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2010.06.22 18:35 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

情報を活かす

 まずは引用から。

情報は、量が多ければそれをもとにして下す判断もより正確度が増す、とは、まったく誤解である。情報は、たとえ与えられる量が少なくても、その意味を素早く正確に読み取る能力を持った人の手に渡ったときに、初めて活きる。
    『ローマ亡き後の地中海世界(上)』塩野七生 著、 新潮社、2008年、3000円(税別)

 一般的にはもちろん情報は少ないよりは多い方がよいでしょう。ただし「情報の量」と「判断の正確性」とは「正比例」するわけではない、が塩野さんの「歴史的な判断」です。愚かなリーダーによって間違った判断がされた例が歴史上非常に多いからでしょう。そして、「情報は多ければいい」は、判断力のある同じ人が判断を下す場合には成立する「相対的(確率的)真理」である、というのが私の判断です。判断を下す人が愚かなら、どれだけ情報を積み上げても無駄な努力になるのがオチなのですから。

 もう一つ別の本から引用。
法の執行を職業としてきたなかでわたしは、捜査技術の大部分はパターン認識であることを学んだ。そのプロセスはピラミッド型で、その基盤の部分は経験・情報(知恵が膨らませてくれる)、そして(法律・公判関係、心理学の)研鑽を積むこと。その上段にあるのが、生のデータを整理・分析し、そして可能性の範囲を狭めていく仕事。頂点に来るのが勘で、雑音をふるい落とし、パターンを認識するのはこの勘による。勘、あるいは直感力があると、ほかの者には見えない小さな点々が見えるようになる。またこれらの点々を、悪者どもよりも素早く、相互に関連づけることができる。
    『イラク博物館の秘宝を追え ──海兵隊大佐の特殊任務』マシュー・ボグダノス/ウィリアム・パトリック 著、 嶋田みどり 訳、 早川書房、2007年、2000円(税別)

 ここで「わたし」と言っているマシュー・ボグダノスさんは、ボクシング(見る方じゃなくてやる方)と読書が趣味で、法学・西洋古典・軍事戦略の学位を持ち、ふだんはニューヨークで地方検事補を勤めている海兵隊大佐です。文章を読む限り非常に優秀な検事であり海兵隊員である雰囲気が行間からぷんぷん立ち上ってきますが、その人にしても「情報が集まればそれでいい」ではありません。こちらは犯罪捜査が主な仕事ですから(海兵隊員として派遣されたイラクでも、略奪された国立博物館での犯罪捜査を行なうことになりました)、証拠は多い方が嬉しいはずですが、それでも「情報」は「ピラミッドの基盤の部分」でしかありません。それを知恵で膨らませ(整理/分析し)、最終的には「勘」の領域に突入なのです。

 医者の仕事でも、同じようなことが言えるように私には思えます。もちろん情報はないよりあった方がよいし、少ないより多い方がよい。それは確かです。でも、情報が山のようにあったらそれですべてが解決かと言えば、そうではありません。結局そこに「人の判断」が必要です。というか、犯罪捜査とは違って「どこを捜査するか(検査するか/しないか)」にまず「人の判断」が必要なのです。検査伝票にすべてチェックを入れて「どれかで異常が出るだろう。それで診断をつけよう」というのは「医者の判断」ではなくて「下手の鉄砲」でしかありません。それだったら医者は不必要。コンピューターの判断プログラムで十分です。
 あるいは、緊急事態などで「検査データを揃える」こと自体が不可能な場合もあります。いわばピースが少ししかないジグソーパズル状態。「100%すべてのデータが揃っていないと何も判断できない」人にはお手上げの状態でしょう。でも、そういった「穴」だらけのジグソーパズルでも、見る人が見たらその「穴」を埋めて全体像(あるいは「欠けたピース」が何であるか)を想像することができます。そこに「人間」が存在する意味があると言えるのでしょう。


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2010.06.22 06:59 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

死語(100)ワンマンメソッド

 私が大腸内視鏡(ファイバー)を習った頃には、ファイバーの操作は二人がかりでやるものでした。検査医師がファイバーの操作部を持って接眼鏡から大腸の内部を覗き、もう一人(看護師または医師)が肛門のところでファイバーの先の方を握りしめます。そして検査医師からの「押して、押して、引いて、ストップ」の指示に従ってファイバーを少しずつ前後させます。検査医師はハンドルを操作してファイバーの先端を上げたり下げたり左右に振ったりし、さらには全身をくるりと回してファイバー全体を回転させたり空気を入れて腸を膨らませたり吸引してしぼませたりして、屈曲している大腸の中を二人掛かりで進んでいくのです。当時は肛門に入れてから盲腸に到達するまで、20~30分はかかる難行でした。(検査する方も汗みどろになりますが、検査される患者さんには苦痛に満ちた過程だったのです。やっている内にわけが分からなくなって、レントゲン透視で確認することもよくあり、放射線も浴びなければなりませんでした)
 やがてアメリカ帰りの医者によって「ワンマンメソッド」がもたらされました。これは画期的でした。それまでの方法で一番難しい難所はくねくね曲がっているS字結腸ですが、そこをわざとループ(「αループ」とかそれを反転させた「逆αループ」と呼んでいました)をつくって通過させ、そこでくるりんとファイバーを捻ると、あーら不思議、ファイバーは腸ごと直線化しそのままするすると奥に入れることができるではありませんか。慣れると盲腸まで半分以下の時間で到達できるようになりました。
 今では一人で(短時間で)やるのが当たり前になりましたから、わざわざ「ワンマンメソッド」なんて言い方はしていないはずです。これは「二人でやる」のが前提の言葉ですが、今では「一人でやる」のが前提ですから。

 そういえば私は変わった二人掛かりの大腸ファイバーをやったことがあります。大腸の手術の時に開腹して腸を触っていた外科医が「腸の外からだと病変の広がりがわからない」と言い出したのです。待機していた私は患者さんのお尻から大腸ファイバーを挿入しました。すると待ちかまえていた外科医が、お腹の中で私が入れる大腸ファイバーにかぶせるように腸をどんどん手で送ってくれたのです。接眼レンズの中では、腸の内部がまるでジェットコースターのように早送りで移動してくれました。で、病気の場所まであっという間に到達したら、あとは外科医が指で腸を押さえると腸の内部にでっぱりができますからそれを見ながら「もうちょっと口の方、もう1cm」とか私が指示を出します。そうして内側から見える病変の位置と範囲を決めてから私は撤収。
 あそこまで「高速移動」をやったことはそれまでもそれからもありませんでした。もう一回と言われてもお断りしたい気分ではありますが。だって、レースカーの車載カメラの早送りの映像を見せられているみたいで車酔いをしそうな気分だったのですから。


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