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2011.08.31 18:39 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

深掘り翻訳

障害者福祉サービス、原則無料に 総合福祉法の素案」(朝日新聞)
 2006年に施行された自立支援法は、利用したサービスの一律1割負担が原則でしたが、この法律は2013年8月までの廃止が決まっています。そこで新たな障害者総合福祉法(仮称)の素案が8月30日に内閣府の作業部会でまとまったのですが、これは「サービスの費用負担について食材費や光熱水費を除いて「原則無償」と明記」されているのだそうです。ところがこれにお役人から異論が。たとえば「財源がない」「無償では国民の理解が得られるのか不安」。

○問題
 次の文章を簡潔にわかりやすく書き直しなさい。
 「障害者福祉サービスを無償とするのは、国民の理解が得られない」

○思考過程
 まず私が引っかかったのは「国民」ということばです。私も日本国民の一員のつもりですが「障害者福祉」は現在まだ不足していると考えています。もっと充実させるべきだ、と。すると上記の文章を“翻訳”すると
「障害者福祉サービスを無料にすることには、『障害者に“無料のサービス”を提供したくない(血税をこれ以上投入するべきではない)と考えている国民』の理解が得られない」となります。おやおや、日本語としては正確さを増したようですが、問題で求められている「簡潔に」の逆になっちゃいました。もうちょっと短くする必要があります。
 さらにこの文章では「主語」が不在です。「障害者福祉を推進するべきと考える国民」の意見よりも「推進するべきではないと考える国民の意見」の方が重要である、と判断した「主体」があるはずですが、それがこの文章には登場していないのですから。

○思考の脇道
 解答を書く前に「高収入の障害者に無料サービスはどうなのか」の部分についても考えてみました。もちろん大金持ちの障害者が福祉に“フリーライド”することは好ましいものとは見えません。それはやはり血税の無駄遣いと言えるでしょう。だったら手段は二つあります。一つは所得制限。どのくらい存在するのか私は知りませんが(厚労省はもちろんそのデータをお持ちですよね?)障害者で高額所得者は無料サービスは受けられない、とする。もう一つは、福祉を推進することで、障害者が“最低限の生活”以上のものが送れる程度の収入を得られるようにする。もし後者がうまくいけば、サービスが有料でも今のような不満は出なくなるでしょうし、「自立支援」によって障害者が「自立」して税金を納めてくれたら、「国民」も不平はなくなるのでは?

○解答
 それでは、さきほどの“翻訳”に「主語」を補って、もう一回“翻訳”してみます。
 「お役人は、『障害者に“無料のサービス”を提供したくない(血税をこれ以上投入するべきではない)と考えている国民』を言い訳として、血税をこれ以上障害者福祉に投入するべきではない、と判断している」

 あらあら、ますます長くなっちゃいました。ざっくり削りましょう。
 「お役人は、障害者なんかに、これ以上血税をつっこむことはいやだと考えている」

 残念ながら短くはなりませんでしたが、これが私の最終解答です。


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2011.08.31 06:43 |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

業務妨害

 昔のデパートでは、おもちゃ売り場で通路にひっくり返って「やだやだ、買ってくれなきゃやだ」なんて全身で駄々をこねている子供をときに見かけましたが、いい大人がそれに近い行動をしていることがあります。さすがにデパートではなくて、私がたまにそういった行動や態度を見るのはやはり身近な環境である病院です。
 これが、暴力を振るうとか器物損壊とかしてくれたら警察を呼ぶので話は簡単ですが、そこを上手く回避してでもしっかり迷惑行動、というのが対応に困ります。「自分は患者だぞ」を前面に押し出して病院に無理難題を押しつけ、結果として、病棟スタッフの心を傷つけ他の患者さんにまで迷惑が及ぶ(病棟の雰囲気が悪くなる、急な変更などで他の人の治療スケジュールに影響が出る、スタッフが特定個人に張り付けになってしまって他の人に手が回らなくなる)という行為が日常茶飯事の人がたまに存在します。こういった場合の対応にこちらは苦慮することになるのです。
 ちょうど具体的な例があったものでいろいろ対応を考え、ついには顧問弁護士の所にも相談に行ってアドバイスをもらうことにしました。具体的なことは内緒ですが、そこで指示されたことの一つが「読む目がなければ、カルテを読んでもその意味がわからない。『ちょっとわがままなだけじゃないか、それくらいは我慢するべきだ』『ちょっと無礼なだけなのは、我慢するべきだ』とか思われる可能性もある。だから何が病院にとって問題だったのかが、まったくの他人にも説得力を持ってわかるように、カルテの内容をまとめておくこと」でした。「まあ、これを読んでみてくださいな」で簡単に「ああ、これはひどい」とわかるようにしろ、とのことです。ただしその過程で新聞が得意の「高度の創作性」などを発揮してはいけません。あくまで事実に立脚したものでないといけない、だから日常的なカルテの記載(まとめのもとになる生データ)が重要になる、というありがたい教えでした。
 そこで分厚いカルテを机に置いて、じっくりまとめることにしました。いつ・どこで・誰が・誰に向かって・何を・どう・なぜ、行なったか。そしてその結果何が起きたか。しこしこ書きだしている内にそれらの行為の裏側になにか共通の要素が見えてきました。たとえば……「特権意識」「自分にだけ特別な対応を求める」「共感の欠如」「病院側の人間を“ツール”としてだけ利用する」……あれれ、これってどこかで見た覚えが……しばらく手を休めて沈思黙考……DSM-IVの「自己愛性人格障害の定義」とそっくりじゃないですか。(この障害については以前「自己愛」で書きましたので、定義をここに再掲載はしません)   自己愛性人格障害によく伴う「誇大な感覚」「限りない空想」が表にでていなかったので、すぐには思いつきませんでした。
 まとめは簡潔にしました。(以下の例文は、架空のものです)
【行動の分類】1)自分にだけ特別な対応を求める 2)スタッフの指示に従わない 3)共感の欠如 4)病院スタッフを道具として扱う 5)暴言 6)……
【その結果】A)病院の業務が滞る(スタッフが張り付けになって他の患者への対応が遅れる) B)病棟の雰囲気が悪くなる(大声などで同室の患者さんが萎縮した) C)スタッフの心が傷つく D)……
などとまとめ、次に行動を具体的にカルテから書き出してその直後に【行動の分類】【その結果】をくっつけてみました。
 こんな感じです。
・○月○日朝食後。「朝食のサラダの味付けが気に入らない」と管理栄養士を呼び出し、「味付けを変更しろ」と大声で10分以上言い続ける。主治医が止めても言うことを聞かず、こんどは主治医に「患者が不健康になってもいいのか」と食ってかかる。(1)2)4)/A)B)C))
・○月×日栄養指導で。「塩味が好きな俺に減塩をしろと言うことは、俺に死ねと言うのか。俺は傷ついた。患者を傷つけるとは、お前ら、プロ失格だ」。(4)5)/C))

 ……まあ、こんな感じで毎日の言動をカルテからまとめていくわけです。(繰り返しますが、上の例文は適当に思いついたままの架空のものです。なんで食事関係ばかりかと言ったら、たぶん私が現在空腹だからでしょう。で、もし日本のどこかでこれとそっくりな現実があるとしたら……それは不愉快でしょうね。現場のスタッフに同情します)
 病院の顧問弁護士には「これは良いまとめ方だ」と褒めてもらえました。他の病院からの相談の時にフォーマットとして使って良いか、と言われたので、快諾。
 さて、これでいつ民事訴訟を起こされてもよい……というか、まとめをよくよく見たら明らかに“営業妨害”をされていますね(私自身、カルテをまとめるために休日を半日潰しましたし)。これはこちらから患者を相手に営業妨害を理由に民事訴訟を起こすことだって可能かもしれません(“休日出勤”の分は無理でしょうが)。営業上のメリットがなければたぶんやらないでしょうけれど。たぶん。ただ、先方が法的処置に出たら対抗としてこの文書は使えそうです。使うことはないでしょうけれど。たぶん。でも、もしかしたら……


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 「箸の上げ下ろしにまで口を入れる」という言葉があります。さて、これを“医学的”に検討してみましょう。
 たとえば箸先の位置(口との相対的な空間座標)や箸の角度。箸の先から何センチメートルを持つか。その時すべての指が加える圧力はどのくらいか(小数点以下何桁までを有効数字とするか)。箸の移動速度。その時の各関節の屈伸の方向と加速度。それらをすべて口に出して言わなければなりません。上げる場合と下ろす場合とでは箸(と腕)の軌道は一致しませんから、それぞれ別々に“管制”する必要があります。
 おやおや、「箸の上げ下ろしに正確に口を入れる」のは、とっても大変ですね。アバウトにただ適当に口をごちゃごちゃ入れます?  だけど、アバウトなのは「重箱の隅は杓子で払え」の態度です。一度やると決めた以上はちゃんと「箸の上げ下ろしにまで口を入れる」態度で徹底して「箸の上げ下ろしまで口を入れ」ていきましょうね。


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2011.08.30 06:40 |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

だから

 「植物性だからヘルシー」が流行ったのは何年前(何十年前)でしたっけ。「コレステロールが高いと動脈硬化が進行する」→「コレステロールはヘルシーではない」/「植物性オイルだとコレステロールと同じことは起きない」→「植物性だとヘルシー」、という論理構成から「植物性」を売り込もうというイメージ戦略でした。単純にカロリーを見たら動物性だろうと植物性だろうと差はありませんし、コレステロールは体内で合成されるし、最近だったらトランス脂肪酸の“危険性”も言われるようになったりしていますが。
 「天然だから安心」が流行ったのは何年前でしたっけ。「人工保存料や人工甘味料などは不自然」→「天然のものだったら安心」、ということでしょう。これまた単なるイメージ戦略です。腐るものから保存料を抜けば、食中毒が増えるだけですし、天然の保存料(たとえば塩)が“安全”とか“ヘルシー”かと言えば、私には断言ができません。そもそも「天然」の毒物だっていくらでもあります。
 最近よく見るのが、「無添加だから安心」です。これも上記の二つと同じイメージ戦略から出現したことばでしょう。たとえ製造工程での添加物が一切無いとしても、製品の主成分そのものに何らかの有害な作用があったらどうするんだ、と思いますが、あまりそんなことを言い立てる人はこの世間にはいないようです。温かい世の中ですね。


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2011.08.29 18:40 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(2-16)「島」

「島」……日本国内のものはほとんど「シマ」、国外のものはほとんど「トウ」と読まれる文字
「ランゲルハンス島」……世界地図には載っていない
「多島海」……意外に世界には少ない
「浦島太郎」……時空間を超えて生きられるスーパーマン
「鬼ヶ島」……襲う奴は鬼以上
「三十振袖四十島田」……今なら問題なし
「夢の島」……夢でもなければ島でもなかった
「半島」……島の片身
「三島」「四島」「五島」「八十島」「千島」……三つ、四つ、五つ、八十、千!
「諸島」……十把一絡げ
「島国」……国民が海に顔を向けたら海洋帝国に、海に背を向けたら島国根性になる
「川中島」……川の外にあったらそもそも島ではない
「ひょっこりひょうたん島」……「好き」と「知らない」に人類を二分するアイテム
「島流し」……祈りを籠めて川に島を流す行事


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2011.08.29 06:40 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

夏のニュース

落とし穴に落ち夫婦窒息死 妻と友人、夫驚かそうと掘る」(朝日新聞)
 妻と友人たちが、夫の誕生日の“サプライズ”のために掘った落とし穴に夫婦ではまって砂で窒息死、というのには驚きましたが、あれ、落とし穴は完成した後しばらく放置されていたわけですよね。夫婦が落ちる前にもしもまったく無関係な人が落ちて死んでいたら、「殺人を目的とした、あるいは、未必の故意による殺人を狙った悪意のある悪戯」と報道されていたのでしょうか。そもそも深さ2メートル半の落とし穴って、ヴェトコンがやっていたようなゲリラ戦用に掘ったわけじゃないですよね、たとえ砂が崩れなくても落ちたらタダでは済まないとは掘った人たちは思わなかったのかな。底にマットが敷いてあるから、どんな落ち方をしても大丈夫という判断?(もしもそう主張する人がいたら、砂場にマットを敷いて高鉄棒の上からいろんな落ち方をして「ほら、まったく大丈夫」とむくりむくりと起き上がって見せてください。あ、闇夜と同じ条件にするために、目隠しをしてね。ちなみに私は、足から落ちたら足を挫くし、頭から落ちたら首の骨を折る、という判断です)

 こういった“型破り”なニュースだけではなくて、夏の休日あるいは休日明けには“定番”の水難ニュースが必ず並びます。これはもう「事故」だから仕方ないのでしょうが、私が気になるのは、「水難事故報道で、マスコミの“口調”が過去からずっと同じこと」です。
 WHOの自殺報道ガイドラインで「してはならないこと」と明記されている、「写真や遺書の公表」「手口を詳細に報道」「センセーショナルに報じる」を、平気でずっとやり続けている日本のマスコミですから、それと同様に「水難事故報道にずっと報道姿勢の変化がないこと」は、「後追い自殺の防止」に興味がないのと同様に「水難事故再発予防」にも興味がないことを示している、と私は推定しています。まあ「興味を持つべきである」と法律で決まっているわけではありませんから、「そんなことに興味はない。事故の報道だけ繰り返すのだ」と言われたら、それまでですけれど。

 

 
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2011.08.28 18:03 |  その他(一般)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

フクシマに中間施設

 菅首相が福島県知事に「福島に“中間施設”を」と急に話を持ち出したそうです。
首相発言に県民“反発” 被災者感情を無視」(福島民友)
私が想像する首相の言い分;放射性物質に汚染された瓦礫などは、どこかに保管してから最終処理をしなければならない。福島の立ち入り禁止地区はしばらくは(十分な回数の半減期を過ぎるまでは)他に使い道もないのだから、そこを中間処理の場所(要するに最終処分をするまでの保管場所)として使えば、移動距離も最小限ですむし、一番他の地域に影響は出ないから(無関係と思っている地域の説得をせずにすむ分、為政者も楽だし)、選択できる中ではベストと言えるだろう。
私が想像する県知事の言い分;福島は「核のゴミ捨て場」ではない。早く県民が帰宅できる方策を考える方が先だろう。何より、県民の未来への希望を潰すことは許せない。

 首相の言い分は非常に科学的というか論理的というか、たぶんリクツとしては正しいのだろうと思います。ただ、そこの住民の「感情」を考慮に入れていない(考慮に入れていたとしてもそれは「論理で説得できるもの」と思っている)点に、県知事が反発、という図に私には見えます。

 ここで私が連想するのは、当然「沖縄の基地」です。県民が、というか、日本中どこに持っていこうとしてもその地域住民が歓迎しない施設を、なんとか“そこ”に押しつけて定着させようとする政府の行動は、どちらもよく似ている、と感じます。そして「新たに引き受けよう」と手を挙げる自治体がないことも、これからたぶん同じになるのではないでしょうか。
 さて、ふだんから政府を批判している元気の良い首長さんが日本のあちこちにいますが、当然この「福島に中間施設」にも反発されることでしょう。で、「では自分の所へ」と手を挙げる人がいるか、と言えば……いないでしょうね。それとも、いるのかな?


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2011.08.28 06:58 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

説明義務

 たとえば「成功率30%の手術」を、詳細を一切説明せずに「大丈夫大丈夫、私に任せなさい」と言ったり、あるいは「30%」は言っても「世間一般ではそうだが、あなたの場合には大丈夫。太鼓判を押します」と“説明”する医者がいたら、それは“有罪”です。インフォームド・コンセントに反している、という以前に、人としていい加減な点が倫理的に許されないでしょう。
 医者の場合にはそれで話が終わってしまいますが、では、弁護士の場合にはどうでしょう。医療訴訟の相談に来た人に「医療訴訟の認容率(原告が勝つ率)が他の民事訴訟に比べて異常に低いこと」をちゃんと説明しなかったり、あるいは「あなたの場合は大丈夫大丈夫」と安請け合いして結局裁判で負ける弁護士……の話は「口車訴訟」で書きましたが、あれからもう一歩先を考えています。もし「世間一般では医療訴訟の認容率が低く、それが最近さらに低下していること」を説明していなかったり、あるいは「他の弁護士と比較して、自分が原告を勝たせる率が低いこと」をきちんと説明していない(そして多くの裁判に負けてしまう)弁護士の場合、「説明義務違反」を問うことができる(着手金を返せ、賠償を払え)のではないか、と思うようになっているのです。医療訴訟の場合「説明義務」は重たいものですよね?
 さらにそういった弁護士は、社会資源の濫費(司法を無駄に忙しくする)と本来なら平穏な社会生活を送れていたはずの人たちを訴訟に巻き込むことで苦痛を与えエネルギーと時間と金を浪費させた、ということで「社会正義に反する活動」をしている、と言ってもよい、とまで私は思っています。
 もちろん「悪いことが起きる可能性もきちんと説明をしている弁護士」「たとえ裁判に勝っても満足感を得られる可能性は低いこともきちんと説明している弁護士」「裁判に負けない腕の良い弁護士」だったら、上記は無関係な話です。

※医療訴訟で医者が一方的に求められる「説明義務」を、ちょいとひっくり返してみました。


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2011.08.27 19:16 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

心残り

 この夏の心残りの一つは、東大病院の「健康と医学の博物館」に行けなかったことです。夏の初めに久しぶりに上京(東京に上る)したので行こうと思ったら「この夏は節電のために閉館」でした。残念。
 もう一つの心残りは、京都でのフェルメール展にまだ行っていないことです。「健康と医学の博物館」は逃げませんが、こちらには時間制限があります。はやいとこ「上京(京都に上る)」して見に行かなくては。この機会を逃したら、もう一生会えないかもしれませんので。


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 正岡子規の「子規」が「ホトトギス」であることは、一部では有名な話でしょう。ではなぜホトトギスなのかといえば「肺結核で喀血している自分」と「鳴いて血を吐くホトトギス」とを重ね合わせたからですが、ではなぜホトトギスは血を吐くかと言えば「杜鵑の吐血」という故事からだそうです。どんどん長くなるのでこの故事の内容に興味のある方はご自分でネット検索でもしてください(不親切でごめん)。ちなみに「ホトトギス」を「不如帰」と書く理由も、この故事にあります。

 以前私は『細雪』に出てくる「家庭の医学」について書いたことがあります(「読書感想『細雪』」、「読書感想『細雪』(2) ──カラフルな病気──」)。そこには、上流階級だからこそ可能な「家庭の医学」(注射、個人で購入した独逸製の薬など)がありました。ただ「家庭で治療をするのは当然」という“常識”がそのベースにあったのだろう、と私は想像しています。さらに「科学(細菌学)」をベースとする近代医学がその“常識”を下支えしていたのでしょう。
 対して、明治時代の正岡子規が受けた家庭介護は壮絶です。上からは喀血と痰、背中からは大量の膿(脊椎カリエスの“穴”がいくつも開いていました)、下からは便。一体どんな悪臭が正岡家には漂っていたのだろうか、と思います。日記を見るとものすごい食欲ですから、便も大量になったはずですし、痛みで力めないのでほとんど垂れ流し状態でした。下の世話だけでも大変です。
 そういった病状の重さにプラスして、(『細雪』とは違う)「貧乏」というファクターが加わります。『細雪』のような「病人は離れに隔離して看病人が看病する」ではなくて「生活の場の中心に重病人」なのです。収入のほとんどは食費に消えます(当時のサナトリウムはすごい豪華メニューですが、正岡子規の食事も大したものです)。

 さて、医療費を少しでも安くするために「病院を減らして、病人を家庭に」という考えがあります。「そんなに昭和や明治に戻りたいのか」と私は思いますが、それは「どんな社会を理想とするか」で決めればよいことでしょう。ただ、介護・看病する人間に負担があることは“計算”に入れておいてください。『細雪』のようにプロの看護婦を雇用してさらに家族の一人が専任でつく(さらに家事は家族ではなくて使用人がする)環境だったら、看護人の疲弊は最小限ですむでしょう。しかし、『病床六尺』『仰臥漫録』では、子規の介護・看病にあたったのは母親と妹です。子規自体「もともと教養がないし、専門的な訓練を受けていないのに、一人何役もやらされているから、どうしても動きに無理と無駄が生じる。だから介護が行き届かない」と指摘しています。特に子規の場合、俳句関係の人間がたくさん集まりますから、その接待役までこなさなければならないのですから、大変の何乗かだったのですが。もしもそれに「家計費を稼ぐ」ことまで彼女らが求められたら、おそらく正岡家は崩壊していたでしょう(子規には、新聞社から在宅勤務ということでの月給が出ていました)。
 子供が病気の親を自宅に引き取って面倒を見る……言葉で書くと“美しい”文章ですが、核家族だったら厳しくありません?  生活費を稼ぐことと介護との両立はどうしましょう。社会参加もする必要があるんですよね。いつやりましょう。
 あ、そうだ、家庭での主介護者には「生活保護」を自動的につけます?  これだったら少なくとも「生活不安」は最低限にすることができそうです。

参考図書:
まんがで読破 病床六尺』正岡子規 原作、バラエティ・アートワークス 漫画、イースト・プレス、2010年、552円(税別)
仰臥漫録』正岡子規 著、 角川ソフィア文庫、2009年、667円(税別)



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