まず若松屋旅館と東洋館駐車場の間の階段を上っていきました。
たくさんの観音様や地蔵がありましたが、番号はついていません。
淀姫神社の説明は読めなくなってます。
淀姫神社です。そー言えば小さい頃ここで遊んだことを思い出しました。
その横にある芭蕉の句碑です。奥の石に芭蕉の句が刻んであります。こんなのがあったなんて知りませんでした。写真左上の塔は陽刻線描宝塔(ようこくせんがきほうとう)と言って武雄市重要文化財です。でもその周囲の地蔵群や観音群に番号はありません。武雄温泉新館の裏側辺りが一番ではないかと聞いたので、新館裏を覗きましたが、それらしきものはありません。裏というのは裏山のことかと思い、久しぶりに裏の蓬莱山に行ってみました。
新館真裏の山から楼門を望む風景です。そー言えば小さい頃はよくこの角度から町を見たものでした。その反対側はこうなっています。
弘法大師です。大きな筆を持っています。その周囲にも小さな菩薩像やらあるのですが番号は見あたりません。仕方ない。柄崎神社を目指してもっと上へ登ることにしました。小さい頃走り回った道です。昔と変わらない道が存在しましたが、上に行くと段々荒れてきました。途中にある展望台からの景色です。
草木が生い茂っていて、町が良く見えません・・・。楼門などはまったく見えません。以前(特に遊園地があったころ)はここに座ってお茶やジュースを飲んだんですけどね。さぁ、お昼休みの時間も残り少なくなってきました。もうちょっと登ったら下ろう、と思いながら歩いていると・・・おっ!ジャーン!!ありましたよ。へぇ、こんな感じで書いてあるんですね。最初に発見した番号はこれ!
いきなり八十番ですよ!はぁ、感激しました(笑)。これは八十八あるということですよねぇ。さらに登っていくと七十八番、七十六番発見。
ということはこれは下っていくと八十八番があるのだろうと予想されます。しかし時間がなくなってきました。ここから急いで下ります。下ったところでちょっと反対方向に寄り道したら、ありました。十番。
もう本当に時間がないので蓬莱山を後にしました。しかし、本当にありましたね。次回のテーマは「一番と八十八番を同定する。」です。ここは株式会社武雄温泉の持ち物なんですか?武雄市教育委員会や学校教育課などでは整備とかできないんですかね。これが整備されると武雄温泉に宿泊しているお客さんには良い目玉になると思いますけどね。さらに未確認情報ですが、円山にも八十八番までも多くはないけど、やはり巡れるように番号つきで存在するらしいです。武雄探検隊を作って調査してみませんか?
固定リンク | コメント (11) | トラックバック (0)
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
コメント
コメント一覧
武雄の88カ所巡り良い名所になると思います。
私は佐賀大和インターの近くの川上峡に住んでます。
ここと同じ名前の淀姫神社があり実相院という真言宗の寺から山道沿いにお不動さんという寺まで88カ所があったと最近父から聞き知りました。武雄と繋がりとかあるのかもしれませんね〜?
鳥栖に住むガクと申します。
88ヶ所は、奈良時代、真言宗の開祖空海こと弘法大師が、四国での布教時に各地に建立したとされる寺院ですね。
しかし88ヶ所は全国でところどころで見られます。
私の想像ですが、大師死後、中世期に全国の修行僧が作ったか、各地の信者が自らのために建立したものでしょう。
いずれにしても、日本人の信仰が、仏教にあったことを示してますね。
遊園地、ありましたね。遊んだ記憶があります。
桜山・蓬莱山の岩山は子供でも簡単に登れたと思いますがいかがでしょうか。子供の目には不思議に満ちた遊び場でした。
武雄の淀姫神社の淀姫は淀姫伝説の淀姫かと最初思いました。ネットで検索すると唐津や伊万里の淀姫伝説の方がひっかかってきます。
調べてみると、武雄の淀姫はそれとは違って、神功皇后の妹豊姫を祭神としています。
川上のはどちらの淀姫さんでしょうかね。
トンネルは僕らが子供のころは通り抜けるのが困難なようにトンネルの中に石が積んでありました。防空壕みたいなもんかと思っていましたが、大きくなって、向こうは廣福寺だったんですね。
桜山は僕ら子供の頃はよく山頂の岩も登っていました。それでも大けがした子はいませんでした。20年前にドイツ人の青年がホームステイした時は、その岩の上まで登って彼に眼下の武雄の風景を見せました。
数年前に登ろうとしたら岩の隙間から木が生えてて、それに遮られて登れませんでした。
こんな感じで以前の桜山は子供の遊び場だったんです。もう一度整備して、みんなの憩いの場になればいいなぁ。
私は武雄市在住の郷土史家の方を存じております。
元気にしておられるでしょうか。
コメントを書く