タイトルは「医者の嫁」ではありません。
前世紀に田舎の病院でいわゆる「長男の嫁」がひどい目に遭わされている例(「長男の嫁だから、義父・義母の“面倒”は見るべきだ」「里帰りをしてきた自分たち(「やっぱり育った家が一番だ〜」と言っている、家から出た(その多くは都会に出ている)子供たち一家)の里帰り中の世話を嫁がするのは当然だ」「嫁だから、遺産相続権はない」)を私はたくさん見てきました。で、その頃から「田舎に嫁がこない」と大問題になってきていましたっけ。
私は目をぱちくりしました。あれだけ露骨に「嫁」を安くこき使おうとしてきたら、それで「田舎への嫁入り忌避」が起きるのは当然ではないか、と。今はさすがに田舎の雰囲気も変わったでしょうが、というか、現在では「長男」自体がもう田舎から出て行っているんじゃないかな。だからへき地では高齢化がずんずん進行しているし、だからますますそういったところに都会で育った女性が「嫁」として行くのは難しくなっているんじゃないかしら。
で、「医者不足」でも同じようなことを感じます。あれだけ無神経に医者をこき使ってきて、それで「逃散」が起きてから慌てて「何とかしなくちゃ」では遅いんじゃないかな、と。それとも、医者も嫁も強制配置をしたら“解決”ですか?
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私は病院でプロポーズされたことが何回もあります。
一番最初は学生の時。精神科の病棟実習で近くの精神病院に行って、病棟に入った瞬間若い女性がつかつかと近づいてきて「先生! 結婚して!」。私はどぎまぎしちゃいましたよ。まだその頃は初心な好青年だったもので(自分で言うか? だって誰も言ってくれないんだもの)。
それ以降も何回も似た状況になりましたが、いつの間にか私は初心ではなくなってしまったのか、軽く受け流すことができるようになってしまいました。せっかくの真剣な申し込みを軽く流して良いのか、とも思いましたけれどね。
ところで、「妄想」というものを「他人には了解困難かつ他人には訂正不能な根拠のない強い思いこみで、本人の行動と心身の状態に強い影響を与えるもの」と定義したら、「恋愛感情」はもろに「妄想」の定義を満たすことになってしまいません? 「どうしてその人を愛するのか」の理由や根拠を他人に論理的に説明することはできませんし、他人にいくら「あの子はやめろ」と言われても好きな感情を簡単に翻すことはできないでしょ? さらに恋愛をしたらその人の行動や考え方は(さらには容姿までも)見事に変化します。となると、「恋愛感情」に基づくものであろうと「妄想」に基づくものであろうと、そのプロポーズはどちらであるかの区別は難しい、ということになるのかな。
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家内に「最近綺麗になったね」と言ったら喜びました。
そこでちょっと間をおいて、「ということは、前は汚かったということ?」と尋ねると怒られました。
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人口数千の小さな町(行政区画はたしかに「町」でしたが、実体はいくつかの「村」のゆるやかな集合体……実際にそこは合併して「町」になる前はいくつかの「村」でした)の小さな病院に勤務している時に私は結婚しました。食料品の買い物は山を西へ二つ超えた隣町の小さなスーパーに、銀行に給料を引き出しに行くには北の隣町へトンネルを抜けて車で行く必要があるところで、町内に信号は2ヶ所(小学校の前と中学校の前)だけという立派なへき地でした。彼女は街育ちなのによく来てくれたものだと感謝しています。
結婚後数年でこんどは地方の小都市に異動となりました。行政区画は「市」でしたが実体は幾つかの町と村のゆるやかな集合体でした(当時「大阪市とほぼ同じ面積で人口は大阪市の百分の一」なんて言われていました)。で、同僚となった医者たちはほとんどが県庁所在地からの赴任で、その奥様方の不満は「こんな田舎!」。ところが私の奥様はきゃぴきゃぴと「歩いていけるところにスーパーがある! 信号がいくつもある! 街灯がある! 銀行もある!!」 ついでに歯医者もパン屋も本屋も鮨屋もありました(私の場合はたとえ小さくても本屋があることがとっても嬉しかったなあ)。ちなみに当時はコンビニはまだありませんでした(今はあります)。用がなかったので調べていませんがたぶん弁護士もいなかったはずです。
とにかく奥様方の評価が、同じ場所でも正反対となっているのが実に面白かったのを覚えています。住めば都とは言いますが、どの方向からその“都”にやってきたかもけっこう重要なんですね。
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女性の美醜やスタイルについて私が人前で言うとそれはセクハラ発言になります。ところが女性が男性について「やっぱり三高でなきゃ」とか「チビデブハゲはいや」と容赦なく言うのは別にセクハラではないようです。なんだか不平等だな、と思います(特に、当てはまらない部分とか当てはまってしまう部分とかがある身としては)。
で、そんなときに救いとなることばは「美女と野獣」。たとえ見かけは醜い野獣でも愛してくれる美女が出現することを男のロマンとして持つことにいたしましょう。ところでこの場合「自分は醜い野獣だ」という自覚があればこそ“美女”を待つことができるのですが、同様にロマンとして「白馬に乗った王子様」の出現を待っている女性はどんな自覚を持っているのでしょう。もしかして、眠れる美女とかシンデレラ?
小声で言いますが……やっぱりなんだか不平等な扱いを受けている気分です。
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結婚とは“異文化の結合”ですが、結婚して家内が驚いたことの一つは私が衣服にまず「機能」を求めることだったそうです。家内はファッション性(単独での形や色、他の手持ちのものとのコーディネート)やサイズ・値段・お手入れのしやすさを考えるのに、私は防水性・保温性・自転車やバイクに乗りやすいか・ポケットの使い勝手は、などを考えて色や形は二の次だったものですから。
私にとって衣服は、最も身近な環境調整手段です。裸の肉体を回りの天候(寒暑、風雨など)や物理的衝撃から保護するためのアイテムで(住居も同じく、体を自然環境から保護するための、衣服よりはもう少し大きなアイテム)、その機能を果たせるかどうかがまずは重要。それに、どうせ私の見てくれは大したことがないのですからそれを着飾っても仕方ないのです。家内は逆で、私の見てくれが大したことがないからせめてきちんとするべきだ(つまり「馬子にも衣装」)と考えているようです。
……あ、逆ではないか。「私の見てくれが大したことがない」点では一致していますから(自爆)。
ただ、「衣食足りて礼節を知る」と言うように、人間は機能だけで生きているものではないし、結婚生活も長くなると、どうしても相手の影響を受けるようになって、私も少しは気をつけるようになりました。少なくとも家内が選択したものを文句を言わずに着る程度には。(実は今年24回目の結婚記念日を迎えます……あ、もうすぐだ。思い出せて良かった。忘れないうちに手帳に書いておかなきゃ)
もしかしたら私は「衣食住」ではなくて、命の機能重視で「医食住」の人生を選択しているのかもしれません、と言えたら医者としては格好良いんですけどね。でも夫としてはどうかと言えば……もごもご(また自爆?)。
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今夜はクリスマスイブ。街には幸せなカップルがあふれているんだろうな、と風呂に浸かりながら陳腐な想像をしていましたが、よくよく考えたら「若者 = 幸せなカップル」とは限らないわけで。不幸せなカップルもいれば、カップルじゃない人(集団あるいは一人)だったり幸福・不幸とは関係なく過ごしている人もたくさんいるわけです。
で、ここでまた夢想が広がります。
若い研修医同士が結婚して二人とも産科を志望したとします。ところが讀賣新聞の「医師の地方強制配置」がめでたく始まりました。大都市なら大きな病院に二人が就職、あるいは同じ市内だったら別の病院にそれぞれ就職すれば結婚同居生活ができます。しかし地方だと? 実際問題として研修終了したての産科医師の就職口が二人分丸々空いている病院は……おそらく数少ないでしょう。すると、二人が別々の地方に配置されて「別居新婚生活」を行うか、片方が“寿退社”をするか、かな。
医者を不幸せにしたい人だけは大喜びでしょうが、それで医療崩壊は本当に止まるのかしら?
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子どもの頃に大人が「あれだよ、あれ。わかんないかなあ、あれ」などと言っているのを私は不思議に思っていました。ところが最近私も順調に年を取り、単語の想起力がみごとに落ちてきています。まだなんとか「あれ」の連呼ではなくて言い方を変えることでなんとか相手にわかってもらうように努力ができていますが、さて、この“迂回回路”もいつまで使えるかはわかりません。
で、そのことを家内に言うと、喜んでいます。家内は「自分は頭が悪い、亭主(説明は不要でしょうが、私のこと)は頭が良い」と思いこんでいます。で、亭主の頭が悪くなったら釣り合いが取れてコミュニケーションが良くなる、と言うのです。
山の神(説明は不要でしょうが、家内のこと)に逆らうようですが(というか、逆らいますが)、私はそうは思いません。頭が悪いもの同士だと話は通じませんもの。観察したらわかりますが、あれは「会話」ではなくて「独り言の交換」です。話が通じるのは片方あるいは両方が「頭がよい者」の場合です。頭が良ければ相手のレベルに合わせて言葉の調整ができるのですから。もし頭が悪いもの同士で話がかみ合っているとしたら、それは両方(あるいは片方)の性格が非常によい場合です。ですから私と家内のコミュニケートは、危機にあります。だって、私の性格はとても良いとは言えないものですから。家内もそのことには深く肯いています。
おやぁ、珍しく二人のコミュニケーションが成立しているよ。
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日本語は柔軟な言語で、外国語もどんどん取り込んで「日本語」にしてしまいます。最初は違和感があっても、そのうちに誰もがその新しい単語を平気で使うようになり、さらに略語が定着したらその言葉は「日本語になった」と言えるようですが、逆にきちんと日本語にならずにいつまで経っても「横文字」のままで使われる言葉もあります。もちろん「リストラ」のように、略語で使われ完全に日本語として定着しているけれど本来とは違った意味で使われる単語も珍しくはありませんが、私は「日本語」になったんだから本来とは違う意味になるのも仕方なかろう、と考えています。
私が住んでいる日本の医療界にも英語の単語がほとんど生のままでどんどん取り入れられています。もともと日本の近代医学が『解体新書』で西洋の医学用語をそのまま取り入れることで始まったわけですから、西洋の言葉を取り入れることは日本医学の「伝統」と言っても良いでしょう。ただしそこでも、日本語になるものとならないものとがあります。たとえば「インフェクション」は「感染」という日本語で問題なく使われていますが、「インフォームド・コンセント」「セカンド・オピニオン」「チーム医療」などは、きちんと日本語化されているようには私には見えません。それらの言葉はもちろん広く使われていますが、略語もできず人によってまったく違った意味で使われているように私には見えるのです。その大きな原因は、言葉そのものの問題ではなくて、言葉が示す概念が日本にこれまで存在していなかったためにそのことばが日本語として定着しないのだろう、と私は考えています。問題は「言葉」ではなくて「概念(言葉の中身)」なのです。
では前記のそういった新しい概念がなぜ定着しないのか。私は「医師ー患者の人間関係」に注目したらそのへんが読み解けるのではないか、と考えてみました。
私が医者になって違和感を感じた言葉の一つは、患者や家族からの「おまかせします」という一言です。外来の診察室で、病棟のベッドサイドで、私はこれまでの医者としての人生で幾度となくこの言葉に出会いました。「細かい要望は言いません。すべてドクターの裁量で動いてください」という意味だと私は「おまかせします」を解釈します。つまり、医者が独裁者となることを求められる、と。これは私としては困るのです。私は情報の共有を好みます。自分が最善を尽くすのは当然ですが、その最善の方向について最大限に患者側の要望を入れて自分が独走しない(自分の好みを他人に押しつけない)ようにしておきたいのです。それがインフォームド・コンセントの基本でしょう。しかし一度「おまかせします」と言われたら、その瞬間にインフォームド・コンセントは消滅します。
また、口では「おまかせします」と言っておいて、陰では「ちっともこちらの思うとおりの治療をしてくれない」なんて言われるのも堪りません。だって、私にはテレパシー能力はないのですから、口に出して言ってくれないことは聞こえないのですよ。
しかし、そういったタイプの医療を好む医者も、もちろん多くいます。「主治医である自分の方針にごちゃごちゃよそ者が口をはさむな」「『自分の患者』が自分に黙って他の医者にかかっただと? わかった、俺はもう知らん」「俺の言葉が信じられないのか」……なんだかとっても独占的で排他的、かつ「主治医が患者より上」という封建的な匂いがぷんぷんします。
もちろん「需要」があれば「供給」もあるわけで、患者の側にもそういった独占的・封建的な人間関係を好む人もいます。
そこに存在しているのは、患者から医者に対しては「私はあなた一筋。すべてをあなたに賭けるからあなたもそれに応えて欲しい」、医者はそれに対して「わかった。自分にすべてまかせなさい」。これはいわば一対一の「恋人型」の人間関係と言うことができるでしょう(医者から見たら一対多ですが)。
その結果、他の医師にかかるということは「浮気」となり、患者は後ろめたい気持ちを持ちながら他の医療機関の門をくぐり、それを知った主治医は「俺の顔を潰した」と怒ることになるのです。日本でセカンド・オピニオンという制度も言葉もきちんと定着しにくいのは、この「恋人」意識が強いせいではないか、と私は感じています。そして、主治医の患者独占意識があまりに強いと、当然のことですが、他の職種のメンバーが治療に関与するチーム医療も成立しません。
二十世紀末の「高機動幻想 ガンパレード・マーチ」という非常に面白いゲームに登場する、一見プレイボーイタイプの瀬戸口というゲームキャラクターがよく口にするセリフは「恋人は一人しか持てないが親友なら何人でもOK」です。プレイボーイがこんなセリフを言うとはなかなか意味深ですがそれはともかく、そろそろ日本の「主治医ー患者」も「恋人タイプ」から「親友タイプ」に脱皮しても良いのではないか、と私は思います。つまり、一対一の独占的封建的排他的な人間関係から、多対多の濃密だが独占的ではないある程度開かれた人間関係に基づく医師—患者関係です。こういった人間関係を作る覚悟を多くの患者も医師も持つことができたら、その時日本の医療は新しい局面を迎えることができるのではないか、と私は期待しています。そうしたら、「インフォームド・コンセント」「セカンド・オピニオン」「チーム医療」などは、今よりもっともっとポピュラーなことばになることができそうです。
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昭和の頃の思い出です。いくつかの事例をまとめ、フィクションと記憶の変質が入っています。
「ご臨終です」
私は静かに頭を下げました。人の生き方は様々、そして人の死に方も様々です。そしてその死を迎える家族の態度も……
「お姉さん、早速だけどあの珊瑚の帯留め、私がもらうわよ」
病室にけたたましい声が響きます。
「ええ〜、だったら帯は私のよ」
「駄目よ、帯がなかったら帯留めだけあっても仕方ないじゃないの」
「だったら指輪で我慢しなさいよ」
「お前ら、臨終の枕元だぞ。そんな形見分けの相談は後にしろよ」
「何言ってんのよ、お兄ちゃん。昨夜はちゃっかり遺産の計算してニコニコしていたくせに」
私はさっさと部屋から退散することにしました。入院したときにこの患者αさんがハンドバッグを大切そうに抱えて誰にも触らせなかったわけが分かるような気がします。そのバッグも今開けられて中から貯金通帳が取り出されています。「ちぇっ、8桁なかったか。でもやっぱりしっかり貯めてたな」そんなせりふも耳に入ってしまいました。聞きたくもなかったのですが。
生者に対してというより死者に対する礼儀として部屋の出口で黙礼をした私は、喧噪の外側、病室の隅にぐったりと坐っている人を見つけました。αさんの長男のお嫁さんです。本当に疲れ切った風です。それはそうでしょう。入院以来毎日病室に通って本当に熱心にαさんの世話をしていたのは彼女だけです。他の、今あさましく枕元で形見分けの争奪戦を行なっている実子たちが何度も病院から電話をした結果やっと顔を見せたのは、αさんが亡くなる前日になってからで、それでも「まだ生きているじゃないか。なんで死ぬ五分前に呼んでくれないんだ。それだったら死に目にもあえるしこちらの時間も無駄にならずにすむ」と不平タラタラでした。長男は病院に来るなり「死ぬのは病院の責任なんだから、ちゃんと責任取って葬式を出してくれるんだろうな!」と要求していました。「ガンの末期がどうしようもないのは病院の責任ではありません」と断られると「それならせめて火葬して骨にしろ。それくらいはできるだろう」と要求をダウンしてそれでも食い下がっていました。
この有様を見たらαさんは死んでも死にきれないだろうな、と私は思いましたが、同時にそのように子供たちを躾けたのもαさんなのだから、仕方ないのか、とも思いました。どちらにしても他人の親子関係ですから、私にはどうしようもありません。
そして、私はもう一つのことにも気がつきました。この部屋で涙ぐんでいるのは、お嫁さんだけです。実子たちは体力を温存していて元気いっぱいです。
αさんの入院生活は一年以上だったので、長男のお嫁さんとのつき合いもそれだけの長さだったことになります。義母の介護と家の仕事と子育てに本当に忙しそうでしたが、盆や正月に彼女はもっと忙しそうになっていました。「里帰りがありますから」と言い訳をしながらいつもより早く病院から帰っていく姿を目撃したことがあります。翌日も彼女は一人で介護に現れていましたから、自分が里帰りをするのではなくて、つまりあの実子たちが家族を連れて実家に帰ってくるのでその世話も大変だった、ということなのでしょう。
目に見えるようです。「やっぱり育った家が一番だわ」と盆や正月に実家に帰って、そこのお嫁さんに家事を全て押しつけてのんびりしている人たちの姿が。そして、忙しく働いているお嫁さんは「自分が育った家」に帰れないわけです。さらに義理の親の看護・介護をすべて行なったお嫁さんに、遺産相続権はありません。これではまるで「貧乏くじ」です。
民法では、実子すべてに親の面倒を見る義務があるはずです。「自分は嫁に行ってこの家を出たから」とか「次男だから」というのは、自分の親の面倒を長男の嫁に押しつける正当な理由ではありません。しかし、かつての家制度の残滓を自分にだけ都合よく使って、自分がするべき義務を断り切れない他人に押しつける人間が当時の日本にはたくさんいました(もしかしたら今もいるのかな)。いわば、人の好意につけこんでいるわけ。だけど、そうやって人の好意につけ込む人間は、いざこうした形見分けや遺産相続の場合には自分の「権利」だけはちゃっかり主張するものなんだなあ、と私はつくづく思います。
だけど、そういった人たちの子どもたちが「自分の親がその親をどう扱っているのか」を見て育ち、そしてそこから「自分は将来自分の親をどう扱えばいいか」を学んでいるのだろうな、と、私はちょっとだけ気になってます。
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