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 「代理によるミュンヒハウゼン症候群 Munchausen Syndrome By Proxy 略称MSBP」についての本です。
 そもそも「ミュンヒハウゼン症候群」は、「虚偽の症状や病歴を捏造して医療機関を訪れ、治療や検査を要求する患者」の一部のことです。単なる詐病や不安症と違うのは、派手な症状(「大量の吐血をした」「痙攣発作が10分以上続いた」「ものすごい腹痛と嘔吐が7日間続き、その間水一滴飲めなかった」「狭心症の発作が頻発して死にそうだった」など)を訴えたり、自分で自分の身体を傷つけたり尿に血を混ぜたり皮下に自分で注射器で空気を注入して「変な腫瘍ができた」と医者を困惑させたり、積極的に様々な手を使うことです。また、治療や検査や手術を基本的に大喜びで受けます。で「異常なし」と言われると怒って医者を替える。その真の「動機」は(本人たちが教えてくれないので)不明ですが、「病気」によって自分に注目・関心が集まること、ではないかと推定されています。
 この「病気」については、1951年「Lancet」にR・アッシャーが「ミュンヒハウゼン症候群」として論文を発表しました(英語読みだと「Münchausen」はウムラウトがなくて「マンチョウゼン」になるのだそうです。さすが大バッハを「バック」と発音する文化ですな)。マンチョウゼンではなくて「ミュンヒハウゼン」はドイツの「ほらふき男爵」の名前です。あまりに突拍子もない患者の訴えが「ほら」と通底する、と名付けられたようです。メディア受けを狙った、という話もありますが。
 で、「自分自身」ではなくて「代理人(ほとんどは自分の子ども)」に「病気」を作ることで同じ効果を得ようとするのが「代理によるミュンヒハウゼン症候群」です。1977年「Lancet」に、ロイ・メドウが「代理によるミュンヒハウゼン症候群 ──子どもの虐待の奥地」という論文で報告をしました。
 これは子どもの側から見たら「虐待の一類型」ですが、親の側から見たら「精神疾患」となります。アメリカのDSM-IVは後者の立場ですがロイ・メドウは前者の立場です。
 困るのは、小児科は、病歴を親から聞くことです。親は子どもの病気を治すためには協力的、が前提ですから「親が意図的に嘘をつく」ことは最初から“計算”に入っていません(勘違いや記憶違いや大げさに言う、なんてことは“計算”に入っています)。「代理によるミュンヒハウゼン症候群」はそこを巧妙についていたのでした。
 ここでメドウたちが「言葉の定義」にこだわるのは、それが治療や援助に結びつくかどうかに関係するからです。虐待をすべて代理によるミュンヒハウゼン症候群に含めてしまったら、適切な親への援助はできません。事態が混乱するだけです。さらに、虐待をする親の中には、彼ら自身がミュンヒハウゼン症候群である場合があって、さらに事態が複雑になります。
 最近、京大付属病院でしたっけ、点滴に汚物を混ぜるタイプの「代理によるミュンヒハウゼン症候群」がありましたね。油断も隙もない、といった感じですが、患者さんや家族の話や行動を頭から疑ってかからなければならないとしたら、あまりに淋しすぎます。なんでこんな「病気」が出てくるようになったんでしょうねえ。本書には「医療の進歩もその一因」と指摘されていますが、だからと言って退歩させるわけにもいきませんし……


書誌情報:『子どもを病人にしたてる親たち ──代理によるミュンヒハウゼン症候群』坂井聖二 著、 明石書店、2003年、1600円(税別)



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