて、食育に関心も持てました。
僕に関することだけでもこれだけ。他にもいろんな(市長だけでなく市民の)思いつきが形になっていっています。
まずは武雄の知名度を上げ、交流人口や交流産業を増やし、収入を増やすことが重要です。お金がないとその後のこと(福祉をはじめとした住民サービス)はできませんからね。
一年間の評価は『知名度は上がったか?』。これだけで十分ですし、その点の評価であれば100点満点の300点!(笑)
あ、そうそう。選挙中に樋渡ご夫婦と握手したときに僕が思ったこと。「この人たち、選挙で負けたら武雄を去るんだろうな。それは寂しいな。ぜひ武雄に残ってほしい。」という気持ちでした。
今後は、ほとんどの武雄の人が、樋渡氏は土着していると認めてくれるようになってほしいと思います。まだ、中央から来た優秀な人という印象が強いでしょうからね。僕の望みはそれだけです。
僕の『樋渡市政一年を振り返る』でした(笑)。
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