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2010.09.07 18:50 |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

喫煙率

 今までに何度か新聞に「喫煙している医者が○%も!」といった記事が載っているのを読んだことがあります。
 たしかに、患者に向かって禁煙を勧める立場の人間がぷかぷか吸っているのはまずいでしょう。私自身、そんな自覚があって煙草を止めました。しかし、と私は思います。「医者は禁煙するべきだ」と主張する(あるいは喫煙している医者を責める)新聞記者の喫煙率はどのくらいなのだろうか、と。「他人は吸うべきではない」と主張する集団の喫煙率はきっととっても低いんですよね?(少なくとも新聞の“主張”はそうであるように私には読めます)
 よけいなお世話?  そりゃまた、失礼しましった。


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 映画「おくりびと」の原作、というか、元になった作品です。
 北陸の気象と風土の中、生と死を見つめ続けた著者の“日記”ですが、実体験を元に親鸞の「教行信証」や「歎異抄」を読み解くところには、独特の迫力を感じます。一般の人には「死体を触る」ところの方がインパクトがあるかもしれませんけれどね。
 私自身、「死」はこれまでにたくさん見てきました。こういう商売をやっていますからそれは仕方のないことなんですが。私は生から死への移行は、デジタル的な「生/死」ではなくてアナログ的な「生→死」である、と理解しています。ただ、本書の著者のように「死を見続けることで、生に〈ひかり〉を感じる」境地にまでは達していません。私自身、まだ「生への執着」が強いのかもしれません。著者は「死に近づいて、死を真正面から見つめていると、あらゆるものが光って見えてくるようになるのだろうか。」とさりげなく書いているのですが(そして、その実体験が、親鸞の独自の理解へと繋がっていきます)。

 本書には、たとえば「気象が風土の貌を作ってゆく。山に雪が降っているのではなく、雪が山を作ってゆく。」というまるで詩のような文章があちこちに散りばめられています。しかし私が気に入ったのは「東洋の思想、特に仏教は、生死を一体としてとらえてみた。生と死の関係をみぞれの中の雨と雪の関係のようにとらえるなら、〈生死一如〉=〈みぞれ〉であって、雨と雪と分けるとみぞれでなくなるというとらえ方である。」という考察の部分です。で、このあとに、宮澤賢治のみぞれ(と妹の死)を書いた詩「永訣の朝」が引用されるのです。「永訣の朝」も私は好きなのですが、ここでは『納棺夫日記』の世界とダブルの効果を示してくれて、思わずほろりと来てしまいます。
 しかし著者は様々な本を読んでいます。で、その中の何冊もが私の好みと重なっているので嬉しくなってしまいました。

 「死の現場」から離れて「空理空論」で生と死を論じる人たちに対して著者はちょっと厳しい見方をしている描写がありますが、私はそこでこんな文章を思い出していました。

>>「ハイデガーは、本当の意味で生きるためには、死と真正面から向き合っている必要があるといっている」ディロンが言った。
 カーニーが辛辣な笑い声を上げた。「ハイデガーなら知ってるよ、何しろおれは大学で哲学の学士号をとったんだ。でもいいかい、賭けてもいいが、ハイデガーがそれを書いたのは書斎の机でだったはずだよ」
(ディロンはIRAの凄腕テロリスト(元)、カーニーはベトナム戦争の英雄、つまり二人とも、自分の身近で人が死ぬこと・自分が人を殺すこと・自分が殺されかけること、には“プロ”なのです。『サンダー・ポイントの雷鳴』ジャック・ヒギンズ)


書誌情報:『納棺夫日記』青木新門 著、 文春文庫(増補改訂版)、1996年(2009年20刷)、467円(税別)


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