「確率野球」に対してコメントをくださったビビりの内科医さんに教わった本です。図書館でも人気で予約が多く、やっと私のところにやってきました。
一読、驚きました。「確率野球」で私が書いたのは「単なる感じ(素人の感覚)」でしたが、それがみごとに言語化され高度に理論化されていたのです。やはり欲しきものは“先人”それも優秀な人ですね。
おかげで私は「野球に対する自分の感覚」がそれほどおかしなものではない(プロが実証してくれていた)ということで、妙な自信を持ってしまいました。
もっとも、この本で扱われているアスレチックスのゼネラルマネージャーのビリー・ビーンのやり方はアメリカの野球界ではまだ“異端”のようですので、私は“異端”として「自信」を持っている、という段階なのでしょうが。
どんな世界でも「業界の常識」というものは強く、「常識人」は「自分が見たいものだけ」を見るものですから、ビリー・ビーンが「世界を根っこから変える」日が来るのはもうちょっと先のことかもしれません。
「野球の常識」の手強さ(とその根拠の無さ)が印象的な本でしたが、本書を読んでいて「人の評価の難しさ」も感じました。個人プレイの競技でさえ「個人の能力」だけでは何もわかりません。たとえばテニス。いくら「能力が高い」人でも、その時代を支配する特定の選手あるいは多くの対戦相手のプレイスタイルと相性が悪かったら、タイトル獲得は難しいでしょう。ましてチームプレイの競技だったら、そのプレイヤーが属するチームの他のメンバーとのバランス、それと対戦チームのプレイスタイルとの相性、それらの「チーム環境」の中で、それも実戦(実践)の中でないと「正しい評価」ができないことになります。(本書では「ある特定の人物だけでチームを組んだらどんな結果が出るか」のシミュレーションが紹介されていますが、実際にはたとえば捕手9人でチームを作るわけにはいきませんよね)
もう一つ。私は「EBM」が登場した頃のことを覚えています。私は「20世紀の旧来の医学」で育った口ですから、最初はEBMに懐疑的な目を向けていました(「たしかにリクツは正しそうだ。でも、EBMが有効だ、というエビデンスがあるのか?」と)。それと似た現象が野球の世界でもあるのかな、と感じたのです。ビリー・ビーンたちが主張する「データに基づく野球」(「思い」とか「伝統」とかではなくて、チームの勝利に真に貢献する「数字」を見つけて、それが高い選手を試合で使うことでチームの勝率を高める)に対する“抵抗”があるのは、当然だろう、と。
そうそう、「データ」を重視する野球は無味乾燥なものになるのではないか、という怖れを持つ人がいたら、それは無駄な心配だと言っておきましょう。本書にもありますが、野球には「運」がつきまといますし、運は数値化できません。長期間データをとればそこに数字の片寄りとして出ることはありますが。だからこそ野球は面白いゲームなのです。
そういえば、医療にも「運」はあります。それについては、EBMでも医療裁判でも、確かなことは言えないでしょうね。
書誌情報:『マネー・ボール ──奇跡のチームをつくった男』マイケル・ルイス 著、 中山宥 訳、 ランダムハウス講談社、2004年、1600円(税別)
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ゴルフ好きで知られたイギリスの宰相デイビッド・ロイド・ジョージ は、「ハンデイ30の人は、ゴルフをおろそかにする。ハンデイ20の人は、家庭をおろそかにする。ハンデイ10の人は、仕事をおろそかにする。ハンデイ5以下の人は、すべてをおろそかにする」という名言を残しているそうです。
私もかつてはゴルフを下手の横好きでやっていましたが(ぎっくり腰をやってから、足を洗いました)、その頃聞いたのは、こんな形の言葉でした。
「ゴルフのスコアが、100を切れない人はゴルフをおろそかにしている。100を切る人は家庭をおろそかにしている。90を切る人は仕事をおろそかにしている。80を切る人は、人生をおろそかにしている」
意味はほとんど同じですね。当時の私は「100を切れない人」だったので「ゴルフをおろそかにしている」と言われて思わず「ごめんなさい」と言いたくなりましたっけ。
ただ、上達するには何かを犠牲にしなければなりません。人間の能力と使える時間には限界があるので、「すべて(仕事も家庭もゴルフも)」を完璧に得るのは結局無理だ、ということになるのでしょう。
……ということは、医者に対して診療以外の書類仕事などを完璧にこなすことを要求する人は、「書類仕事が完璧にできる医者は、臨床医療をおろそかにしている」が理想なのかな?
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野球漫画と言って私がとりあえず思い出すのは……「スポーツマン金太郎」「黒い秘密兵器」「巨人の星」「侍ジャイアンツ」「アストロ球団」「ドカベン」「キャプテン」「タッチ」「あぶさん」「がんばれ!!タブチくん!!」「名門!第3野球部」……ふう、けっこう読んでます。(まだまだたくさんあるはずですが、疲れたので思い出す努力を放棄します(正直に簡潔に言えば「思い出せない」です))
少年漫画を描く者にとって、野球漫画は避けて通れない、と言ったのは……誰だったかなあ。野球が題材として読者に人気があるから、という意味もありますが、デッサン力・ストーリー展開・複数キャラの造型、など、漫画家の実力が問われる分野だから、という意味もあるということでした。
読者としては要は面白ければいいのですが、漫画を読むことで野球のルールや“常識”も身につけることができました。たとえば「打順」で「1番が出塁、2番がバントで送り、3〜5番が走者を本塁に帰す(だから「クリーンナップ」)」というのを私は漫画で覚えています。
ただ、しばらく経って不思議に思いました。「ノーアウトで“1番バッター”が打席に立てることは、一試合で何回あるんだろう?」と。もちろん1回の表と裏はそうなります。しかし、他の回は? 統計を取ったわけではありませんが、それほどたくさんはないでしょう。で、2回か3回の“理想的な攻撃”のために他のイニングの攻撃を犠牲にするのはもったいないように私には思えたのです。(完全試合を食らったら確実に1・4・7回はノーアウトで1番バッターが打席に入りますけど、こんな確率が低い現象は考慮しないことにします)
さらに「バント」についても疑問を持ちました。アウトを一つ相手チームにむざむざ献上するプレイです。それでも相手が警戒していないところでバントをしたら、初期に想定した効果は確実に得られるでしょうし、もしかしたら両者セーフという美味しい結果になるかもしれません。しかし、「絶対バントをしてくるぞ」と相手が警戒しているところにわざわざバントをするのはリスクが異常に高まります。ダブルプレーとか3バント失敗とかの“デメリット”と、バントによって得られる“メリット”とは、ちゃんと帳簿上釣り合いが取れているのだろうか、と思ったのです。大切なのは「バントというプレーの大切さ」ではなくて「バントでもたらされる具体的なメリット(得点)とデメリットの差額のトータル(試合の勝敗)」です。
もし私が監督だったら、1番バッターは出塁率で選択します(それに走力を加味)。2番からあとは、(単なる打率ではなくて)出塁率と打点と長打率を加算したポイントで上の人間からずらりと並べてみましょう。いや、いっそ1番バッターからそうやって並べる方が良いかもしれません。こうすれば打線のどこで切られたとしても、その次のイニングでも“次善の手段”“その次の手段”が続いて、得点確率が高いはずです。
長打力はあるが走れない選手? それは代打です。走れない球技選手なんて、そもそも変ですから。
もちろんこれは「机上の空論」です。それが正しいかどうかにはランダム化した上での“臨床試験”が必要でしょう。で、そのために紅白戦とか練習試合があるわけですよね?
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夏といえば甲子園、で、各地で球児たちは甲子園を目指して頑張っています。暑いのに本当に大変ですね。
明治44年(1911)、東京朝日新聞は「野球害毒論」を展開しました。新渡戸稲造や乃木希典などの有名人に「野球の弊害」を語らせたのです。「相手をペテンにかけようとする。塁を盗もうなど目を四方八方に目配りしてすきをうかがう」のは「巾着きりの遊戯である」と語ったのは新渡戸稲造。乃木は「長時間かかり弊害を伴い、必要な運動とは認めない」だそうです。府立一中校長川田正徴は「学校が誇りとするのは学業優秀な生徒であって、優秀な選手ではない。時間の浪費、勉学の怠慢、右半身ばかり使い身体に不具合が生じる」とこてんぱんです。秋田中学校長湯目補隆は「私学にとって野球は広告、選手は生きた広告楽隊」。水戸中学事務取扱菊池謙二郎は「野球に罪はないが、私学が少数の有望選手を誘拐し、野球で広告をしようとしている」と私学の罪を問います。東大整形外科医局長の「勝たねばならない責任感が日夜選手の脳を圧迫し頭に影響する」という珍妙な意見もありますし、文部省からは「野球は英米文化だ(だから日本には好ましくない)」という意見も。「野卑不遜で学生の気品学術に多大の悪影響」(富田林中学校長)「対抗試合の選手ですれたものはほとんど博徒の渡り者」(広島忠海中学校長)なんてのもありました。いやあ、そこまで言いますか? もちろんレベルの低い学生選手が目に余って、のことではあるでしょうが。
当時野球には熱狂的なファンがついていて、その過熱ぶり(当時はまだプロ野球はなくて、小学校を底辺とし六大学を頂点とするピラミッドができていました。有力選手の確保には相当えげつないことも行なわれていたそうですし、小学生が有名中学に入るために朝4時から練習をする、なんてことも平気で行なわれていたそうです。観客も、今のフーリガンのような行動をして、野球場に警官隊が出動する、なんてことも何回も)に眉をひそめる人もいたわけですが、それにしても東京朝日のこの「野球害毒論」の“熱狂ぶり”もどうかと思います(たとえば六大学のスターたちが他の新聞に囲い込まれていたからか……なんて思うのはたぶん下衆の勘ぐりでしょうね)。
それに対して東京日日新聞と讀賣新聞は「反・朝日」のキャンペーンを張ります。中心となったのは天狗倶楽部(早稲田の卒業生が中心となった、野球や相撲のスポーツ社交団体)とその創立者押川春浪。押川は朝日のキャンペーンが終息後も東京日日に「朝日新聞とその害毒」という投書をしますが、朝日の主張は事実に反する、と主張し「ただ一言与える。いわく恥を知れ」と結びました。そういえばどこぞの新聞も医者に対して「恥を知れ」と高らかに宣告して(そして自分の方が大恥をかいて)いましたが、マスコミ系ってこんな“派手なことば”がお好きなのかな。
ちなみに、大阪朝日新聞社は、東京朝日の野球害毒キャンペーンが終了した4年後の大正4年、「全国中等学校野球大会」(現在の夏の甲子園大会の前身)の開催を告知しています。東京朝日がそれに対してどんな反応をしたのかは、私は知りません。
参考図書
『野球と戦争 ──日本野球受難小史』山室寛之 著、 中公新書2062、2010年、820円(税別)
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「最近の若い奴らは」は、数千年前から言われているそうですが、まだ人類が滅びていないところを見ると、「最近の若い奴ら」もこれまでずっとそれなりに社会を運営してきているのでしょう。
「最近の研修医」についてもいろいろ噂(それもよろしくないものがほとんど)を聞きますが、「最近の研修医」が育って一人前になった頃には彼ら自身がまた「最近の研修医は……」と言っているのかもしれません。
東京オリンピックの頃を扱った本(*)を読んでいると、セピア色の記憶が蘇っていました。
*)『ベラ・チャスラフスカ ──最も美しく』後藤正治 著、 文藝春秋、2004年
オリンピックは、昔はアマチュアのものでした。日本でも戦前は「自費で参加」だったため、金がないので旅客船のボーイになって海を渡り現地の日本人会で募金を募った、という選手がたしかいたはずです。今では考えられないことではありますが。
東ヨーロッパの選手は「ステートアマ」だ、と昔はよく聞きましたが、実際にはどうだったのでしょう。国がバックアップをする「ステートアマ」とは言っても、国とか競技種目によってずいぶん差があったのではないか、と私は考えています。ベラ・チャスラフスカは、国の援助はないのが当然と思って練習や競技をしていたそうです。ですから、学校の試験やタイピストの資格試験のためには練習を減らして勉強するし、就職先も自分で探していたのだそうです。世界選手権でソ連を破ってチェコが団体優勝したときには報奨金が出ましたが、700コルナ(30米ドル)だったとのこと。現在のようにプロ化して、コマーシャルに出たりインタビューで報酬を受け取ることなど想像さえできない時代だったそうですが、この本には「自分たちは辛抱することを知っている世代だった」という言葉が登場します。ただ……「最近の若い選手」も、別のことを「辛抱」しているのではないか、とは思えますけどね。
ともかく「昔のアマチュアリズム」で今のオリンピックを語ることは、なにか問題点を絞り込むにはピントがずれてしまうだろうとは思えます。時代は変っているのですから「話題の前提」そのものが変っています。そしてそれは「昔の医療のイメージ」で今の医療を語る場合も同様でしょう。
私たちの世代も、研修医の時には「辛抱」するのが当然、と思っていました。だけど、オリンピックがクーベルタンが求めていた厳格なアマチュアリズムの祭典ではなくなったように、日本の医療も過去の姿とはどんどん違ったものになってきた、そして違ったものになっていくことでしょう。それが「破壊」とか「崩壊」ではないことを、あるいは破壊や崩壊であってもそこからの再生があることを祈りますが、その中でも「最近の若い医者」はそれなりの苦労をしながら成長していくことでしょう。それくらいの「人への信頼」は、持ち続けたいものだと思っています。「ちょっと(相当?)古くなった医者」として、それくらいは持っていたい。「昔の姿」を今に押しつけるだけではなくて、ね。だって「今の姿」が「昔の姿」と違うことに対して、私にも幾分かの責任はあるのですから。
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「高地トレーニング」ということばを初めて聞いたのはいつのオリンピックの時だったでしょうか。ニュースをラジオで聞いて「なんで高知県で合宿?」と下手な解釈をしたらその直後に「酸素が薄い環境で心肺機能を増強させる」と聞いてやっと「高知」ではなくて「高地」とわかったのは、秘密です。(私が聞いたニュースが「高所トレーニング」と言っていてくれたら、(少なくとも県名とは)間違えることはなかったでしょうにねえ)
そう言えば、「高病原性鳥インフルエンザ」という名称を初めて見たときにも、私のひねくれた目は「高原性鳥インフルエンザ」と読もうとして「そんな言葉は医学的に意味を成さないだろう! 高原に住む鳥だけインフルエンザになるのかよ」と主張する脳と喧嘩してくれて、困りました。
ところで、医学の世界にはちゃんと「高原」があるのです。「脛骨高原骨折」です。
脛骨は、読んで字の如し、脛(すね)の骨です。弁慶の泣き所が有名ですが、膝から足首までの太い骨です(下腿には脛骨のほかにもう一本「腓骨」という細い骨もあります。こいつは脛骨とは違ってちょっと触りにくいのですが、下端は外くるぶしです)。で、脛骨の骨折はいろんなところで起きますが、その中でも特に一番上の方、膝関節の所での骨折を「高原骨折」と呼ぶのです。
※「膝の骨折(脛骨高原骨折)について」(三重県立志摩病院)にわかりやすいイラストがありました。
これは素直にそのまま「高原」と読みます。ギアナ高地が細長く上に伸びて、その天辺にひびが入った、だから「高原部分の骨折」といった発想かな?(これはエビデンスなし、私の想像です) 固定することで骨折自体は治っても、軟骨が傷んだり関節面のすり合わせが微妙にずれて後遺症が残りやすい骨折だそうです(車のエンジンだったらばらして部品同士を摺り合わせたくなるところですが)。
なお、脛骨の“高原”の反対側が折れた場合には「脛骨遠位部骨折」とか「足関節内骨折」とは呼ぶけれど、「脛骨低地骨折」とは言わないようです。
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1963年、東京大学医学部沖中重雄内科教授は退官講演で「自分の診断を病理解剖によって確認できたものでは、14.2%の誤診率だった」と発表しました。当時の新聞にもこれは大きく報道されました。
私の記憶では、「臨床的な病名と病理組織の病名が違っていたらもちろん誤診。病名は合っていても、組織での病気の場所が臨床診断と微妙にずれていたら、それも“誤診”」といった感じの自分に厳しい判定で、要するに完全主義の産物、と言って良いものでした。
ただしこれは「病理の診断は100%正しい」という前提があってのことです。「肉眼や顕微鏡で見たら一目瞭然」と思う人がいるかもしれませんが、「微妙な所見」は必ず存在します(10人の病理医に同じプレパラートを見てもらっても、7:3とか6:4に判断が割れる場合があります)。さらに、臓器の端から端まですべて病理標本を作るわけではないので、「ここに異常細胞があるに違いない」と思える部位が“外れ”という場合もあり得ます(私も生検で「ここからはガン細胞が出るだろう」がハズレで「正常に見えるけどちょっと気になるから囓っておこう」がアタリだったことは何回もあります)。
ともかく、臨床的にも病理的にも「誤診率ゼロ%」は、理想ではありますが、現時点の医学レベルではそれを求めるのはまだ非現実的、と私は主張します。
ただ「限界があるから誤診して良いのだ」と言ったらそれは貧相な開き直り。誤診を減らす努力は続けなければなりません。それは医者として当然のことですし、沖中教授の発表も「誤診は確実に存在する。だから対策を考えよう」という周知のためのものだった、と私は解釈しています(真意は知りませんが)。
それと、誤診があったとしてもそれで生じる患者さんの損害を最小限にする、という努力の道もあります。
「エイミング・オフ」という言葉があります。
スポーツ・オリエンテーリングでは、地図と磁石で位置と方角を知り、歩測で移動距離を把握します。日本の山地のように凸凹が多い地形では遠くの山や近くの谷や道を使って現在位置を把握しやすいのですが、北欧の荒野のような起伏に乏しいのぺっとした地形では非常に迷いやすくなります。いくら正確に方角を定めても、地形の微妙な傾きに誘導されたり個人の走る癖や疲労によって、必ず狙う方向の右か左に偏りが生じます。その誤差は走れば走るほど増幅され「目標は真北、1km先の東西に走る小道の上」とわかって南から走り出したとしても、1km走って小道に到達したときに目標が見えなければ、この小道の右か左かどちらに行くべきかの二者択一を迫られることになります。
そこで使われるのが「エイミング・オフ」(狙い外し)です。あらかじめ走っていく仮想の目標を真の目標の方向より右か左かに少しずらしておきます。そして、たとえばあらかじめ右にずらしておけば、目的地近くの小道に出くわしたとき、迷わず左にターンすれば良い。三角形の二辺を走ることになるので無駄と言えば無駄ですが、自分がエラーを犯すことが前提の場合、そのエラーによる損害を最小限に食い止めることができるので「完全主義(自分はエラーを犯さない)」で行動するより時間のロスが結果的に少なくなります。(“二者択一”で間違った判断をした場合、「自分が間違ったことがわかるまで走る」時間と労力 プラス 道を引き返す時間と労力が必要になります)
人間工学・安全工学などには「フェール・セーフ」という考え方があります。もし現場の人間の判断が間違っていたり間違った操作をした場合でも、生じる損害を最小限にする(理想的には損害が生じない)、というものです。「現場が気をつければ良いんだよ」ですめば簡単でよろしいのですが、世の中はそれほど“理想的”には動きませんから、このような考え方が出てきたわけです。
で、医者の診断についても似た発想があります。ドンピシャの診断がしっかりつけばいいのですが、この世はそれほど都合良く行かない(迷う)場合があります。その場合には、医者の多くは「安全側」に判断を倒します。「重大な病気を軽いものと判断する」と「軽い病気を重大であると判断する」はどちらも言語的には同等ですが、患者の運命は大きく違ってきます(前者は手遅れになって死にます)。ですから「間違えても重大な病気を見逃さない」方向に医者の多くは判断をずらしがちなのです。一種の「エイミング・オフ」です。
それを「誤診」だと言うことはできます。「結果として狙いがはずれた」どころか「最初から意図的に外している」わけですから。よくマスコミなどが「実は良性疾患だったのに、悪性の可能性があると言って手術をした」と“悪者の医者”を責めています。実際にその中にはヤブ医者もいるでしょうが、微妙な状況だったので「エイミング・オフ」をやった医者はいないのかな、と私は思うことがあります。そして、その「エイミング・オフ」は問答無用で“有罪”なのかな、と。
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「カルテは医者の個人的備忘録ではない。チーム医療の時代なんだから、誰にでもわかるように専門用語や略号は廃して、きちんとした日本語で書くべきだ」という主張があります。たしかに一理ある主張です。ですから私もなるべくは日本語で書くように努力はしています。ただし、完璧にはできませんし、最初から不可能な領域もあります。
たとえば心電図の所見。「ECG」は「心電図」に、「リズムはRegular、sinus」は「脈は整、洞性」と書くことはできます。だけど「V1〜2でST上昇」とか「前壁にQ波」というのはどう“日本語”にしましょうか。どなたか良いアイデアがありません?
かつての日本で、“敵性語”(*)の「ストライク」を「よし」、「ボール」を「だめ」と言い換えたように、むりやり何か“日本語”を作りましょうか。そうだなあ、たとえば「P波、Q波……」を「甲波、乙波……」と。すると「R on T」は「戊波上の丙波」となります。なんだか「R on T」よりももっと訳がわからないような気もしますが。こんな「言い換え」で、かえってコミュニケーション・エラーから医療事故のもとにならなければいいんですけどね。
ところで、たとえば「R on T」を「戊波上の丙波」に、「PSVT」を「発作性上室性頻拍症」に言い換えたら、医者以外の人には何かがとっても理解しやすくなります?
*)『野球と戦争 ──日本野球受難小史』(山室寛之 著、 中公新書2062、2010年、820円(税別))
によると、この「敵性語の言い換え」は昭和18年に軍部の(命令ではなくて)「要請」で行なわれたそうです。戦争の勝利にどのくらい貢献したのかは知りませんが。
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オリンピックの金メダリストに国民栄誉賞が与えられたという例があります。ではパラリンピックはその選考対象からなぜ除外されるのでしょう? 前人未踏の大記録を持っていて国民に勇気と誇りを与えることができる人はごろごろいるんじゃないかと思いますが。それともそういった“宣伝”をしない、パラリンピック参加選手たちが“悪い”の?
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私が子供の頃には「巨人大鵬玉子(卵)焼き」という言葉がまだ現役でした。昔の日本の子どもたちには大人気だったものを列挙した言葉です。ところが何にでも例外というものはあるもので、例えば私は巨人ではなくて広島カープのファンでしたから、そういった言葉には一定の距離を置いていました。なんというか「これが多数派だ(普通だ)」と言われてもピンとこなかったのです。逆にそういった言葉の「内側」の人間からはそういった「普通ではない」人間は奇異の眼で見られることもありました。「日本人のくせに変わり者だ」と。
ですが、少数派には少数派の異論もあるわけです。たとえば「巨人大鵬玉子焼き」は本当に多数派なのか、と数学的(笑)に検証してみましょう。
仮に「巨人」「大鵬」「玉子焼き」それぞれのファンが全日本人の70%も占めている、とします。すると確率的には3つすべてのファンである人は0.7×0.7×0.7=0.343……あら、「巨人大鵬玉子焼きすべて好き」派は日本では約1/3の「少数派」ということになってしまいます。もちろん「巨人」が好きな人は全員「大鵬」が好きでしかもその全員が「玉子焼き」も好きなら「巨人大鵬玉子焼きすべて好き」派は70%という数字を維持できます。でも、巨人と大鵬は好きだが玉子焼きより目玉焼きが好き、という人もいるでしょう? あるいは巨人柏戸ゆで卵派の人がいるかもしれません。しかし、「巨人大鵬玉子焼き」が多数派であるためにはそんな好き勝手は認めるわけにはいきません。だからといって「三つのパラメーターの好みはすべて連動するべし」という主張をするわけにはいかないでしょう。日本では個人の嗜好の自由は憲法で保証されているのですから。
常識とはその時代その社会で多数派に採用されている判断/行動基準です。その常識に従って生きている人たちは普通の人であり、非常識に生きている人は特別な人です。しかし、考えてみると「普通」「常識」という言葉を我々はつい「普通」に使ってしまいますが、実はあやふやなものです。前述の「巨人大鵬玉子焼き」も当時の日本人の思考としては「普通」のものであり、実際それぞれの愛好者は多数派であったといって良かったのですが、それでもそれ以外を愛する人も「普通」に生きていたのでした。私のように。
ところで「どんな場合でも自分は多数派に安住できる」と言える人って、この世では“多数派”なんですかね?
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