私が学生時代には、耳たぶにメスの刃を突き刺してその傷にぷくんと盛り上がる血液を用いる検査がありました。代表は、出血時間の測定と血糖の測定です。
出血時間とは、小さな出血が凝血によって止まるまでの時間のことで、主に血小板の機能を見ます。こちらは今でも広く行なわれているのかな? 私は卒業してからはあまりお目にかからなくなりました。
血糖の測定は、説明は不要ですね。今でも指先などでの自己血糖測定でおなじみですから。ただ、血管の中の血液とはちがって、こういう傷からの血液は、異物(たとえば組織液)が混じるためにデータの精度に問題が生じてしまいます。また、テクニック(ざっくり切るかちょっとだけ切るか)によっても数字の出方が左右されてしまいます。
学生時代に、検査(の練習)のために私の耳は何回同級生によって突き刺されたかわかりません。もちろん“お返し”はしていますが。そういえば、あらかじめ耳たぶを氷で冷やしておくと痛みが少ない、という“テクニック”を導入したのは、同級生の誰だったかなあ。
もしかしたら“世間一般”では耳朶血はまだ広く使われているかもしれませんので、一応私個人レベルでは「死語」です、と言い訳をつけておきます。
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新聞に「駒野選手に関するデマ」がツィッターであっと言う間に広がり、しかしあっという間に“正しい情報”が流れることでその騒ぎが収束したことが記事として載っていました。「駒野選手の母に謝らせた…誤情報炎上、批判殺到すぐ修正」(朝日新聞)
インターネットに対するこれまでのマスコミの基本態度から類推すると、この記事のキモは「ツィッターはデマの温床だ、むやみに信用するな」なのかな?、と思えますが、私はむしろ「“正しい情報”が流れることで騒ぎがあっという間に収束したこと」の方に注目します。マスコミとはずいぶん違う流れだなあ、と。
マスコミもよくチョンボをしますが「誤報をしたことに対して即座に間違いを認めて修正をし、さらに嘘を信じている(自分たちが信じさせた)人たちにそのことを周知広報する努力をした」という例を、私は寡聞にして知りません。訂正するにしてもしばらく時間が経って誤報が浸透するのを待ってから、しぶしぶと。訂正記事を載せるのも、“誤報”を大々的にやったのと比較するとあまりにしょぼいスケールで紙面の片隅にこっそりと、というのが、私がマスコミ(特に新聞)に対して持っているイメージです。そもそも「誤報をしたこと」をなかなか認めようとしない、あるいは詭弁を弄して自己弁護をするのが“原則”、と強く言って良いかもしれません(その好例が「医療崩壊」に関してマスコミが積極的あるいは消極的に果たした役割についての自己評価でしょう。毎日なんか自社の態度を絶賛ですからねえ)。
私自身はツィッターには手を出していません。理由は単純で「時間がない」と「140字では足りない」。だけど、今回の記事で朝日の目論見とは違ってツィッターに対する信頼感は増しました。結局「何」だけが問題なのではなくて「誰」が「どう」使うか(動かすか)、が問題なんですよね。
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「頭が光る」……発光か反射のための特別な処理を皮膚に加えている
「頭が下がる」……逆立ちしても水が飲める?
「頭が低い」……仰臥姿勢
「頭が高い」……竹馬に乗っている
「頭が重い」……首の筋肉が弱っている
「頭が上がらない」……首の筋肉が弱っている
「頭が固い」……チタン製の人工頭蓋骨
「頭が柔らかい」……脳がむき出しになっている
「目頭が熱くなる」……あたま山に温泉が湧いている
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