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2010.08.28 17:42 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

二酸化炭素

 研修医になってまだ日が浅かったとき、夜中に内科病棟をうろうろしていたら「患者さんが少し苦しそうです」と夜勤の看護婦さんに声をかけられました。緊急事態ではなさそうなので落ち着いて診察すると、慢性呼吸不全で酸素を少量吸入している状態です。で、その看護婦さんもまだ卒業して日が浅くて不安なわけです。自分の勤務中に急変があったらどうしたらいいのだろうか、念のために主治医に連絡しておいた方が良いだろうか、それとも何かできることがあるだろうか、と。そこにふらふらと新人研修医が現われた、というわけで、とりあえず「溺れる者は藁をもつかむ」だったわけでしょう。私は藁です。反論はできませんが。
 「先生、酸素が少なすぎるのでしょうか? 増やした方が良いですか?」
 そこで私が「いや、急に酸素を増やすと息が止まることがあります」と言ったのは、彼女にはちょっと意外な発言だったようです。でも、頭が良い人だったらしく、私が「ほら、CO2ナルコーシスが」と言った瞬間「あ」と了解してもらえたので助かりました。
 呼吸は、できないと困りますが、とにかくすれば良いというものでもありません。血液の中の二酸化炭素と酸素のバランスを絶妙に保つ必要があります。無駄にエネルギーを浪費して過呼吸を続けると、血液中の二酸化炭素が余分に排出されます。二酸化炭素は水に溶けると「H2O + CO2 → H2CO3 → H+ + HCO3-」で酸となります。ところが正常バランスを失してCO2が体外に出ると、結局血液のpHはアルカリ性に傾きます。(動脈血のpHは、ふつう「7.35〜7.45」の範囲内に調節されています。「7.0」より上ですから化学的には「アルカリ性」に見えますが、生物学的にはこの範囲が「中性」です。そこを勘違いすると「アルカリ性だから健康」なんてことを言うことになります) で、血液のpHが(普段の範囲より)「アルカリ性に傾いて、不健康になった状態」の代表が「過呼吸症候群」です。(だから「過度のアルカリ性」は不健康ですよん)
 で、ふだんの呼吸は「CO2を過剰に貯めこまない」ことを目標に調節されています。二酸化炭素は要するに「毒ガス」ですし、過剰に貯まるとこんどは血液が酸性になって、これはこれで困るのです。(たとえば動脈血のpHが7.2で、化学的にはアルカリ性でも、これは生物学的(あるいは医学的)には「酸性」と表現されます。もし検査でこんな数字が出てきたら、表現をどうするか、以前に、私は顔色を変えて患者の所に走り始めますが)
 そうそう、腎臓も血液中のイオンを尿として排出することで全身のpHを調節していますから、少々の偏食をする程度では体内が酸性になったりアルカリ性になったりすることはありません。なったらそれは立派な病気です。ですから「アルカリ食品を食べて身体をアルカリ性にしよう」としても、それでアルカリ性になるのはおしっこです。身体は“中性”を保ちます。もし食べただけ体内環境が“アルカリ性”になったら、それは立派な病気です。
 で、慢性の呼吸不全だと、話の趣が違ってきます。異常事態が長く続くと人体はそれに順応しようとします。「○○であるべきだ」と言っても実際にそれができない状態だったら、優先順位をつけて重要でないと判断されるものは切り捨てます。で、慢性呼吸不全の場合、「病気によって蓄積されるCO2」についてはもう目を瞑ってしまって、生命維持のためにとにかく最低限の酸素だけは確保できるように呼吸しよう、と大方針が変更されてしまいます。CO2を追い出すことに血道を上げてしまうと、それでなくても失われつつある体力がさらに削られてしまって死期を早めることになってしまいますから、血液のモニターの対象をCO2からO2に切り替えるわけです。
 さて、そんな状態の人に、うっかり酸素をどんと投与したらどうなるでしょう。体は「酸素が急に増えた。だったら呼吸に回すエネルギーを他に回しても良いよね」と判断します。呼吸が止まり、CO2はますます蓄積します。
 ところで、CO2には血管拡張作用があり、蓄積すると脳に影響が出ます。一番目立つのは意識障害です。CO2で麻酔がかかったようだ、ということで「CO2ナルコーシス(narcosis((麻酔薬などによる)昏睡状態)」と呼ばれることになります。こうなると大変です。こうなったとき私が思いつくのは、人工呼吸器だけです。
 ときどき思うことがあります。あの夜「呼吸困難? じゃあ、酸素を1リットル増やして」なんて言わなくてよかった、と。


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2010.08.28 06:39 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

インクレチン

 医学史では「1921年の(バンティングとベストによる)インスリン発見」は非常に大きな出来事として扱われます。ところがそれより前、1906年にMooreらは、腸管粘膜の抽出物に尿糖低下作用があることを発見していました。そして1932年La Barreらは腸管粘膜由来の消化管ホルモンに血糖降下作用があることを発見しそれを「インクレチン」と命名しました。
 このインクレチンはいくつかの物質の総称なのですが、ちょっと面白い性質を持っています。私たちが食事をして消化活動が高まると腸管から分泌され、膵臓に働いてインスリン分泌を増加させるのですが、この時重要なのは、血糖が高ければインスリン分泌が高まるが、血糖が高くなかったらインスリン分泌は高くならない、という非常に合理的な機能を発揮する点です。理屈上は、ノンカロリーのものをたらふく食べて胃腸を動かしたとしても、インクレチンが分泌されてインスリンが増えて血糖が下がってしまう、なんて事態は生じない、ということになるのです。すごく都合がいいですよね。
 ということで製薬会社は現在次々この系統のお薬を発売中です。すでに糖尿病の内服薬は大きく分けて5種類あるのですが、さて、この最新作が“決定打”になるのかしら?  私はこれまでの医者としての人生で何回も「画期的な新薬」に裏切られ続けていますので、用心深く期待しながらその動きを見ています。


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