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2011.11.19 06:45 |  車 / バイク/ 船  |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

実名報道の必要がある?

名高速で逆走ミニバイクとトラック衝突、男性死亡」(中日新聞)
 原付バイク走行禁止の名古屋高速都心環状線に原付で入っただけではなくて逆走して、正面衝突を避けようとハンドルを切ったトラックに突っこんでいって衝突、結果として原付の運転者が死亡した“事故(事件?)”です。
 ここで不思議なのは、トラックの運転手が逮捕されたことを報じるのに、「自動車運転過失傷害の疑いで、トラックを運転していた××を現行犯逮捕し、容疑を同致死に切り替え調べている。」(××の伏せ字は私による)と実名も年齢も住所も全世界に報じていることです。「本当に逮捕が必要な状況だったのか」という疑問はありますが、私は現場にいないから「現場の判断」を重んじることにしますし、「逮捕」という行為自体は適法でしょう。「自動車運転過失傷害(または致死)の疑いで強制的な取り調べをする必要」はおそらくあるでしょうし、たとえ逮捕されたとしても取り調べの結果「過失(容疑事実)はなかった」となれば、とりあえずはOK(不必要に逮捕された人の不愉快さは別の問題としてありますが)。だけどこういった事件(どう考えても“悪い”のは“被害者”の方)で、“加害者”の個人情報を全世界に垂れ流す必要性がどこにあるのか?が大きな疑問です。匿名で十分ではないです?  昔「少年A」とかでかでかと紙面に書いていたでしょ。あれと同じで「男性A」とか「運転者A(男性)」程度で私には十分です。
 極論を言うなら、社会的な不利益がある場合(組織犯罪とか仲間が逃亡中で事件が拡大する可能性がある場合)を除いてこういった報道は原則匿名にしても良いのではないでしょうか。それで生じるデメリットって、何?  メリットは大きなものがありますよ。たとえば、マスコミによって作られる「15分間だけの有名人」志望者による犯罪を予防できます。


※前回(10月の「むしゃくしゃ」で)も似たことを書きましたが、こういった感想を書くのに当該記事にリンクを張るのは、私が反対している「実名を無批判に報道すること」に手を貸すことになってしまいますが、記事の存在自体を“証明”するためにリンクをしています。できたら私のことばを丸々信じてもらうか、信じられない場合でも「たしかに個人情報を公開している」ことの確認のためだけにリンクをお使いください。


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2011.11.01 18:31 |  車 / バイク/ 船  |  おかだ  | 推薦数 : 1

頑張る人

 交通事故にあったことは病院内では宣伝はしなかったのですが、やはりばれてしまいました。
 「あれ? 車、買ったの?」と聞かれたら「いや、代車」と答えてしまうし、そうなると何の代車かの説明も必要になりますしね。
 医局でひとしきり話が盛り上がったのですが、交通事故の経験者は多いんですね。その中でも一番恐かったのは、国道を普通に走っていて青信号で交差点に入ったら、左から赤信号を無視した車が横腹に突入してきた事故です。これ、どうやって避ければ良いんだろう? 青信号でも一時停止?
 で、いろいろ聞いていると、やはり多いのが「頑張る人」。たとえ自分の方に非があっても「自分は悪くない」「自分の方が被害者だ」と主張し続ける人の存在です。
 たとえばこんなの。
 交差点の手前で甲さんは一時停止しました。そこに対向車(運転者は乙さん)がセンターラインを越えてやってきてオフセット衝突。こういった場合でも「責任」は「10対ゼロ」にはなりません。たとえ停止していても「甲さんがそこにいなければ事故にはならなかった」なんて屁理屈で賠償責任分担は9対1とか8対2になるんだそうです。それでも、路肩に止まっている方が責任は少ない。ところがところが、乙さんの主張は違いました。一方的に甲さんが悪い、と。普通に走っていた乙さんの車に対して、甲さんの車がサイドステップをしてセンターラインを越えて衝突、そのはずみで甲さんの車は道路の左側に戻った、のだそうです。だから「右側通行をした甲さんが悪い」。
 車がサイドステップをしてくれたら、縦列駐車の時に便利でしょうねえ。
 たまたま事故現場の近くの人が、音に吃驚して出てきて事故直後の写真を撮っていました。これを見たら一目瞭然……のはずですが、乙さんは主張を曲げません。「写真なんか、なんとでも作れる」。事故現場のスリップ跡とか部品の破片の散らばりも「捏造だ」。
 おかげで甲さんは「示談には絶対に応じないぞ」と思うようになったそうです。
 あるいはこんなの。
 さっきの交差点での横腹突入に似ていますが、脇道から一時停止の標識と停止線を無視して飛び出した車(丙さん)に車の左横腹をえぐられた丁さん。警察に届けた後、物損事故として交渉を始めてあきれました。丙さんは「自分が一時停止をせずに飛び出すのを見て車を停めなかった丁さんが一方的に悪い」と主張したのです。さらに「自分の主張をすべて認めないのだったら、首が痛い、と医者に行って、物損ではなくて人身事故にするぞ。お前の免許に傷がつくぞ」と。「どうぞ」と丁さんは言いました。「でも、警察への届けのやり直しは、自分でやってね」。

 教訓。事故にあったら、必ず警察に届けておくこと。証人を確保し、現場の写真も撮っておくこと。記憶が新鮮なうちに、記録としてメモも残しておくこと。相手の話はICレコーダーにでも入れておくと、なお宜し。


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2011.10.30 07:00 |  車 / バイク/ 船  |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

ここにもハインリッヒ

 運転免許の書き換えを先日すませました。私はこのブログで「医学部を卒業してから、いろいろ変ってついていくのが大変」とよくグチをこぼしていますが、道路交通法も同様で、ちょこちょこ変更があって頭がついていくのが大変です。今回の目玉は「ゴールド免許の人は、全国どこでも(たとえ旅行先でも)免許の更新ができる」と「普通免許と大型免許の間に中型免許が新設された」ことでしょうか。「全国どこでも」は、前回の講習でその予告は受けていましたが、ついに実現したんですね。私には特にメリットはありませんが、長期出張をするような人には“里帰り更新”をしないですむからありがたい制度でしょう。中型の方は、免許証の記載が「普通」から「中型」になった上に、中型は8トンまで、なんて文言が免許証に記載されたので具体的な影響は被っています。トラックやマイクロバスを運転する気はないので(たとえその気になっても技倆がないので)まあどうでもいいことではあるのですが。ただ、私が免許を取った頃には「四輪が普通、二輪が中型」だったのが、今では「四輪が中型、二輪が普通」免許なのが笑えます。
 講習では、私の住む県での事故の分析が示されました。1件の死亡事故が起きる間に、人傷事故は135件、物損事故は約600件の割合だそうです。
 私は当然「ハインリッヒの法則」を思い出します。「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」ですが、交通事故では「ハインリッヒの(災害)三角形(トライアングル)」の“すそ野”がずいぶん広いですね(「1:29:300」ではなくて「1:135:600」ですし、さらに人傷・物損の“下”に数千数万の「ヒヤリ」があるはずですから)。これは交通事故に関しては「人を死なせない」ことに社会が注力してそれに成功している、と解釈すればいいのでしょうか。(もちろん軽微な事故(特に物損))は届出が実際よりは少なくなっているでしょうから数字がどこまで正確かはわかりませんが、もし「約600件」が“氷山の一角”だとしたら、「交通事故に関しては「人を死なせない」ことに社会が注力してそれに成功している」という仮説はその正しさが強化されるだけですから、数字の正確性にはこだわらないことにします。
 私自身、先週追突事故にあったばかりですから、「物損」の数字を上げることに“貢献”してしまいました。幸い体には特に異常が出ていませんので、これからもゴールド免許を失わないように運転し続けていこうと思ってます。そうそう、この事故で“良いこと”もありました。代車がハイブリッド、というのはすでに書きましたが、この運転が面白いの。低速トルクが太くなった感じで坂道の上りや発進加速がなかなか楽しいのです。低速域ではガソリンエンジンよりも電気モーターの方がはるかに強力なんですね。ただ難点は、今どんな運転モードかと気になって計器をみることが多くなってしまうこと。脇見運転で事故の加害者にならないように気をつけなくては。


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2011.10.22 06:56 |  車 / バイク/ 船  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

事故の季節

 昨年バイクで転倒して右の鎖骨を折ってから1年とちょっとが経ちました。特に問題はなく経過していたのですが、急に涼しくなった頃右肩がちょっと重たくなったりしたので「これが古傷がうずくというやつか」と思っていました。
 ところが先日、またもや交通事故。それも1年前にやったのとすぐそばの地点です。ただしこんどは自動車でした。家内と二人で走っていて、前方の三叉路で二台の車がすれ違おうとしているのでこちらは停止したらうしろから追突……まあ、前から追突されることはないでしょうが、前の車がバックしてきてこちらに衝突、は形式的には“(前から)追突”の形になりますから、一応「うしろから」をつけておきます。強めのブレーキでがくんと止まる程度の衝撃しか感じなかったのですが、降りてみたら後ろのバンパーとバックドアが意外に大きく変形していました。おそらく潰れることで衝撃を吸収してくれたのでしょう。
 警察には追突した人に電話してもらって、私は自分の保険会社に一報。ただ、免許証ケースに入れていた保険証カードが古いもので、前の車のナンバーを思わず読み上げてしまって「おっとっと」になってしまいました。情報は常に最新のものにしておきましょうね(>誰にともなく)。新しいカードも入れていたのですが、免許証の下敷きになっていたのです。あ、古いカードはまたもとに戻してしまいました。これを書き終えたら整理しなくちゃ。
 近くの派出所から警察官がバイクで現場検証にやってきて、さっさと書類を作ってくれました。物損ですから話は早いのです。
 帰宅してから両方の保険会社から電話がかかってきましたが、笑っちゃったのは、それが同一の会社、ということです。つまり同じ会社の担当者が「加害者側」と「被害者側」に分かれて負担割合の交渉をするわけ。追突ですからこちらはゼロになりましたが、会社の支出もトータルでは変らないんですよね?
 工場にもすぐに修理を依頼しましたが、そこで「代車をお願いできます?」と言ったら、この場合には追突した側がレンタカーを借りてくれてそれを私が使う、ということになると教えてくれました。別に車種のリクエストはしなかったのですが、今の車を買う時に検討した(そしてあきらめた)ハイブリッドカーが使えることになりました。おや、これは運転が楽しみです。
 昨年は痛みのために、町内会の祭での救急担当ボランティアをほかのドクターに替ってもらいましたが、今年はなんとかできそうです……が、問題は天気だな。どうか祭ができるように降っても小雨でありますように。それから、事故がありませんように。


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2011.10.16 06:37 |  車 / バイク/ 船  |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

部分引用

 先日、ちょっと細いけれど普通乗用車だったらなんとかすれ違える程度の幅の道を車で走っていました。すると、前方で二台の車がすれ違いが難しい状況となっています。その後ろに車を停めると、こちらに向いている車の運転手が窓から顔を突き出して大声で言いました。「お前がもう少し左によれば楽にすれ違えるんだ。右側通行をするんじゃないよ、迷惑だなあ」。
 たしかに私と同方向に走っていた前方の車の左側には1メートルくらいの余裕がまだあります。
 ただ問題は、この道が一方通行であること。そして「右側通行をするんじゃない(日本で自動車は左側通行である)」と“正論”を言っていた方の車が、その道を逆走していたこと、です。(ちなみに、道路交通法では、一方通行の道では“右側通行”は許されています) そして、(こちらから見た)道路の左側には歩行者や自転車がけっこうたくさんいるので、車が左側や左端を走ることは困難です。
 この状況でも「部分引用」をしたら、“ワルモノ”は「私の前を走っていた車(運転者)」となるでしょう。だから必要なのは、「部分引用」の前後を含めての“正しい状況描写”です。


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2011.09.29 19:10 |  車 / バイク/ 船  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

通過時間

 私の子供時代には、蒸気機関車がまだ現役で走っていました。本線から地方線に乗り換えるときに、こちらが向かっているプラットホームで煙と蒸気を吐いている蒸気機関車の姿には迫力がありました。今でも鮮やかに私の心に残っています。ただ、煙は困りものです。特にトンネルだと逃げ場がないため、トンネル直前で窓をばたばた閉めて回る、というのが当時の“お作法”でした。それでもどこかの隙間から入ってくるので、早くトンネルを通過して欲しかったなあ。もっとも、トンネル以外でも油断すると煙が窓からどんと入ってくることがあります。せっかく美味しく食べていた天ぷらウドンが煤煙まみれになってしまった、は今でも悲しく私の心に残っています。
 トンネルと言えば、人体もまた一つのトンネルにたとえることができます。口が入り口、肛門が出口、のトンネルに(たまに嘔吐や坐薬やアナルセックスで入り口出口が混乱することはありますが)。で、その「トンネル」をぐるりとめくってひっくり返したら、胃腸管粘膜が外に出て、全宇宙が内側に入ってしまう、と言うのがトポロジーでしたっけ?
 人体トンネルの中を、しゅっしゅっぽっぽと走っているのは飲食物(またはそのなれの果て)です。その速度は、鈍行もあれば超特急もあるでしょう。毎日ちゃんと排便しているからといって、その人のトンネル通過時間が短い、という保証はありません。中でぎっちり渋滞している(上から入った分だけ下から押し出されているだけ、という)こともありますから。
 乳児だと、たとえば離乳食に入っている人参なんかがまったく未消化で出てくる場合に、食べた時間から逆算してその通過時間を知ることはできます。(排便直後におむつを替えた場合ですが)  大人の場合にはちょっとむずかしい。食品がほとんど原形を留めていませんからね。そうだ、胃透視でのバリウムは使えそうです。白色の便というのは普段はなかなかありませんから(白色下痢症とか胆汁が出なくなったときとかはあり得ますが)、バリウムを飲んで検査をしてから何時間後に白い大便が出たかで自分の「通過時間」の大体の見当はつくでしょう。ただ、検査の前に絶食をしたとかバリウムは重いとか通じ薬を併用しているとか、普段とは違う条件がいろいろ重なるので、普段の食品でも同じ“トンネル”通過時間である保証はありませんが。ちなみに私の場合は、今年はじめの検査では、約4時間でした。ちょっと早すぎます?


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 「日本の鉄道が正確である」ことは、世界的に有名です。ヨーロッパでは「10分の遅れ」はOKとされていますが(「定時運転」の「定時」の定義が、イギリスは「10分未満」、フランスは「14分未満」、イタリアは「15分未満」)、日本だと「1分未満」でないと「定時運転」と呼んでもらえないのです。
 では、なぜ「日本」でそこまで正確な定時運転が行なわれるのか、が著者の“出発点”でした。その
“旅”で見えてきたのは、「定時運転」を実現しているのは、もちろん鉄道の機材・鉄道員の努力・時刻表の工夫、などですが、もう一つ、「社会」も大きな要素だったのです。
 「日本では、鉄道員も乗客も、誰もが、鉄道は正確に運行して当たり前と思っている。行政もマスコミも同じように考えている。誰もが思えば、ものごとはそのように動く」と本書では述べられます。つまり、社会が求めるから鉄道は正確な運行を提供する、提供されたものを当たり前だと社会は思うからそこからの“逸脱(列車の遅延)”を許さない、だから鉄道はますます正確な運行を提供するように努力する、という“サイクル”がそこには存在していたのです。
 さらに「社会」の側は、自ら“協力”もします。たとえばラッシュ時のプラットホームでは、客は列を作り、降りる客がすんでから整然と乗り込みます。階段では降りる客と昇る客がきれいにすれ違い、プラットホームを(乗る客が列を作りやすいように)少しでも早く空っぽにしようとします。これがすべての駅で行なわれることによって、正確なダイヤが守られやすくなるのです。
 本書では、ではそういった「定時運転を要求しそれを当然とする社会」はどうして成立したのか、と疑問を持ち、その“ルーツ”を江戸時代に求めます。「時鐘」によって「時刻の感覚」を持ち、さらにそれが全国共通であることを認識していた人々。旅行は徒歩が主だったため、宿場町が「人が一日で歩ける距離」で設定されていたため、駅間距離が短いこと。それらによって、すでに大正年間にはラッシュ時には東京では「3分間隔の運転、各駅の停車時間は20秒」というダイヤが組まれ(山手線も当時すでに一周72分だったはずです)、それによって大量輸送が可能となり、だから人口は東京に集中し、それによってますます正確な鉄道運行(大量輸送)が必要となり……今に至るわけです。
 ただ、擾乱要素があります。自然現象もありますし人為的なものもあります。後者の代表が「人身事故」(よく思うのですが、いつもこう呼んでいたら、飛込み自殺ではない本当の事故の場合が区別できなくなっちゃいません?)。あるいは、目立ちませんが「駆込み乗車」。前者はわかりやすいのですが、後者もじわじわと正確運行にダメージを与えます。やる人は駆け込んで電車を10秒遅らせることで自分が3分を“損”せずにすむ、という計算なのでしょうが、その「10秒」損をするのは、電車に満員になっている約4000人です。「1×180(人秒)」と「4000×10(人秒)」とどちらが社会的に重いか、ちょっと計算してみてください。そして、一つの列車のわずかな遅れがつぎつぎ後続の列車に波及する効果も。もちろんおおごとにならないように鉄道員が努力をして(運転者ができるところで微妙にスピードアップをしたり、管制員が運行管理の工夫をしたり)その遅れをどこかに吸収させることを日常的に行なっています。だけど「1×180」のために他人にそれだけの努力を強いる権利って、「おれは客だ」の一言で得られるんでしたっけ?

書誌情報:『定刻発車 ──日本社会に刷り込まれた鉄道のリズム』三戸祐子 著、 交通新聞社、2001年、1848円(税別)


 で、ここからもちろん話は「医療」へ。
 「定時運行」を求めるのと同様、日本社会は「完璧な医療」を求めます。医療者はそのリクエストに応えようと努力し、ある程度のものは提供できていました。で、社会はそれを「当然」のものとして、それからの“逸脱”を許しません。“当然”からの“逸脱”は“怠慢”あるいは“犯罪”なのですから(だから「列車が遅れたら駅員を殴る乗客」が出現するのでしょうね)。だけど、それは本当に「当然」なのでしょうか。現代医療はそこまでのレベル(技術と努力でぎりぎりのところに設定された時刻表を守るレベル)に到達しています?  というか「完璧であるべき医療」の現時点での実際のレベルを、皆さん正当に認識・評価でき、「社会」としての共通認識を得ていますか?  思い込みと幻想の中に生きて、「これが当然」と主張する人はいないでしょうか。(私は現代医学を「時刻表を見たらすべて先が予測できるレベルのもの」とは思っていません。医学そのものはまだ不確定要素をたっぷり含んだものです)
 さらにそこに“時刻表を乱す要素”が人為的に追加されます。もちろん多くの医療利用者は、技術の発展と医療者の努力をきちんに評価した上で、「もっと完璧に近い医療」を求めるわけでしょうが、中には擾乱要素が出現するのです。代表的なのは、救急車利用のリピーター、軽傷での救急車利用、モンスター患者などでしょう。いわば“飛込み”や“駆込み”をやって、それでさらに「ダイヤを正確に守れ」と要求するユーザーです。
 さて、それらに対応するべきは、医療者だけ?


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2011.07.24 19:13 |  仕事 / 職場  |  車 / バイク/ 船  |  おかだ  | 推薦数 : 0

センス

 外から見ているだけで、明らかに車の運転が下手な人がいます。判断が遅くて、十字路に突っこんでから危険に気づいて急ブレーキなんて、後ろから見ているだけでこちらまでどきっとします。これは、外界のパターン認識・情報分析・運動神経・予知能力・想像力・経験など、いろいろなものが不足しているからでしょう。一口にまとめたら「運転センスがない」と言えそうです。
 それと同様のことを医療者でも感じることがあります。パターンに頼ってしまって、リスクにぶつかる寸前あるいはぶつかってからはじめて“急ブレーキ”をかけるタイプ。これは「医療に関するリスクセンスがない」と言ったらいいのでしょうか。経験は場数を踏めば蓄積できます。でもセンスは、どうやって鍛えたら良いんでしょうねえ。


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2011.07.03 07:07 |  診療  |  車 / バイク/ 船  |  おかだ  | 推薦数 : 1

ななはん

 学生時代に50ccのスポーツタイプの原付で旅行をしていたとき、有料道路に入る前に「さて、これからぶっ飛ばすぞ」と料金所の手前の広場にマシンを停めてまずは一息入れていたら白バイ隊がやってきて近くに停車。乗るバイクは違ってもバイク乗りが考えることは同じなのかな、と見物に近づきました。別に話しかける話題もないのでしかたなく「これ、ナナハンです?」と尋ねると「いや、650」とにこやかな返答。「へーえ、白バイはみんなナナハンだと思ってました」と言うと彼は笑ってました。バイクの速さはエンジンの大きさだけじゃ決まらないんだよ、と言いたかったのかな?(シャアだったら「モビルスーツの性能の違いが戦力の決定的な差ではないということを、教えてやる!」になるところかも)
 ここで言う「ナナハン」は、二輪車のエンジンが750ccであることを意味します(七百と百の半分)。当時は、輸入車や逆輸入車を除くと、日本では最大クラスのバイクでした。(ハーレー・ダビッドソンやBMWでは1200とか1300がふつうに売られています。日本のメーカーも、750超のバイクは製造していたのに、なぜかそれは全部輸出に回していました。「でかすぎるバイクは国内では売るな」という日本政府の規制でもあったのかな?) ちなみに現在はナナハン以上のバイクも「輸出専用」ではなくなったので逆輸入をしなくても国内で入手可能です。たとえばホンダの「ゴールド・ウイング」は1800cc。20年くらい前に乗っている人に話を聞いたら、カーステレオとエアコンがついている、とのことでした。今ではエアバッグもついているそうです。……バイクの話だよね?
 
 だけど世界は広くて、もっとでかいバイクはごろごろしているそうです。たしか自動車用のエンジンを積んだばかでかいバイクもあったはずですが、中にはこんな規格外のモンスターも。乗用車を踏みつぶしちゃうなんて、これでも、バイク?  乗っている人がバイクライダーではなくて象使いに見えます。
Australia's monster motorbike from hell


 実は病院の中にも「ナナハン」があります。ただしバイクではなくて手袋。手術や処置の時に使う手袋は、手よりも小さすぎると動きが窮屈だし破れやすい。手より大きすぎるとたくれてしまって処置の邪魔です。手よりもほんのちょっとだけ小さめがフィットして具合が良いのですが、その大きさを示すのが「6」とか「7」の数字です。で、「7」より半サイズだけ大きいのが「7.5」でそれを「ナナハン」と私たちは呼んでいました。私の運転免許ではナナハンには乗れませんが、病院内では堂々と「ナナハンを下さい」と言えます。全然自慢にはなりませんが。


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2011.05.28 06:57 |  車 / バイク/ 船  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

自動修復

 私は自動車が汚れていてもそれほど気にしませんが、それでも塗装面に傷がつくと気になります。「小さな傷から錆が鉄板に拡がっていく」と脅かされたことがあるものですから。傷の表面に塗ったら光が乱反射して傷自体が目立たなくなる、なんてうたい文句のコーティング剤もありますが、試してみたら期待したほどの効果はありませんでした。
 そこにこんなものが。
 「スクラッチシールド」(日産)
 小さな傷・本当に軽い凹みだったら、元の状態に自動的に修復される、という優れものだそうです。さすが「技術の日産」と自称するだけのことはあります。元の状態に戻るという点で「形状記憶塗装」とでも命名したくなります。

 もっとも「自動修復」は、生物ではごくふつうの現象です。たとえば皮膚にできた傷は、化膿などの邪魔がなければふつうは自然に治ります。傷の深さや治り方によっては傷跡が残る場合がありますが、上手く治れば傷跡さえ残りません。
 「治ること」自体が素晴らしいことですが、「丁度良いところで細胞の増殖がストップすること」も素晴らしい。だって皮膚の細胞に“脳みそ”はついていないでしょ?  誰がどうやって判断しているんでしょうねえ。


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