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そろそろ日本各地の学校では夏休みが始まったようですね。
昔の小学生の夏休みの宿題の定番は絵日記と昆虫採集、と聞いたことがあります。私が育ったのは林などは影も形もない環境で、もしも昆虫採集が宿題で出たら、ゴキブリと蝿と蚊がメインで、夜になったら飛んでくるカナブンや蛾が彩り、となったでしょう。河口に行けばフナムシも手に入ったかな。
で、その頃田舎で「昆虫少年」として昆虫採集を盛んにしていた人が後日少年時代の思い出をエッセイに書いていたのですが、その中に「自然破壊をしてはいけない」と都会から来た大人に注意されたことを読んだ覚えがあります。で、その人(誰だったかなあ、北杜夫?)は「子どもの昆虫採集で、昆虫が死滅したり自然環境が破壊されることはない」と言っていましたが、私はその意見に賛成です。子どもが採る程度は“誤差の範囲内”です。他の虫や鳥が補食する量とは何桁も違うはず。もし「人間による自然破壊」を問題とするなら、昆虫採集に関しては「業者」による乱獲を問題とした方が効果的でしょう。欲に駆られた人が特定の昆虫を集めるために卵の段階でまとめて(下手すると木ごと)自然からむしり取っていく行為は、その昆虫をその地域で絶滅させるのには、ずいぶん“役立つ”のです。さらに、「昆虫」を直接のターゲットとはしていなくても、大規模な「開発」は、その地域の環境そのものを破壊・変質させることになります。
そういった「大人の行為」を無視して、自然破壊でも何でもないいたいけな子どもの昆虫採集を咎めるのは、私には自然愛好家でも環境破壊反対派でもなくて、単に「自分より弱い人間をいたぶって喜ぶ人間」の行為にしか見えませんでした。
そういえば、七夕での笹流しでも似たニュアンスを私は感じています。「笹などを流すのは、川や海を汚染する」と笹流しが中止されていたり、行なわれる場合でも下流で回収する、という動きが日本のあちこちであるそうです。
ところで、子どもたちが願いをこめて笹を川に流すのは「川を汚す不届きな行為」なのでしょうか。たしかに、プラスチックをわざわざ流したらそれはゴミになるでしょう。でも、自然に還る素材だけだったら? プラスチックゴミが問題なのだったら、子どもたちにそのことを伝え、自然に還る素材を自分たちで集めさせてそういったものだけで笹に飾り付けを行なわせれば、伝統保存と環境学習とが一挙に行える効果があるはずです。一つの川に笹が数本……これは“誤差の範囲内”ではありませんか?
どうしても「川にものを流すことは一切許さない」と強硬に主張する「自然破壊反対派」がいるのなら、たとえば梅雨時の集中豪雨の時に、川を流れ下っていく大量の土砂や流木やゴミの数々を、河口で待ち受けてしっかり回収してもらいたいものです。いたいけな子どもたちに文句を言うよりも自然保護に役立つと思うのですが。
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人間は誰でも「自分が大事」ですが、それがいきすぎた状態が「自己愛性人格障害」と呼ばれます。
DSMーIV(「精神障害の診断と統計の手引き」第4版(アメリカ精神医学会))では以下の9つのうち5つ以上を満たすことが診断基準となっています。
#1 自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績やオ能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。
#2 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
#3 自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
#4 過剰な賞賛を求める。
#5 特権意識つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
#6 対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
#7 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
#8 しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
#9 尊大で傲慢な行勤 または態度。
(「自己愛性人格障害とはなにか」(境界例と自己愛の障害からの回復))
無邪気な子どもたちはけっこう9つの要件のいくつもを満たしているような気がします。おそらく子ども特有の全能感の仕業でしょう(全能感については「全能感」で以前ちょっと書きました)。で、成人で以上の5つ以上を持っているとそれはたしかに「社会の中での困ったちゃん」となるでしょう。
診断基準ではありませんが、「ご都合主義の白昼夢」「自分のことにしか関心がない」「高慢で横柄」「冷淡」「批判に過剰に反応」「虚栄心から嘘をつく」「有名人の追っかけ」「宗教の熱心な信者」などの特徴が上のサイトで挙げられています。漫画に出てくるようなタカビーのお嬢様、だけではなさそうです。
で、当然、患者として私の目の前に現われる人の中にも、こういった人がある一定の割合で混じっています。ところが困ったことに、「病気による修飾」が行なわれているので、やや見づらいのです。「自分が特別だ」という意識と「自分は病人である」という意識とを無理なく両立させるために「自分は(根拠無く)優れているから特別な存在」が「自分は病気を持っているから特別」に変容している場合、タカビーではなくて「私は無力で可哀想な存在」としてアピールする場合があるからです。だけど、その他は“生きて”いますから、容赦なく共感なく他人は自分に従うべきである、という態度を取ります(#5〜#7)。これ、回りには苛立たしいのです。想像できない人も、実際に付き合ってみたらすぐわかります。(この人は自己愛性人格障害だろうかと、迷った場合には「批判に過剰に反応」を使ってみる、という手もあります。これはこれで「過剰な反応」によって不愉快な思いをすることになりますが)
ときに病棟にそういった人が入院してくることがあります。残念ながら私は自己愛性人格障害の治療はできません(そもそも診断をする気もありませんが、明らかにあやしい場合にはスタッフに警報は出します)。とにかく自己中で周囲に「不愉快」をばらまく名人なのですが、ただ、反社会性人格障害の人よりは直接的な破壊的行為に出ないだけまだまし、とは言えます。で、本人は「不当に扱われている」と感じるらしいんですよね。こちらからは「その行為を正当に評価しているだけ」なのですが。
※「自己愛性人格障害の診断基準」を見ていたら、マスコミや政治家、官僚にこれがぴったりあてはまる人間が多くいるのではないか、と感じました。で、残念ながら医師の中にも。
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