| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 |
昨日のサガン鳥栖。見事に東京ベルディに勝ちました。
今季、サガン鳥栖は大敗を繰り返し、チームとして崩壊していくことが危惧されていました。
しかし、さすがに砂岩(サガン)の選手たち。自らミーティングを開き、本音を語り合い、意志の確認、統一を計ったのです。ひとりひとり見れば有名な選手はいない、サッカー界で見れば小さな一粒の砂の集まりにしかすぎない選手達。しかししっかりお互いの気持ちを強い絆で結びつければ硬い岩となり、何者にも負けない力を生むのです。
そしてさらに、あれだけ情けない負け方が続いていたにも関わらず7000人もの観衆。負けが混んでチームが苦しんでいるときにも見捨てず応援してくれる人がどれだけいるのかは、そのチームが地域に密着しているかのバロメーターだと思います。その点ではサガン鳥栖(会社名:サガンドリームス)の活動はここ2年ちょっとで確実に成果を上げていると思います。
そして、その観衆の前で、強い絆で結ばれた選手達が見せてくれたのは、彼らの覚悟でした。
もともとFWだったけど、1年以上公式戦出場がなく、この日DFにコンバートされて出場した日高。FW出身ということで相手FWの動きを読み、気迫のこもったプレーで頑張ってくれました。試合中献身的に動き回ったという点ではレオナルドが一番。攻守にわたって大活躍。この人は今年東京ベルディに入団して、まっすぐサガン鳥栖にレンタルされている選手です。きれいな日本語で話すそうで、まじめで気持ちのこもった選手です。藤田は自信をつけましたね。レオナルドとともに前線から献身的に守備をしていたのが光りました。点もちゃんと取ってくれました。あの時のDFとの体の入れ替えは絶妙でしたね。廣瀬。この人はまさにムードメーカー。誰が相手でも物怖じしない不敵さが魅力。そして地味ながらしっかり役割を果たしていたのが村主(すぐり)、吉田恵のベテラン勢と飯尾のMF、DF陣です。J1の大分からレンタルで来た柴小屋を引っ張っていました。もちろんヨシキは大車輪の活躍。シュートやパスの精度はちょっと悪かったけどね。ユンも後半途中出場を果たし、メンバーが戻ってきました。後は加藤が復帰すれば。高地と山城も、昨日の試合はあまり目立たなかったけど、献身的なプレーをしていました。彼らは毎試合のように出場して、よく頑張っています。後はGK赤星。彼の伝説になるような神セーブが見たい。一本二本とそういうセーブを積み重ねていけば不動の守護神になれます。資質は十分ですからね。
僕のブログを見ている人の中で、「サガン鳥栖のネタの時は興味ないから読んでないです。」とおっしゃった方がいました。でも今年のサガン鳥栖の生き様は見る価値あり、だと思います。どん底からどこまで踏ん張れるか。始まるまでは期待に胸膨らませていて、始まったらこんなはずじゃなかった、ともがき苦しんで、そして今、わずかな光明を見出したかどうか、というところ。今後の行く末をみんなで見守りましょう。するときっと応援したくなりますよ。サガン鳥栖はそんなチームなんです。でもサガン鳥栖ネタなら読まないと言ったあなたはたぶんここまで読んでないでしょうね(失笑)。
固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
今日は祖母の祥月命日です。9時に和尚さんがお見えになりました。
お経さんが終り、和尚さんが私たちの方をお向きになり、「一方的に私が話しても何ですから、質問がありましたらどうぞ。」とおっしゃいました。和尚さんは現役の高校の先生でもありますので「教育現場に宗教観は持ち込まないことになっていますが、どう思いますか?」(これにはきっぱり持ち込まないとのご返答でした)という質問から始まり、他宗教との違い、また仏教(和尚さんは浄土真宗)観など幅広くお話ししました。
そしてよくわかったのは、仏教の教えの根本は真理であり、その真理を個人個人が自分のレベルで探究すること。その大切さを説いているということです。以前、比叡山の偉いお坊さんが「仏教は今をいかに生きるかを説いているのであって死後の世界のことはたいして言っていない。」とおっしゃっていました。
和尚様は、「仏教は~ing なんです。死に向かって~ing。そして生きているときと死後の、つまり後生はつながっているのです。」とおっしゃいました。
そして一般的な仏教には厳しい戒律はありません。緩やかな縛りの中で、各々が自分のレベルで真理を探究する。そんな宗教が仏教なのだ、と今日のところは認識しました。
その祖母の次男である俊民伯父のことは今朝の新聞で知りました。祖母も喜んでいることと思います。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
1月18日から毎日、起床してトイレ直後の体重(基礎体重)と夜、入浴前の体重を測定してきました。
ダイエットといっても他に特別なことをしてはいません。ただ自分なりに体重の変化を観察し、どうしたら増えるのか、どうしたら減るのかに気づき、減る方向に生活を誘導していくのです。
ある程度減ると、そこからなかなか減らなくなります。するとなにかワークを取り入れて、さらに頑張る。あるいは頑張らない。それは自分で決めていいと思います。
重視したことは、急に無理して減量しないこと。リバウンドしないこと。この2点です。
そして僕の場合、3人で記録を公開しながらしました。よしまっちと猫手企画さんです。佐賀新聞のSNS『ひびの』の自分のマイページで毎日このことを報告しています。
そして今朝がスタートから100日目でした。経過を少し詳しく見てみましょう。10日単位での変化とその間の生活を簡単に書いてみます。
0~10日。0.90キロ減。始めたばかりということもあり気合が入っている。昼休みの1時間前後の散歩。空いたちょっとした時間をみつけてのスクワットなど。また体重にかなり余力?があり、さほど努力しなくても減る。
10~20日。0.10キロ減。1月末から2月初旬ということもあり飲み会が多く、なかなか減らず。夕食のときに飲んでいたビールを止める。以後、飲み会以外での飲酒はまったくしなくなった。
20~30日。±0.00キロ。運動するも減らず。バレンタインで患者さんからもらったチョコレートの食べすぎも原因か(笑)。今後もそうだが、かならずこのようにプラトーの時期あり。こういうときは辛抱あるのみ。体重計ってなかったらたぶんこういうときにリバウンドするのだと思う。
30~40日。0.80キロ減。特別なことはしていないがどんどん減る。食べても飲んでも減るのでもしかしてどこか身体が悪いのでは?と不安になるくらい減る。コンスタントに歩いたりスクワットしたりして代謝が亢進したのだと思う。武雄町内だったら車は可能な限り使わなくなった。
40~50日。0.65キロ減。この間にエアロビデビュー。近所にエアロビをしているところがあり気になっていたが、女性ばかりなので遠慮していた。先生に聞いたらOKとのことで、勇気を出して参加。1時間40分ほど。汗だくになって気分も爽快。
50~60日。0.75キロ減。エアロビ効果で基礎代謝亢進しまくり。エアロビの日以外も何もせずとも減る。
60~70日。0.10キロ増。武雄三樹まいりの後の長寿食で太り(笑)、沖縄旅行で太り。プラトーで辛抱の時期。
70~80日。0.20キロ減。久しぶりにエアロビしてがくんと減ったあとリバウンドしてこの結果。3月末から4月始めは何かと会議が多く運動できない状態が続く。
80~90日。0.20キロ減。この間も会議が多く、運動できず。またややもすると増える傾向にあり、プラトーでいくことを目標とする。これまでで一番辛抱のときだった。
90~100日。0.60キロ減。相変わらず会議は多いが、週2回のエアロビの日だけたまたま予定がなかった。2回続けてエアロビに入った結果、順調に減る。
ということで、100日間で4.1キロ減です。50グラムダイエットということで始めましたが、そう順調にいくわけはなく、それでも何とか40グラムダイエットにはなってますね。
毎日体重を計って、記録して、なぜこうなったのかを検証することの辛さ、大切さを実感しています。
この100日間で変わったこと。飲み会以外では飲酒をしなくなった。昼休みに1時間ほど散歩。武雄町内の用事ならできるだけ歩いていく。そしてエアロビ。
体重の変化を見ながら考えた結果、僕の生活はこのように変わりました。あとできれば2キロ減らしたいです。そうすると大学時代の体重に戻るので。気長にもう少し頑張ってみます。みなさんもどうですか?特に市役所職員で率先してどうですか?僕ボランティアで指導しますよ♪有志を募って市報で報告なんていいかもですよ。ちなみに武雄市報の5月号の中の『保険連絡協議会便り』で「日々体重計ってダイエット」に関連する記事を書いていますのでよろしかったらご覧ください。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
今年はしない、という話も出て、子どもクラブとしても毎年のソーメン流しは大変だったので、ちょっと嬉しかったりして・・・。
『うめ~ランド』です。
毎年、御船ヶ丘梅林で5月の最後の日曜日に開催されています。今年もやりますよ。
この『うめ~ランド』の実施主体は、梅林の所有者である「清香奨学会(如蘭塾)」と「武雄区青少年育成区民会議」、地域づくり団体の「木曜会」の三団体です。といってもほとんどは武雄区青少年育成区民会議が行います。
この武雄区青少年育成区民会議。実はここ4年ほど、まともに開催されていませんでした。『うめ~ランド』の当初みんなが持っていた意義、如蘭塾と武雄区の関係などの申し送りが武雄区民になされないまま、なぁなぁで昨年まで行われてきました。で、今年はしない、という話しが出てきたのです。
小鳩の家保育園園長の井上一夫先生が音頭を取り、数年ぶりに昨夜、青少年育成区民会議が行われました。この会議は武雄区独自のものではなく、いろんなところに存在するようですが、この会はとてもいいと思いました。何がいいのかというと、会組織が子どもクラブから老人会まで、地区住民の公民館組織すべてを含んでいることです。この会を使うことによって地域の防犯対策などは一気に進めることが可能です。また地域のじいちゃん、ばあちゃんと子どもたちの交流も計ることができそうです。子どもクラブとしては積極的にかかわっていった方がいいと思いました。そもそも地域の子どもたちのために存在する会ですから当然と言えば当然ですが。
そしてマンネリしていた『うめ~ランド』は今年から新たな気持ちでリスタートします。どのような形になるかは5月2日の『うめ~ランド』実行委員会で話し合われます。子どもクラブとしては例年のようにソーメン流しは担当しないつもりです。少なくとも設置はどなたか他の方々にお願いします。『うめ~ランド』の1週間前は御船が丘小学校の運動会だし、『うめ~ランド』の前日には武雄区の子どもたちだけのために梅ちぎりもします。(当日地元の人は梅ちぎりする時間はありませんからね。)何かと大変な中、『うめ~ランド』でもっとも大変なソーメン流しの設置から運営を担当させられ、毎年子どもクラブ役員からはブーイングでした。
今回は子どもクラブとしては子どもたちが何かをして楽しめるような企画を考えたいと思います。時間がないのでうまく煮詰められるかはわかりませんが。
先日のブログでも書きましたが、毎年恒例の行事を見直すことは大事ですね。止めるという話しから認識をみなが新たにして再スタートを切ることができました。
みなさん。今年の『うめ~ランド』に来てくださいね。詳細が決まりましたら、またここでお知らせします。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近はマスコミのあちらこちらに樋渡武雄市長だけでなく多くの自分の身の回りにいらっしゃる武雄市民が登場されます。
今朝の佐賀新聞で見ても、
①JR北方駅内に市民活動応援センター『がばい館』を開所。京都屋旅館(http://www.saganet.ne.jp/kyotoya/top/index.html)社長の前田さんが代表を務める町おこしグループ「TAKE-0(テイク・ゼロ)」が佐賀県の「CSO(市民社会組織)活動拠点設置事業」の一環として動かれました。それにしても「TAKE-0」のネーミングはいつ見てもよくできた名前だと思います。「武雄 ゼロからの出発」て感じ。すぐれもの!
②樋渡市長に地域審議会から市政に対する提案書。僕も旧武雄市エリアの地域審議会委員でした。でも最後2回は都合で欠席してまして、まとめの作業のときは全くノータッチで申し訳ありませんでした。今回の提案は各地域(旧武雄市・山内町・北方町)がどうだという話ではなくて、旧自治体ごとの格差を均一にする提案が主でした。でもこれを均一にするのが難しい。負担が増えるところからは合併の負の効果として不満の声が上がるでしょうからね。法定合併協議会で取り決めていたことだから、と以前の人たちの責任にして(あ、でもそれにも私は絡んでますけど・・・笑)推し進めるしかない場合もあるでしょうね。
③『佐賀のがばいばあちゃん』ロケ地をボランティアガイドがPR。武雄市に登録しているボランティアガイドさんは男女約30人。今日の新聞では斉藤萬佐統さんのコメントが。「武雄のためになり、自分の健康づくりにもいい。武雄のよさを大いにPRして、多くの人にきてもらいたい。」とのこと。この斉藤さん。3月までかいぼー医院で婦長(今は正式には師長ですが、この呼称僕はなじみません)をされ定年退職された方のご主人です。
こんな感じで、自分の周囲におられる方々がマスコミにしばしば登場されるようになりました。市長だけでなく市民があちらこちらで動いている。これが今の武雄市のパワーなんだなぁと思います。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
『かいぼーのつぶやき』
おかげさまでこのブログを開いて1年になりました。
昨年4月25日から本日午前0時までのここへのアクセス数は224397件でした。
1日平均600件以上のアクセスがあるなんて始めた当初は予想もしていなかったことで、ありがとうございます。
樋渡武雄市長のブログ『武雄市長物語(http://hiwa1118.exblog.jp/)』に度々登場させていただいたことが大きかったと思います。
またサガン鳥栖サポーターの方々からもよくコメントを頂き、絆の強さを感じます。
いろんな場所で思わぬ人から、「あなたのブログを拝見していますよ。」という言葉を頂き驚くことも多いです。公的な人間ではありませんから、ここの原稿を書くときはそのようないろんな方々のお顔を思い出しながら書くことはありません。まったくプライベートな空間で自分の思いだけで書いています。
書かれている内容が多岐に渡っている、と言われることもあります。特定のことを伝えるブログではないのでそうですね。当初はサガン鳥栖のことをメインでと思っていましたが、他にも伝えたいこと、書きたいことがたくさん出てきてとりとめがなくなっています。
でも書く題材が増えればそれだけ人生も豊かになったということかなぁ、と思います。また、これから同様の経験をされる方の参考になったり、あるいは経験されることがない方の参考にもなれば。
ということでとりとめのない2年目のこのブログも今まで同様よろしくお願いします。市長と違って打たれ弱いので優しいコメントをお願いします!(^^)!
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
樋渡武雄市長になって一年。市政一年を評価する、という記事が各紙に見られます。一年しかたっていませんから、この時点ですでに評価できる事項なんかがあったら、それだけですごいことだと実行力のない僕は思います。
昨年2月、臥竜塾に「今度市長に立候補する樋渡氏が来るよ。」とのことで出かけて行き、お会いしたのが最初の出会いでした。印象は今と変わりません。自分にとって生理的にすんなり受け入れられる人というのがたまーに存在しますよね。そんな感じ(笑)。「あっ。すごいな。」と軽い気持ちで思いました。心が軽くなる軽さです。はずむ感じ。
その後選挙期間中に中央公園前の演説後に握手1回。街頭での演説がよかったんです。この人はやれる、という感じ。(奥様にもこの時に初めてお会いしました。とてもかわいくて感じのいい人。)
市政が停滞している時は、やれる人かやらない人かの判断だけです。
でもどの程度やれる人かはまだこの時はわかりませんから、他人から「どっちに入れたがいいと思います?」と言われても、「やってほしいか、やらなくてもいいか、で判断されては・・・。」なんて、曖昧な返答をしていました。
ところが、選挙直前の樋渡氏の大集会に弁士として出てくれ、とある方の使いから言われたのです。樋渡氏と面と向かってお話ししたのが1回、そして握手1回しか接触はなかったので・・。でも話の出所からみれば断われそうもないし・・・(汗)。心の中では支持していましたが、僕の浅はかな思慮でこちらの候補によろしくお願いします、とはとても言えませんので、「樋渡氏をよろしく、とは言わない約束で、僕なりに今回の選挙での投票判断のポイントを話します。」ということで引き受けました。
おかげさまで、あの時の武雄市文化会館大ホールで1400人ほどの人の前で話をした経験から、もうどこで話してもほとんどあがらなくなりました。
樋渡氏が市長になられた後はご存知のとおりの大活躍。僕が『やれる』と思っていた以上というかスーパーマンですね。
形にできる人が長になるとこうなるのかと一市民として舌を巻く状況です。武雄市民でいることが楽しくてしょうがありません。
6月にサッカーW杯日本対クロアチア戦を競輪場を開放してパブリックビューイングを開催。夜遅くにもかかわらず2000人の人たちで賑わいました。
9月から10月にドラマ『佐賀のがばいばあちゃん』で妻とともに待望のエキストラデビューを飾りました。スタッフや俳優のみなさんとも交流ができ楽しい思いをさせていただきました。
また、9月はサガントスサッカースクール武雄校も開校しました。
樋渡氏のマネをして4月25日からブログを始め、間もなく一年。この間、市長と交遊のある方々とブログでお知り合いになり、人生が豊かになりました。
服部幸應先生の講演も聞けて、食育に関心も持てました。
僕に関することだけでもこれだけ。他にもいろんな(市長だけでなく市民の)思いつきが形になっていっています。
まずは武雄の知名度を上げ、交流人口や交流産業を増やし、収入を増やすことが重要です。お金がないとその後のこと(福祉をはじめとした住民サービス)はできませんからね。
一年間の評価は『知名度は上がったか?』。これだけで十分ですし、その点の評価であれば100点満点の300点!(笑)
あ、そうそう。選挙中に樋渡ご夫婦と握手したときに僕が思ったこと。「この人たち、選挙で負けたら武雄を去るんだろうな。それは寂しいな。ぜひ武雄に残ってほしい。」という気持ちでした。
今後は、ほとんどの武雄の人が、樋渡氏は土着していると認めてくれるようになってほしいと思います。まだ、中央から来た優秀な人という印象が強いでしょうからね。僕の望みはそれだけです。
僕の『樋渡市政一年を振り返る』でした(笑)。
固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
昨日、第41回武雄町こども相撲大会がありました。
朝から土砂降り。しかしできるだけ予定の日でやろうという大会関係者の判断で開催されることとなりました。
まずは女子の団体戦予選から。女子はおとなしい相撲をとるのかと思っていましたが、どうして、髪を振り乱して、ぶんぶんお互いを振り回して、白熱した試合を見せてくれました。
我が武雄区としては初めて女子団体戦にチームを出すことができ、それだけで満足でした。しかもひとりは4年生なのに5、6年生の部で出場して、しかも勝っていました。ありがとうね。
次は男子団体戦予選。観客もがぜん力が入ります。
相変わらずの土砂降りでみんなテントの中からの大声援です。
でもこどもたちは控えで待っているときに「寒い。寒い。」とふるえていました。僕ら役員もずぶ濡れでした。
団体戦予選終了時点で監督会議が行われました。区によってはこどもたちのことを考えて、帰らせてください、との申し出も出ていました。団体戦に出ていないこどもたちにも1試合は相撲をとらせてあげよう、ということになり、勝ち抜きなしで勝ったほうが商品をもらえる、という企画にしてしました。
そして終了。わが武雄区は男子団体がパート1位でベスト4進出でしたので、決勝トーナメントをしたかったところでしたので残念でしたが、みんなの健康を考えると仕方ありませんでした。
また、来年頑張ろう!
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いろんなところで連携が模索されています。
「連携します」と言うだけで繋がった気になりますが
形だけでなく、心も繋がった連携でないとうまくいきません。
お互いがお互いを支え合う思いやりを持った結びつき。
各々の立場でそういうものが形になるように頑張っていきましょう!(^^)!
出演:次男(小6)と長女(小3)の手
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
からだのあちこちが痛かて言うたら、娘から、歳のせい、と言われた。哀しかね。でも私も母に同じ事言いよったもんなぁ。悪かこと言うたなぁ。あの頃は50代で元気やったけん、わからんやったもんなぁ。はははぁ。じゃあね、先生。
「痛みを感じるのは生きてる証拠やっけん。痛みば感じらんと死ぬてやっけん。つきおうて生きていかんば、しょんなかね。」と僕が言った後に出たおばあちゃん患者さんの言葉です。
僕の言葉は何のなぐさみにもなっとらんやったね、ばあちゃん。
固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)