皮膚科に「尋常性乾癬」という病気があります。ついでですが、「尋常性」=ありふれた、なので「尋常性乾癬」は「乾癬で一番ありふれたもの」となります(なんで医学用語でこんなに難解なんでしょうねえ)。私は教室でスライドが始まると眠くなる不思議な習性をもっていたため、大学でこの病気を習ったときには、スライドでちらっと見た「盛り上がった皮膚がぼろぼろと剥がれ落ちている状態」と「PUVA療法」ということばしか頭に残りませんでした。
今まではこの病気を持った人に会うチャンスがなかったのですが、最近になって入院してこられた人が10年くらい前からこれ、ということで皮膚科で内服薬を続けておられました。調べると主成分はビタミンAの誘導体のようですね。ところが処方をしようと問屋に薬局から注文を出してもらうと、この薬の会社のMRさんがすっ飛んできたのにはびっくり、話を聞いてさらにびっくり。
この薬には「催奇形性」という困った副作用があります。ですから「女性は服用中と服用終了後2年、男性は服用中と服用終了後半年は子作りをしないこと」「服用終了後も2年間は男女とも献血には行かないこと」を本人に説明しろ、というのです。
私は苦笑いをします。「それはしますが、後期高齢者で半分寝たきり状態ですよ。頭はしっかりしているから本人に確認はできますが、これから子作りはしないんじゃないかなあ」
しかしその苦笑いはMRさんの次の言葉で凍りつきます。「二枚複写の説明用紙があるので、説明が済んだらそれに主治医がサインをし、ご本人からも署名をもらってそれぞれが一枚ずつ保管してください。それから、処方するごとにこの説明が必要です」
私の病院では定期処方は2週間ごとです。つまり2週間ごとに私はこの書類の束を持ってベッドサイドに出かけ「子どもは作らないように、献血には行かないように」と説明をしなくちゃいけないわけです。
私は日本政府を小声で呪いました。
なお後刻ベッドサイドに行ってその説明をしたら「子作りだってぇ?」と大笑いをされたあと、「そんな面倒な書類、先生が自分に替わってサインしてくれないか」と頼まれてしまいました。私だって誰かにかわって自分のところにサインして欲しいのですよ。あ、その前に毎回毎回説明をする役もね。
……もちろんちゃんと「自分の役」は定期的にやりましたよ。小声で日本政府を呪いながらね。
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紙巻き煙草の「フィルター」って、一体何のためについているのだろう、と思ったことがあります。親父が昔吸っていた缶入りピースは、たしか両切りで、フィルターなどはついていませんでした。ただ、両切りだと吸っているうちに口の中に葉っぱが入ってきてわずらわしい、ということはあるでしょう。でも「口腔内への葉っぱ侵入防止フィルター」だったら、極端な話紙一枚で充分です。あんな厚みのあるフィルターをわざわざ装着する必要はありません。
昔聞いた話で裏は取っていませんが、「紙巻き煙草のフィルターの機能」には、煙の温度を下げる・有害物質を吸着する・脇から空気を煙に混ぜていろんな物質の濃度を下げる、なんてものがあるのだそうです。「紫煙」を「薄めた紫煙」にする装置なのかな。中には「香りを加えるフィルター」なんてものもあるので必ずしも一方的に薄まるわけではなさそうですが。
で、受動喫煙の問題で必ず上がるのが「副流煙」です。フィルターを通った「主流煙」は成分がある程度コントロールされていますが、燃焼点からゆらゆら立ち上る煙はまるで野放し。なんでもあり。だから一酸化炭素とニコチンとかタールとかあれやこれやが主流煙の数倍!
で、この「数倍」が一人歩き(あるいは「伝言ゲーム」を)すると、「受動喫煙の害は、喫煙者がこうむる害の数倍!」になります。
ちょっと待って、と私は呟きます。
私ももちろん、受動喫煙は嫌いです。理由は単純。くさいんだもの。現在の私の環境で煙草の煙に接するのは、職場などでの宴会のときだけですが(プライベートでは、喫煙を許す飲食店には極力行きません)、帰宅したらすぐシャンプーしないと髪が臭いし、冬だとセーターが悪臭の固まりになります。ただ「健康上の害」だと、周りの人間がこうむる受動喫煙の害と、吸っている本人がこうむる害とは単純比較は難しいんじゃないでしょうか。特に屋内だと、吸っている本人は主流煙だけではなくて副流煙も吸うことになりますから、もし「主流煙より副流煙の方が危険」なのだったら喫煙者の「主流煙+副流煙」はもっともっと危険ということになります。
たしかフレデリック・ブラウンのショートショートに(タイトルは失念)、副流煙が殺意を生じさせる、というものがありました。漂流する宇宙船に閉じ込められた二人の男。このままでは酸素不足で共倒れになるのでどちらかが生き延びるためにはどちらかが犠牲にならなければならないけれど、その決断にはもう少し時間の余裕がある、という状況です。「文明人」としてなんとか理性的に振舞っていた二人ですが、一人がこっそり煙草を喫っているのをかぎつけたもう一人が、貴重な酸素を自分勝手に消費しやがって、と相手に対する殺意を抱いてしまいます(もちろん吸っている方にも言い分はあって、本来はヘビースモーカーなのにぎりぎりまで我慢していたのです)。「こんな状況でも煙草を喫うお前なんか、死んでしまえ。いや、俺が殺してやる」……となって、さて……いやあ、煙草が本当にコワイ小道具として生きていましたっけ。
さすがに地球ではまだ酸素には余裕がありますし、煙草が地球温暖化にどのくらい寄与しているかもわかりませんから、煙草を喫っているだけで殺意を抱かれることはまずないでしょうが、もしかしたら、「周りの人間に無理矢理副流煙を吸わせて平然としている」ことから生じる周囲からの人物評価(おそらくマイナス方向のもの)が実は喫煙者の将来にとっての「危険因子」である可能性が一番高いかもしれません。
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