医者になって嫌だったことの筆頭は、患者さんが良くならない、それどころか亡くなってしまうことがあることでした。それは心を傷つけます(「医者は患者のことで心は傷つかないほど強い」なんて信じている人は、人間のことがわかっていません。「プロとして軽々しく動揺を表に出してほかの人の不安をかき立ててはならない」だったら“正”ですが)。しかし、医学にも医者の能力にも限界はあり、医者をやっているかぎり、患者が悪くなる事態を避けることはできません。
傷つくたびにどこかに籠って傷が癒えるまで待っていたら、他の患者さんや次の患者さんへの対応ができなくなります。プロの医者としてはその状態に慣れるしかないのですが、ちょうど体の傷の処置をするときに局所麻酔注射を打つように、そういった心の傷に対してもなんらかの“局所麻酔”が行なわれていたのではないか、と私は想像しています。少しずつ耐えやすくなっていきましたから。
その局所麻酔が下手な(あるいはできない)人は、早期に“燃え尽き”て現場を去っていくしかないでしょう。でも上手くできたら、長持ちします。ただ問題は、局所麻酔が効きすぎた場合です。その場合には、広範囲に心がしびれてしまって、患者さんへのシンパシーを示すことができなくなることがあるのです。
よく「患者の訴えに冷淡な医者」がいます。最初から心に装甲をまとっている人(対人関係が無神経な人)もいるでしょうが、中には「心が傷だらけで、局所麻酔を打ちすぎてそれが効き過ぎてしまっている人」もいるのではないか、と私には思えます。そのどちらにしても(あるいはそれ以外の原因だとしても)「自分は患者の苦悩を引き受けたくない」「患者の苦痛なんかどうでもいい」と積極的に思うようになってきたら、それは臨床医の辞め時(あるいは心理療法などを受けるべき時)なのかもしれません。“局所麻酔”が心全体を麻痺させるようになってしまっているのですから、医者である以前に人間として問題を抱えてしまっていることになりますので。
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