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1975年〜88年まで、アメリカの上院議員ウィリアム・プロキシマイヤーは「もっともばからしく、もっとも無駄な政府予算の使い方」に対して、「ゴールデン・フリース賞」というものを創設して贈呈しました。納税者に対して政府の税金の無駄遣いを知らしめるための政治的行動(プラス、自分自身をマスコミと有権者に売り込むためのパフォーマンス)だったのでしょう。「テレビの見方教室」とか「ウスターソースの買い方を説明した文書作成」とかに連邦政府予算がついた、と聞くとたしかに「おいおい」と言いたくなりますが……問題は「“役に立たない”基礎研究」もその中に混じっていたことです。
で、その賞をもらった人の中にエイドリアン・フォーサイスという研究者がいました。彼のゴールデン・フリース賞授与対象は「蛍の光の研究」。
「一体何の役に立つんだ」とプロキシマイヤー議員が言いたくなる気持ちも少しはわかります。ただ……
結核菌の培養には時間がかかります。ふつう二箇月。さらにその菌が耐性菌かどうかの判定にはさらにもう一箇月。ところがフォーサイスの研究から得られた、ホタルの酵素を触媒にした光反応を使うと、結核菌の判定が数日でできるようになったのです。(ちなみに、この反応は結核菌以外の細菌にも広く応用ができて、たとえばコカコーラの瓶の残留細菌チェックにも用いられているそうです)
ということで、エイドリアン・フォーサイスはこう言っているそうです。「国家の意思決定の最高位にいる人々の無知ぶりを見るよすがとして、この賞のことを記憶にとどめておくと良い」(*)。いやあ、強烈なしっぺ返しです。プロキシマイヤーさんはせめて、イグ・ノーベル賞くらいの楽しい雰囲気にしておけば良かったのにねえ。露骨に人を馬鹿にすると、その「馬鹿にしたこと」自体が馬鹿だった場合に、すべては自分にブーメランで返ってくるのですね。
なお「ゴールデン・フリース賞」は「カブトガニの研究」にも贈られていますが、まさにそのカブトガニの血液の研究からリムルス遊走細胞溶解検査薬(リムルス試薬)なんてものがその後商品化されていたりします。(プロキシマイヤーは、財政健全化にだけ夢中になっていて、1967年のノーベル生理学・医学賞がカブトガニの目の研究をしたハルダン・ケファー・ハートラインに与えられたこともご存じなかったのかもしれません)
ただ「商業的な成功をしない基礎研究はクズだ」「商業的な成功をした基礎研究は褒め称えよう」と言う人は、科学史をもうちょっと勉強した方がよい、と私は思います。研究としての重要性と商業的な成功とはまったく別のものなのですから。そして、商業的な成功しか見えない人は、学問の世界には首を突っこんだり口を出したりはしない方がよい、とも思うのです。「こんなの下らない基礎研究だ」と言っていた人が「この基礎研究から素晴らしい商品が」と聞いた瞬間に褒め称え始めるのは、「なんだこの下らない絵は」と言っていた人が「それはピカソですよ」と言われた瞬間「おお、さすがピカソ」と臆面もなく言っているのと良い勝負にしか見えません。ピカソだろうが無名の新人だろうが、自分にとってそれが気持ち良い絵かどうか、で判断した方が(商業的にはどうかは別として)幸せな人生に近いんじゃないか、なんて思うのですが。ただ、そのためには“見る目”と“自分の人生に対する自信”が必要です。そしてそれと同じことは、絵だけではなくて学問や研究に対しても言えるでしょう。
「自信」はあっても「見る目」がない人が国家の意思決定をやっていることが多いのが、こう言った問題では最大の困ったことなんですよねえ。
参考図書:
*)『メディシン・クエスト ──新薬発見のあくなき探究』マーク・プロトキン 著、 屋代通子 訳、 築地書館、2002年、2400円(税別)
世界のあちこちに存在する生物資源の中に、まだわれわれが知らない新薬候補がたくさん存在しているのではないか、と探究してきた人々の物語です。クラーレとかヤドクガエルといった“ポピュラー”なものもありますが、非常に変わったものもたくさん登場しますし、最後には地球規模で環境を考えないと、という気にさせられる好著です。(現在開催されている「COP10」に関連した話題も豊富ですが、あまり偏った主張をしていない点にも好感を持てる本でした)
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