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子供時代に遊んでいて、誰かが犬の糞を踏んづけたりしたら、まわりから「バイキン」とか「エンガチョ」なんて声があがるものでした。で、そいつが近づいてきたらみなが逃げ回る、というわけ。
まあ、遊びなんですけどね、でも、「バイキン」扱いされる側はけっこう不愉快な思いもしましたっけ。
ところがそれは子供だけではなくて大人の世界にもあります。
古くは新約聖書でのらい病患者の扱いを持ち出したくなりますが、思いっきり新しくしてここ数十年のことに絞っても……B型肝炎・C型肝炎・HIV・SARS……そうそう、昨年の新型インフルエンザも、罹患した人は露骨に「バイキン」扱いでしたね(覚えていますか?)。確たる法的根拠も無しに空港から隔離施設に拉致監禁されてしまったのですから、少なくとも「基本的人権を持った人間」への扱いではありませんでした。
しかし、「人をバイキン扱いする」のは、古くは聖書を持ち出せば“歴史的にはよくある態度”なのでしょうが、結局どんなメリットがあるのでしょう? 強いて言うなら「黴菌の蔓延を防止して社会を防衛する」という大目的が上げられそうです。しかしそのために必要なのはまず「その“黴菌”の感染経路がいかなるものか」の特定です。一律に「人をバイキン扱い」することではなくて。
つまり、「空気感染」「飛沫感染」「経口感染」「接触感染」「性行為による感染」など、感染経路ごとに“対策”を立てる必要があるのです。
そういえば私はこれまでに、「MRSA保菌者」や「肝炎ウイルス感染者」が、家族によってバイキン扱いされて、孫を抱くことさえできなくなって悲しんでいた、という事例をいくつか経験しています。これがたとえば「肺結核で排菌陽性でこんこん咳をしている人」が「孫を抱いてはいけない」と言われるのはわかります。「抱いている孫」に「結核菌」を浴びせることになるのですから。MRSA保菌者でも咳やくしゃみを盛大にしているのだったら他人にその飛沫を浴びせるのは避けた方が良いでしょう。だけど「触るだけでは他人に感染させる危険がない人」をバイキン扱いして「孫を抱かせない」などと決定する人の頭の中は、一体どうなっているんでしょうねえ。
それ以前に、そういった「他人をバイキン扱いする人」自身が、たとえばMRSA保菌者である可能性も高いのですが(データは持っていませんが、(院内感染ではない)市中感染としてのトビヒの過半数がMRSAによる、という小児科領域の報告からの類推です)。もしも「自分は保菌者だけど、それには知らんぷり。だけど他人の保菌者はばりばりにバイキン扱いするぞ」という人がこの世に蔓延しているのだったら、それは、冗談のような悪夢かな?悪夢のような冗談かな?
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