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2012.02.06 18:43 |  医療制度 / 行政  |  映画 / 音楽 / 読書  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

非常に役に立たない

 大災害の時に限らず、日常生活でも人間というのはけっこう簡単に頭に血が上るものですが(簡単に頭に血が上る人がいますが)、どんな時でも冷静沈着な人もいます。これは貴重な資質と言えます。ただ、「冷静」なのではなくて「鈍いだけ」だと、結局役には立たないのですが。

 ところで「非常時に役に立たない組織」というものもあります(「時」は取った方が良い組織もあるでしょうが、話が別になるのでここでは触れません)。
 私がすぐに思いだすのは、直近の東北大震災・福島原発事故のときの日本政府の対応(もちろん阪神淡路大震災のときのもセットで)。BSEの時の英国政府の対応(もちろん日本政府のBSE(や口蹄疫など)への対応もセットで)(*1)。エイズが知られるようになってしばらくの間のアメリカ政府の対応(もちろん日本政府の対応もセットで)(*2)。「SARS」や「新型インフルエンザ」の時の日本政府の対応。

 以上の“サンプル”から“一般解”を導くと「官僚組織は非常時には役に立たない」となりそうです。
 どうしてこんなに政府や官僚組織というのは「非常時」には役に立たないのでしょう。それも日本だけではなさそうなので、「官僚組織」に関してグルーバルな視点から何らかの“一般解”がありそうです。
 ここで「どうして官僚(組織)の動きはお粗末なのか」を考えるときに、大まかに二つの着眼点があります。ひとつは「官僚(個人)がアホだからきちんとした対応ができない」と「個人」に注目する。もう一つは「組織そのものが内包する弱点ゆえに、どんなに優秀な人間を集めても、組織としての対応がきちんとできない」という「組織」に注目する考え方。
 そこをもう少し深く、「どうして非常時に組織の動きはお粗末なのか(お粗末な動きしかできない組織があるのか)」を追究した本があります。『エイズ・ディザースター』というタイトルですが、副題が「ニューヨーク市と国の失策」とそのものずばりです(*3)。
 この本では「組織」は「不完全な道具である」と定義されています。そして「組織は多くの時間をかけても、正当な目的を達成することができないが、その目的はかならず明快で合理的な言葉で述べられているので、人はそれにまどわされる。」と辛辣なことばが並んでいます。いや、これはアメリカについて述べた本ですよね。
 ただし「すべての組織」が「不完全な道具」ではありません。「きちんと機能する道具」もあります。では「不完全な道具」の不完全さはどこからくるのでしょう。
 『エイズ・ディザースター』ではいくつかの要素が指摘されています。たとえば「その組織の目標がゆるやかにしか定義されていない」「個人のイデオロギーや信念を無視できない」「みんなが心から同意した目標から組織をそらしてしまうような偶然、事件とか、予期せぬ相互作用がたくさんある」。
 この本によると、「平時だったら、なんとかボロを出さずにやっていけるだけの組織」は最初から「不完全な道具」にすぎない、ということのようです。だけど、平時に「とても上手く機能している行政組織」でさえ、「縦割り行政」であちこちに「すきま」や「溝」があるわけ(みなさん、これはよくご存じですよね)。まして“非常時”には、見慣れた風景は破壊され、要するに廃墟が一面に広がっているわけです。「縦割り行政」が上手く機能できるスペース(日常)は「非常時」には非常に少なくなっているのです。つまり「縦割り行政」そのものが「非常時には役に立たないように制度設計をしてみました」という主張なのでしょう。

*1)『死の病原体プリオン』リチャード・ローズ 著、 桃井健司・網屋慎哉 訳、 草思社、1998年(2001年16刷)、1900円(税別)
 「真犯人はイギリス大蔵省だ」というヒュー・フレイザー博士のことばがこの本にあります。BSEが初めて発見されたときに、適切な補償を出したり流通を禁止した汚染飼料を買い上げたりしておけば大きな問題にならなかったのに、禁止令だけ出して監視も罰則もなしですませたものだから、結局汚染飼料は流通し続け、BSEは拡大した、と。

*2)『そしてエイズは蔓延した(上)』ランディ・シルツ 著、 曽田能宗 訳、 草思社、1991年、2854円(税込み)
 『そしてエイズは蔓延した(下)』ランディ・シルツ 著、 曽田能宗 訳、 草思社、1991年、2854円(税込み)
*3)『エイズ・ディザースター ──ニューヨーク市と国の失策』チャールズ・ペロー 著、 浜谷喜美子 訳、 石川寛俊・松下一成 監訳、 1994年、2548円


 ならばどうすればいいか。まずは「自分たちの組織が不完全である」ことをふだんから前提にすること。つまり「官僚組織は“不完全な道具”でしかない」と明確に認識する。その上で組織の構成員が、学ぶ意欲を持ち実際に行為として学ぶことでしょう。歴史や先人や自分たちとは違って上手く非常事態に対処している組織から、学ぶ(つまり、用心深い医者が「失敗」に備えておくように、官僚組織も「非常時」を想定して準備をしておく……「自分は失敗しない」と信じているお偉いお役人には無理かなあ……)。
 それと「不完全な道具」を使う側の「使い方」も問題となるでしょう。
 「人は間違いを犯す存在である」を前提として、医療安全を私は考えています。すると「官僚組織は不完全な道具である」を前提として、ふだんの行政と非常時の対応とを分けて考える必要がある、ということになりそうです。それは政治家の仕事?  それとも、主権者の仕事?(「お上にお任せ」と言っていたら、駄目ですよねえ)

 そうそう、こんなことばもあります。
・「自分が理解もしていないことでなんらかの決定をしなければならないときには、自分の良心に恥じないようにすべきだ」(アラン・ディッキンソンのことば)(出典は(*1))
・平凡な人間でも、平凡な突き破る道が一つある。それは、自分自身の能力の限界を冷静に見極め、自分一人でなにもかもやろうとせずに他者にまかせることの重要性を認識したときに目の前に開けてくる。(出典は(*4))

*4)『十字軍物語2』塩野七生 著、 新潮社、2011年、2500円(税別)


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2012.02.06 06:58 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

死語(151)原形質膜

 高校の生物の授業で「かつて植物細胞の外側は薄い『原形質膜』で覆われ、その外側は固い『細胞膜』で覆われていた。しかし今は『原形質膜』は『細胞膜』と呼ばれ、昔の『細胞膜』は今は『細胞壁』と呼ばれる」と雑学を習いました。何の役に立つ知識だ、と当時は思っていましたが、とりあえずここでネタにできたのだから“もと”は取れた……かな?
 電子顕微鏡でやっと写る程度の薄さですが、この「原形質膜」、もとい「細胞膜」は、基本的に「脂」でできています(厳密には「リン脂質」(と少量のタンパク質))。
 ダイエット部門では目の敵にされる「脂質」ですが、生きるために必須の「脂」もある、ということは知っておいて損はないでしょう(そうそう、男性ホルモンとか女性ホルモンはコレステロールから合成される、ということも知っておくと、そのうち何かの役に立つかもしれません)。

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