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2012.02.14 18:36 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(2-42)「角」

「鈍角三角形」……鈍角は一つだから二つの鋭角に数では負けている
「正三角形」……世の中には間違った三角形もあるらしい
「三角柱」……本当は6つ角がある
「黄金の三角地帯」……金箔でできたマイクロビキニ
「サントリーの角」……サントリーにはツノがあった
「一角獣」……角切り途中の鹿
「角を矯めて牛を殺す」……スマートな屠殺法
「角番」……交差点での見張り番
「総角」……360度
「蝸牛角上の争い」……カタツムリの角の上で天使は何人踊れるか?の論争
「角質化」……性質が角に似てくる
「卵の四角と女郎の誠」……努力すればできる、というありがた〜い教え
「角を生やす」……まず誰かが「角の種」を蒔きます

 

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2012.02.14 06:34 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

基本的なモチベーション

 一般社会では勉強や仕事、私の領域だったら闘病生活で重要なのは「モチベーションの維持」です。これが切れてしまったら、何をするにしても、よい結果は期待できません。
 ところでそういったすべての行為の根底にあるのは「生きること」ですが、「生きることのモチベーション」は一体どんなものなのでしょう。
 “それ”がない状態は、たとえばうつ病などでの自殺でしょう。生きる意欲をなくしてしまった状態。では、私たち、今ふつうに生きている人間たちは、なにかモチベーションを掻き立てながら生きている、ということなのでしょうか。朝起きたとき「さあ、今日も生きるぞ」と皆さん、思っています?
 たとえば「○○が達成されるまでは、死ぬわけにはいかない」というのはわかりやすい例ですが、そこまでせっぱ詰まって自分の人生をドライブさせている人が圧倒的多数派とは私には思えません。
 「死にたくないから、生きていよう」は、欲望とか恐怖です。
 「なんとなく生きている」は、習慣。
 「そんなこと、考えたこともない」……えっと、これは……無関心?

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2012.02.12 19:28 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

温度計の故障

2号機温度、80度超す…「再臨界の恐れない」」(読売)

 再臨界の徴候が(今のところ)ないのはけっこうなことですが、疑問が3つ。

1)たしか読売新聞のベテランさんは「たとえ記者クラブの記者でも発表原稿を垂れ流しの報道なんかしていない。ちゃんと取材活動をする」と主張されていましたね(つい最近そんな主張を読んだ覚えがあります)。で、この記事のどこに「独自の取材活動の痕跡」があるのでしょう?

2)「異常を示した温度計が故障している」という説明ですが、どのような「故障」だったら温度計の表示が上がる、というメカニズムが東京電力から説明されているのでしょう? 
 「故障」ということばで思考停止しないで欲しいな。

3)逆に、「正常を示している2つの温度計」の方が故障している(もしかして、内部温度が上昇しても、“故障した温度計”はそれを表示できない)可能性は、想定されているのでしょうか?
 せめてそれくらいの質問はしてきて欲しいなあ。

 

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2012.02.09 18:41 |  その他(一般)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

若い頃の話

 「記者クラブ制度にあぐらをかいた記事」や「記者クラブ制度そのもの」に対してあちこちから批判がありますが、その批判に対する“反論”がありました。
 「記者クラブについて書いておこう」(西島雄造/あらたにす)
新聞批判はしばしば、ここに書かれているように「役所から大量に流れ出てくる当局情報に寄りかかってしまう」記者クラブという書き方に収斂しがちである。官報の垂れ流しといった表現も目につく。私はこうした批判に出くわすと、この人は新聞記者としての取材経験がないか、記者の仕事をよほど甘くとらえているに違いないと思うことにしている。
と「1/3」に書かれているのを読んで、思わずわくわくと期待してしまいました。「記者クラブに属していても、記者は非常に熱心にきちんと現場の取材をしているんだぞ」という主張が「2/3」「3/3」で出てくるに違いない、と思いまして。もちろん私には「新聞記者としての取材経験」はありませんから、“記者の実像”をその経験者から教えてもらえるのは大歓迎なのです。そして、喜んで私の“思い込み”を訂正いたしましょう、と思います。
 で、読んでみたら、肩すかし。なにしろここに登場するのは「武見太郎」が現役時代の「40年前の厚生省の記者クラブでの自分の体験談」なのですから。要約するなら「おれの若い頃には、汗水垂らして走り回ったものだ。どうだ、すごいだろう」のただの自慢話(というか、この程度で自慢話になると思う感覚に私はついて行けません。ち〜っともすごいとは思えない程度の行動に過ぎませんから)。
 たとえば私が「おれの若い頃には病院ではこんな風に仕事をするものだった」と言い立てても、それはあくまで「おかだの若い頃の話」です。でも、今の医療に重要なのは私の思い出話(や自慢話)ではなくて、「今の医療現場で実際にどのように仕事がされているか」です。西島さんがいくら「おれの若い頃には」と言っても「現在の記者クラブ所属の人間がどのように仕事をしているか」「その結果どのような記事が生産されているか」「それが世界にどのような影響を与えているか」に対して言及がなければ、何の意味もない文字の羅列でしかありません。あ、訂正。「何の意味もない」は言い過ぎですね。少なくとも書いた人は「自己満足」はできるでしょうから。
 しかし、ここで「問題」になっているのは「記者がちゃんと調査報道をしているかどうか」なのですから、その“主題”にふさわしく、思い出にふけっているのではなくて、“現実の現場”(現在の記者クラブでの記者たちの取材ぶり)をきちんと調査するか、さもなければ現在の多くの新聞記事を分析して「ほら、記者クラブ経由の記事も発表原稿ばかりではないだろう?」と証明してみせるか、どちらかをして欲しかったなあ。「おれの若い頃の話」は、先輩に言い返せない後輩相手にでも開陳していてください。何の義理もない赤の他人は、よほど面白い話でなければ、ただの時間の無駄、としか思いませんよ、というか、思いました。

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2012.02.08 06:49 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

帳尻は合う?

キョーリン製薬HD:架空投資話で前会長が巨額詐取被害」(毎日)
 製薬会社は「杏林製薬」で、持ち株会社は「キョーリン製薬ホールディングス」だ、ということを私はこの記事で初めて知りました……ということはともかく、「JTが都内に持つ3200平方メートルの土地を購入して転売すれば30億円の利益が出る」という詐欺に引っかかって30億円の被害……結局詐欺師の側に「30億円の利益」がちゃんと出たわけですね。
 ……計算、間違ってます?
 しかしその土地に80億(110億?)の価値があるのだとしたら、それをコインパーキングにしているJTも太っ腹ですねえ。せめて固定資産税分くらいの収入が上がっているのでしょうか?

 


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2012.02.07 18:59 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(2-41)「鶏」

「地鶏」……飛んでいたら天鶏
「鶏飯」……鶏のご飯
「銀鶏」……銀無垢の鶏像
「鶏群の一鶴」……自己評価はみにくい鶏の子
「鶏口となるも牛後となるなかれ」……肛門になる(あるいはそのそばにいる)のは嫌われる
「一番鶏」……優勝おめでとう
「鶏冠」……戴冠をした鶏
「烏骨鶏」……鶏だと思って解剖をしたら、あらびっくり
「参鶏湯」……俺も入れろと浴場に鶏がやってきた
「牛刀をもって鶏を割く」……大は小を兼ねる
「鶏は三歩歩けば忘れる」……三歩が数えられるうちはまだ大丈夫


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2012.02.07 06:59 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

音楽療法

 音楽には不思議な力があります。人を落ち着かせたり、逆に鼓舞したり、気分や感情や雰囲気にダイレクトに作用する力が。
 古代から人類は音楽を様々な目的で使ってきました。たとえば宗教や儀式の場で音楽は重要です。キリスト教教会でのミサ曲とかバリ島のケチャなどのレコードを聴いていると「現場にいたら魂が洗われるんだろうな」と思うことがありますし、仏教の声明でも似たことを感じます。録音を聞くだけで軽いトリップ感覚が味わえますから。

 世の中にはいろいろ変った(世間にはあまり知られていない)職業がありますが、「音楽療法士」もその一つと言えるでしょう。音楽の効果を“治療”に使う人たちです。

参考サイト:「音楽療法WEBガイド

 このサイトを読むと、本当に様々な領域で音楽療法が用いられていることがわかります。私は精神科や心理学の領域での芸術療法の一環としての音楽療法は知っていましたが、それ以外にもけっこうあることには驚きました。
 音楽療法について述べた本はいろいろありますが、『音楽と感情の心理学』(P・N・ジュスリン&J・A・スロボダ 編、大串健吾・星野悦子・山田真司 監訳、誠信書房、2008年(10年2刷)、5600円(税別))
の第4章「音楽と感情──音楽療法からの展望」はなかなかスリリングなものでした。そもそもこの本はタイトルの通り「感情」と「心理学」を扱ったものですが、「音楽心理学で最も権威ある『音楽の心理学』には感情に関する章がなく、最も広範に感情を扱った『感情のハンドブック』には音楽の章がない」なんて挑発的な文章から始まる刺激的な本なのです。
 もうちょっと“穏やか”な入門書、たとえば『音楽療法のすすめ ──実践現場からのヒント』(小坂哲也・立石宏昭 編著、 ミネルヴァ書房、2006年、2200円(税別))なんてのもあります。実践している人の本だからか、わかりやすいものでした。

 そうそう、「がん生検時の疼痛緩和に音楽や外部音遮断は有効?」(MTPro)という面白い記事もありました。残念ながら音楽が不安や疼痛を軽減する、とは言えなかったようですが、生検時の収縮期血圧の上昇を抑える作用はあるようです。それと、この記事を読むことで「生検時に患者さんは不安や疼痛を感じている」ということに改めて気がつく医療者もいるかもしれません。だとしたらこの研究で使われた音楽も無駄ではなかった、と言えそうです。

 先日、μさんという患者さんと話していたらご自分の音楽体験を教えてくれました。μさんは脳卒中後遺症で重度の右片麻痺になっています。それでもアクティブにいろいろな活動をされているのですが、好きだった楽器演奏は片手では難しくて「私がピアニストだったら、左手一本でも弾ける曲があるのになあ」などと言われていました(たしかに「左手のためのピアノ協奏曲」(ラヴェル)、「ピアノ協奏曲第4番/左手のための」(プロコフィエフ)、「パレルゴン」(リヒャルト・シュトラウス)、「ディヴァージョンズ」(ベンジャミン・ブリテン)、「ピアノ協奏曲」(コルンゴルト)、「左手のための2つの小品(前奏曲、夜想曲)」(スクリャーピン)などがあります。日本では舘野泉というピアニストがその分野では有名だそうです)。それでもμさんは音楽を楽しもうと、ある日好きな交響曲を大音量で聴きながらその総譜を目の前に広げて読んでいたのだそうです。で、譜面をめくろうとしたら、動かないはずの麻痺側の右上肢が音楽に合わせてぴくぴくと動いているのに気づいた。これまで何年も動こうとしていなかったのに。これまでもその曲は何度も聴いていましたが、右腕は動きませんでした。ただ、総譜を集中して見ていたのはその時が初めてだったのだそうです。耳と目を同じ音楽に没入させることで、脳内に何か新しい回路が開通したのかもしれません。

 音楽には不思議な力があります。

 

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2012.02.05 18:49 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

DINKS今昔

 昔:共稼ぎで子供がいない夫婦
 今:献金と政党助成金のダブルインカムで、未来を構築する政策がない政党


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2012.02.01 18:36 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

老いても元気な親

 ○あの年まで自分も元気でいられるかもしれない、という希望。
 ×いったいいつになったら遺産が手に入るんだぁ。


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2012.01.30 06:56 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

後出しの予知

 大きな地震の後しばらく経つと必ず「動物が騒いだ」とか「地震雲が出ていた」という発言を聞くのですが、そういった地震「予知」はどうして地震“後”に発表されるのでしょう。確かな予知なら地震前に発表して欲しいものですが。
 ただ、一日に何万件も「予知」が好き勝手に発表されたら収拾がつかなくなります。だから「発表するのは勝手」として、そのどれに注目するかは「実績主義」としたらどうでしょう。「当たり」の確率が、そうだなあ「7割以上」だったらその人の予知(の方法)には注目する価値がある、とするの。(「7割」というのは、適当です。学問的には95%以上とかなにか厳しい基準があるのかもしれませんし、そもそも「当たり」の定義(震源地、マグニチュード、震度、発生日時などの範囲をどの程度まで認めるか)でもめそうですが、素人談義ですからざっくりと言ってしまいました)

 トンデモ医療裁判での後出し屁理屈も同様に扱えそうですね。後出しをするのはOK。ただ、後出しをした人が、“前”にいろいろ医学的な判断をした“当たりの確率”がざっくり7割を越えない場合には、その後出し屁理屈は却下される、とするのはどうでしょう。

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