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2010.07.31 18:05 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(21)尻

「尻切れトンボ」……安定飛行ができないはず
「尻がこそばゆい」……ギョウ虫がいるらしい
「尻込み」……全人的医療にはもちろん尻も込みである
「尻に帆をかける」……陸に上がった帆船乗りの逃走
「尻に敷く」……座布団
「尻を割る」「尻が割れる」……最初から割れている
「言葉尻」……「文字通り」が好きな人の大好物
「尻を拭う」「尻ぬぐい」……最近はお尻洗浄トイレの普及で肩身が狭い
「尻をまくる」……大臀筋をまくるには、解剖の知識と筋力が必要である
「尻に火がつく」……おならは実は可燃性ガス
「目尻」……四つ足歩行をしていた頃にはたしかに後ろ方向だった
「尻目」……妖怪の一種
「尻を押す」……昔の国鉄の駅には「尻押し屋」(国電乗客尻押し係)が実在した


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 動物園についての本(*1)を読んでいたら、日本で最初の動物園は明治15年(1882)に発足したが、管轄は内務省と農商務省だった、と紹介されていました。(そして4年後にはなぜか宮内省に移管、天皇家の動物を管理していましたが行き詰まり、1924年に東京市に下賜されて現在の上野動物園になっています)  役所が全然違うんじゃないか、と私には思えます。
 「動物園」とは本来「Zoological garden」(動物学の園)です。もともとの始まりは特権階級が自分のコレクションとして集めた動物たちが、革命などで一般公開されるようになり、さらに啓蒙主義の流れで博物学の重要な構成要素(施設)となって、今に至る、というわけです。ところが日本ではこっぽりと「学」が落ちてしまいました。まずは、表面だけは博物学を真似て「博物館附属動物園」の形でスタートしますが、ホンネは「どうせ見せ物だ、商売にしよう」と内務省と農商務省が手を出し、それがうまくいかないので、特権階級のコレクション、というところを真似て宮内庁管轄にしてみたがそれもうまくいかない。だから下々に丸投げ、という流れのようです。だから名前も「動物学の園」ではなくて「学」のない「動物園」。(だからこそ、志のある各地の動物園は「動物学」の学習・教育・展示ができるように日本における「動物園」の新しい形を模索して苦労しているのですが)

 「博物学」と言うとなんだか古めかしく感じる人もいるでしょうが、これは「近代科学の基盤」です。世界に存在するありとあらゆるものを収集し、それを人間の目と考えで分類をする。そこからその「学」が世界をどう見る(研究する)かが決定されます。つまり、「収集」と「分類」がベースとなって、その上に「研究」が成立するのです。そして、近代医学も博物学の影響を強く受けて育っています。医学の教科書が網羅的分類的であることを見たらそのことはすぐわかるでしょう。(だから、科学におけるリンネ、医学におけるシデナムの存在が重要なのです)
 そうそう、「医学」と「博物学」と言えば、江戸時代後期に来日したフォン・シーボルトも「医者」で「博物学者」でしたね。(*2)

 「新成長戦略の重点「クール・ジャパン」」(朝日新聞)
 私はアニメや漫画は、現時点で世界に誇る「日本文化」だと思っています。しかし政府から見たらそれもまた「輸出促進」のためのモノでしかないようです。経済産業省がアニメに口を出すのは、ちょうど明治時代に「動物園」を農商務省が管轄したのと同じ発想でしかありません。「文化」をそのように「銭」の観点からしか見ない態度では、明治〜昭和時代に中途半端な見せ物の立場に貶められてしまった動物園と、同じ立場にアニメや漫画がなってしまう……心配はいらないでしょう。政府が何を言おうが、変に暴力的な規制をしない限り、世界と通じた舞台でアニメや漫画は政府は無視して独自に動き続けるはずですから。それがネット以前と以後の「世界」の大きな違いです。
 ただこういった「銭にならない」部分(=「学」や「文化」)の重要性を理解できない(「動物園」に「学」だってぇ?」の)お役人などが“活躍”するから、日本の医療崩壊が進んでしまったとも言えそうです。だって「医療」にも銭にならないもの(「人間の尊厳」「学」「死生観」など)がたっぷり含まれているのですから。
 「銭にならない部分は軽視する」が日本の行政の「伝統」なのだったら、これはもう仕方ありませんが。


*1)『動物園というメディア』渡辺守雄 ほか 著、 青弓社、2000年、1600円(税別)
 「日本の動物園」について、イデオロギー的な分析から始まり、最後には「メディア」として何を発信していくか、を多角的に論じています。
*2)『シーボルトの日本報告』栗原福也 編訳、 平凡社(東洋文庫784)、2009年、2800円(税別)
 シーボルトを中心とした書簡集です。彼はオランダ政府の公費で博物学の研究をおこなったため、その報告書やオランダ東インド総督府との事務的な往復書簡が公文書として残されていました。その紹介です。


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2010.07.30 18:47 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  おかだ  | 推薦数 : 1

定期チェック

 皮膚科に「尋常性乾癬」という病気があります。ついでですが、「尋常性」=ありふれた、なので「尋常性乾癬」は「乾癬で一番ありふれたもの」となります(なんで医学用語でこんなに難解なんでしょうねえ)。私は教室でスライドが始まると眠くなる不思議な習性をもっていたため、大学でこの病気を習ったときには、スライドでちらっと見た「盛り上がった皮膚がぼろぼろと剥がれ落ちている状態」と「PUVA療法」ということばしか頭に残りませんでした。
 今まではこの病気を持った人に会うチャンスがなかったのですが、最近になって入院してこられた人が10年くらい前からこれ、ということで皮膚科で内服薬を続けておられました。調べると主成分はビタミンAの誘導体のようですね。ところが処方をしようと問屋に薬局から注文を出してもらうと、この薬の会社のMRさんがすっ飛んできたのにはびっくり、話を聞いてさらにびっくり。
 この薬には「催奇形性」という困った副作用があります。ですから「女性は服用中と服用終了後2年、男性は服用中と服用終了後半年は子作りをしないこと」「服用終了後も2年間は男女とも献血には行かないこと」を本人に説明しろ、というのです。
 私は苦笑いをします。「それはしますが、後期高齢者で半分寝たきり状態ですよ。頭はしっかりしているから本人に確認はできますが、これから子作りはしないんじゃないかなあ」
 しかしその苦笑いはMRさんの次の言葉で凍りつきます。「二枚複写の説明用紙があるので、説明が済んだらそれに主治医がサインをし、ご本人からも署名をもらってそれぞれが一枚ずつ保管してください。それから、処方するごとにこの説明が必要です」
 私の病院では定期処方は2週間ごとです。つまり2週間ごとに私はこの書類の束を持ってベッドサイドに出かけ「子どもは作らないように、献血には行かないように」と説明をしなくちゃいけないわけです。
 私は日本政府を小声で呪いました。

 なお後刻ベッドサイドに行ってその説明をしたら「子作りだってぇ?」と大笑いをされたあと、「そんな面倒な書類、先生が自分に替わってサインしてくれないか」と頼まれてしまいました。私だって誰かにかわって自分のところにサインして欲しいのですよ。あ、その前に毎回毎回説明をする役もね。
 ……もちろんちゃんと「自分の役」は定期的にやりましたよ。小声で日本政府を呪いながらね。


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2010.07.30 07:15 |  生活 / くらし  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

副流煙の恐怖

 紙巻き煙草の「フィルター」って、一体何のためについているのだろう、と思ったことがあります。親父が昔吸っていた缶入りピースは、たしか両切りで、フィルターなどはついていませんでした。ただ、両切りだと吸っているうちに口の中に葉っぱが入ってきてわずらわしい、ということはあるでしょう。でも「口腔内への葉っぱ侵入防止フィルター」だったら、極端な話紙一枚で充分です。あんな厚みのあるフィルターをわざわざ装着する必要はありません。
 昔聞いた話で裏は取っていませんが、「紙巻き煙草のフィルターの機能」には、煙の温度を下げる・有害物質を吸着する・脇から空気を煙に混ぜていろんな物質の濃度を下げる、なんてものがあるのだそうです。「紫煙」を「薄めた紫煙」にする装置なのかな。中には「香りを加えるフィルター」なんてものもあるので必ずしも一方的に薄まるわけではなさそうですが。
 で、受動喫煙の問題で必ず上がるのが「副流煙」です。フィルターを通った「主流煙」は成分がある程度コントロールされていますが、燃焼点からゆらゆら立ち上る煙はまるで野放し。なんでもあり。だから一酸化炭素とニコチンとかタールとかあれやこれやが主流煙の数倍!
 で、この「数倍」が一人歩き(あるいは「伝言ゲーム」を)すると、「受動喫煙の害は、喫煙者がこうむる害の数倍!」になります。
 ちょっと待って、と私は呟きます。
 私ももちろん、受動喫煙は嫌いです。理由は単純。くさいんだもの。現在の私の環境で煙草の煙に接するのは、職場などでの宴会のときだけですが(プライベートでは、喫煙を許す飲食店には極力行きません)、帰宅したらすぐシャンプーしないと髪が臭いし、冬だとセーターが悪臭の固まりになります。ただ「健康上の害」だと、周りの人間がこうむる受動喫煙の害と、吸っている本人がこうむる害とは単純比較は難しいんじゃないでしょうか。特に屋内だと、吸っている本人は主流煙だけではなくて副流煙も吸うことになりますから、もし「主流煙より副流煙の方が危険」なのだったら喫煙者の「主流煙+副流煙」はもっともっと危険ということになります。
 たしかフレデリック・ブラウンのショートショートに(タイトルは失念)、副流煙が殺意を生じさせる、というものがありました。漂流する宇宙船に閉じ込められた二人の男。このままでは酸素不足で共倒れになるのでどちらかが生き延びるためにはどちらかが犠牲にならなければならないけれど、その決断にはもう少し時間の余裕がある、という状況です。「文明人」としてなんとか理性的に振舞っていた二人ですが、一人がこっそり煙草を喫っているのをかぎつけたもう一人が、貴重な酸素を自分勝手に消費しやがって、と相手に対する殺意を抱いてしまいます(もちろん吸っている方にも言い分はあって、本来はヘビースモーカーなのにぎりぎりまで我慢していたのです)。「こんな状況でも煙草を喫うお前なんか、死んでしまえ。いや、俺が殺してやる」……となって、さて……いやあ、煙草が本当にコワイ小道具として生きていましたっけ。
 さすがに地球ではまだ酸素には余裕がありますし、煙草が地球温暖化にどのくらい寄与しているかもわかりませんから、煙草を喫っているだけで殺意を抱かれることはまずないでしょうが、もしかしたら、「周りの人間に無理矢理副流煙を吸わせて平然としている」ことから生じる周囲からの人物評価(おそらくマイナス方向のもの)が実は喫煙者の将来にとっての「危険因子」である可能性が一番高いかもしれません。


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2010.07.29 18:02 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

夜中の来訪者

 前世紀の思い出話です。
 地方の病院で当直をしていたとき、夜がそう深くなる前に医局の扉がえらい勢いで開くと同時に「先生、早く診てください」と声をかけられました。何ごとか、と私は思いましたが、病院の事務とか警備員とかではなくて、全然知らない人です。
 つまり、救急外来の受付を素通りした患者さんが病院内を探索、明かりがついている部屋を見つけたので近づいてみたら「医局」と書いてある。ラッキー、ここなら医者がいるはずだからすぐ診てもらおう、というわけだったのです。
 ここは診察室ではないし、カルテがないと記録もできないし薬も出せないから、ちゃんと受付を通ってください、外来で診察します、と説明したら、粘る粘る。患者と医者が揃っているのに、なんで診察が始まらないんだ、と。そこでもう一回、ここは診察室ではないし、カルテがないと記録もできないし薬も出せないから、ちゃんと受付を通ってください、外来で診察します。
 彼の望みは、つまり待ち時間ゼロ・支払いもゼロ、だったのかな?
 それにしても、ドアを開ける前にはノックくらいしてほしかったなあ。職場だから別に何か見られて困ることをしていたわけではありませんが、びっくりするじゃありませんか。


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2010.07.29 18:02 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(20)汗

「汗になる」……それでも水分補給はした方がよい
「汗の結晶」……主成分は塩
「汗をかく」……掌に「汗」という字を書く
「汗をにぎる」……書いた「汗」という字を握りしめる
「汗を流す」……シャワーなら効率がよい
「汗水を流す」……汗はともかく水を流すのは解せない
「汗知らず」……余の辞書に「汗」という言葉はない
「汗牛充棟」……木簡や竹簡は嵩張るから、紙にしましょう
「汗馬の労」……現代日本では競馬場くらいでしか見られない


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2010.07.29 08:07 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

上か下か

 顔面神経麻痺という困った病気がこの世にはあります。人間は、言葉だけではなくて、表情もコミュニケーションに活用しています。無表情は、意識して使うと強力なコミュニケーションツールですが、無意識に活用していると、コミュニケーションの阻害要因にもなります。
 で、顔面には「表情筋」と呼ばれる筋肉が張り巡らされ、「顔面神経」の支配下で盛んに活動を行なっています。ところが、その顔面神経が麻痺してしまうことがあります。「顔面神経麻痺」です。
 これは困ります。どこが麻痺したかで症状はいろいろありますが、たとえば顔の左右のバランスが崩れたり、唇やまぶたをしっかり閉じることができなくなったりします。
 神経の障害はいくつにも分類されますが、脳に近いところがやられた場合は中枢性麻痺、神経の末端に近いところがやられた場合は末梢性麻痺と呼びます。見分け方はわりと簡単で、「おでこに皺が寄るかどうか」。末梢で神経麻痺が起きたらもちろんその神経支配の部分はぜんぶ麻痺しちゃうから、右なら右のおでこも麻痺します。ところが顔の上半分は中枢側に秘密の接続があって、片一方の神経核が麻痺しても、反対側の神経がカバーしてくれるのです。これはけっこう重要な所見です。私だったら、とりあえず末梢タイプだったら耳鼻科に相談してそれから脳外科へ、中枢性麻痺だったら最初から脳外科の方へ、とかの医者の使い分けに使うでしょう。

 麻痺で上か下かと言えば、嚥下障害をきたす病態の「球麻痺」も、麻痺の原因が延髄より下か上かで「球麻痺」と「仮性球麻痺」に分けられます。なんで医者が使う言葉って、こんなにややこしいんですかねえ。


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2010.07.28 20:49 |  旅行 / 宿  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

サル

 旅の土産話です。
 上高地で川沿いをうろうろしていたら、幹の途中から先が枯れている木が目立ちます。聞くと、サルが樹皮をかじってしまって、そこから先の枝が枯れてしまうのだそうな。それもヤナギの一種だけ(たしかエゾヤナギと言われたかな?)に限定だそうです。道ばたにそのサルがかじった樹皮が散らばっていましたが、皮の内側をこそげ取っています。樹皮の内側の色は黄色で、見るからに苦そうです(漢方薬に使われる生薬でも「黄」がつくものには苦いものが多い(それもひどく苦い)のが特徴です)。サルは苦みが好物?
 ところで、「ヤナギ」「樹皮」と並べたら「サリシン」「アセチルサリチル酸」が私の頭から出てきます。(「柳を囓る」) もしかしたら歯痛や頭痛持ちのサルが薬効を求めて柳の樹皮をかじっているのかもしれません。「必須栄養素が含まれている」のかもしれませんし、単に「その味が好き」なだけかもしれませんが。
 ……そういえば「アセチルサリチル酸」って「サ」も「ル」も含まれていますね。サルのためのお薬?


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2010.07.28 13:20 |  旅行 / 宿  |  おかだ  | 推薦数 : 1

再開/再会

 数日間ですが、上高地でのんびりしてました。十数年前に初めてこの地を訪れて以来「また行きたい」とずっと思い続けていましたが、天地人の条件がすべて揃って、やっと望みが叶いました。梓川の川音とウグイスやアオジの鳴き声を聞きながら、川の近くを散策したり部屋でぐうたらしていて、しっかりリフレッシュができました。
 有名観光地だから携帯はつながるだろうと思っていて、それでもオフだから投稿頻度は落とそうかな、なんて思っていました。行ってみたらたしかにドコモもauもつながったのですが、パソコンをネットにつなぐのに使っているイーモバイルが圏外だったのは計算違いでした。ただ、それならそれで、ネットとは完全にオフの生活をしよう、とあっさり決めてしまいました。まあ、何をどう決めても「手持ちの環境ではネットには接続できない(ブログに投稿できない)」ことは動かしようがないので、あとは自分の気持ちの問題だけなのですが。ただ、「旅に出ます、探さないで下さい」の予告ができなかったことがずっと心残りではありました。

 さて、戻ってきた“下界”は暑いですねえ。この暑さに負けないようにこれからまたブログの記事を書いていきます。さぼっていた執筆の再開、読者の皆さんとの再会、です。(本稿は、松本駅でアップ作業にトライしてみました)


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2010.07.25 07:08 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

顔面の神経痛

 人はけっこう無造作に言葉を使うことがあります。お互い「相手がファジーに言葉を使うぞ」とわかっていたら、おおむねそれでも用が足りるのですが、ときに困ったことが生じることもあります。誤解や伝言ゲームの発生です。
 医学の世界では(というか、専門用語を駆使する世界ではどこでも)「一つの言葉は一つの意味だけ」が原則となっていますが、問題は複合語。たとえば「顔面神経痛」。これって、たぶん普通の人には「普通の言葉」にしか見えないでしょう。ところが医者はこの言葉を「顔面神経(そういう名前の脳神経があるのです)の痛み」と解釈しようとします。ところが「顔面神経」は基本的に表情筋の運動神経で(まるで副業みたいに、味覚とか涙の分泌もしていますが)顔面の麻痺や痙攣を引きおこすことはあっても「痛みの原因」になることはありません。(ついでですが「顔面の神経」で「痛みの原因」となるのは「三叉神経」です。三叉神経痛は、激烈に痛い) つまり医者から見たら「顔面神経・痛」というものは存在しません。
 ところが「顔面の神経痛でしょ。だったら“顔面神経痛”だね」ということで、この言葉はどんどん使われてしまいます。つまり、医者が「その言葉の使い方だったら、“「顔面神経」の痛み”になっちゃうよ」と言おうとしても、世間ではあっさり「顔面の神経の痛み」と“翻訳”されてしまう。私が普段使う国語辞典にも「顔面神経痛」がちゃんと載っています。さすがに語の説明は「三叉神経痛の俗称」となっていたので安心しましたが。
 もうこうなったら、「顔面神経麻痺」と「顔面神経痛」と、両方を「日本語」としては認めても良いんじゃないか、なんてことまで私は思ってしまいます。内科医としてはそれほど困らないものですから。しかし、トリッキーな言葉尻が大好きな一部の弁護士や裁判官は「医者が三叉神経痛なんて変な言葉を使うから患者は理解できなかった。これを顔面神経痛と説明していたらちゃんと理解できていた。医者の負け」なんて主張しそうで、こわいこわい。


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