子供時代に読んだ本に「起きたい時刻の数だけ頭で枕をゆっくりたたく」というおまじないが載っていました。たとえば明日の朝5時に起きなければならないときに「明朝5時に起きるぞ」と心の中で唱えながら、ベッドに横になった状態で頭をちょっと持ち上げて枕をとんとんとんとんとんと5回たたくわけ。するとその本の中では、あ〜ら不思議、ちゃんとその時間になったらすっと主人公の目が開いていました。私もその真似をしようかと思いましたがさすがに5時に起きる理由がなかったので、やめました。
「起きたい時刻に目を覚ます!自己覚醒法」(All About(健康・医療))
ところがその方法は「あやしいおまじない」ではなくて、「自己覚醒法」と呼ばれる、欧米では“由緒正しい方法”であるらしいことがわかりました。ここでのキモは「○時」よりもむしろ「起きるぞ」と決心することにあるのではないか、と私は感じています。「○時に起きるぞ」とはつまり、「あと5分」とか「二度寝」とかをしないぞ、と決心することを意味します。その決心に従ってすぱっと気持ちよく起きる、それを繰り返していたらたとえその時刻が最初に予定していたものとずれていたとしても、やがてリズムができて決まった時間にきちっと起きることができるようになる、がその方法の核心部分ではないかな。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
私は一時漢方薬に夢中になっていた時期があります(おかげで、日本東洋医学会の認定専門医まで取ってしまいました。今は熱が冷めたので次期の更新の時に認定を返上しようと思っていますが)。で、その頃よく面と向かって言われたのが「使ってみたが、漢方薬は効かなかった」という否定論です。(「使ってみたが」どころか「使ったことはないが、あんなものが効くわけがない」という信念の吐露もありましたっけ。逆に「すごくよく効いた。不思議だ」というのもありましたが)
たとえば素人が突然「脳腫瘍摘出手術をやってみろ」と言われて道具を渡されたとします。さて、その人がその手術を成功させる確率はどのくらいあるでしょうか? 私の予想では、成功率はゼロです。脳外科医ではない一般の医者がその立場になったらどうでしょう。私だったら、とりあえず全身麻酔をかけて皮膚を切って止血する、そこまではできます。でも骨を外すところで手が止まってしまうでしょう。ドリルと鋸で頭蓋骨になんとか穴を開けたとしても、目の前に出てきた脳みそをどうしましょう。下手にいじると、患者は高率に死亡、死亡しなくても後遺症は必発です。
で、その「自分の体験」をもって「脳手術は有害なだけだからするべきではない」と私が主張したら、それはおかしい。だって知識もきちんとした訓練に基づく体験もない人間の主張でしかないのですから。
漢方薬と脳の手術は相当違いますが、「知識も体験もない人間の主張(否定論)」という点では共通点が見えます。医学に限りませんが「専門」というものはその筋の専門家からきちんとした専門的な教育と訓練を受けなければ、「正しい評価」をすることさえできないはずなのです。つまり漢方薬だって、素人が適当に使ってそれで「正しい評価」ができるものではないはず(「効いた」「効かない」は言えますが、それ以前の「どんな人のどんな状態にどの薬をどんな使い方をするか」の部分がでたらめになります)。
さらに、脳手術と漢方薬には、決定的な違いがあります。脳外科医の言葉を私たち一般医は基本的にそのまま理解することができます。それはどちらも近代西洋医学の基礎教育を受けているからです。ところが漢方専門医の言葉は、その領域以外の人にはまず理解できません。用語だけではなくて医学の基本概念が異なるからです。そこで「漢方の用語」を「西洋医学の概念に基づく用語」に無理矢理“翻訳”しても「わけがわからない」となるのがオチでしょう。というか、西洋医学の文脈に東洋医学の単語を散りばめても「わけがわからない」のが当たり前で、もし簡単に「わかった」としたらそれはほとんどが誤解のはずです。
ここで「貴重な人材」は「両方の世界を行き来できる人」です。両方の世界をそれぞれの世界固有の概念と語彙で理解できる人。(Macの上でWindowsを走らせる場合にはベースはMacだけれどその時には頭を切り換えてWinの作法でソフトを動かしますが、それと同様のことをすれば良い、と概念的に私は捉えています)
『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)には「絶対にファンタージエンにいけない人間もいる。いけるけれども、そのまま向こうにいきっきりになってしまう人間もいる。それから、ファンタージエンにいって、またもどってくるものもいくらかいるんだな、きみのようにね。そして、そういう人たちが、両方の世界を健やかにするんだ」とあります。できることなら、これから「両方の世界を健やかにできる人」が少しでも増えますように。
なお、この「両方の世界」は、「医療の各専門分野」だけではなくて、たとえば「医療者と患者」にも応用可能ですね。
※『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ 著、 上田真理子 訳、 岩波書店、1982年
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (398)