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2010.06.12 18:14 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

汽車・父・目

 「汽車の便所」で「汽車」と「父親」が出てきたので、調子に乗ってその続きです。
 私の父親は若いときに汽車の煤煙が目に入ってひどい目にあったそうです。眼球にススが食い込んで洗っても取れず、結局眼科で取ってもらったのですが、ピンセットやら何やらが目に近づくと、それのアップ像を凝視することになってしまうわけです。ものすごく嫌な気分だったそうです。
 それは私もわかります。私も子供時代に局所麻酔で目の小さな手術を受けましたが、その時にやはり尖ったあれやらこれやらが全部間近に、というか「目近」に見えてしまうわけ。これ、とってもイヤンな気分です。もし先端恐怖症だったら、拷問でしょうね。

 ただ、ススだったらまだ痛みとイヤンな気分ですみますが、これが鉄粉だったら話が深刻になります。鉄は錆びます。眼球に食い込んだ鉄粉が錆びたらその錆で結膜が染まりそれでさらに痛みがひどくなったりするのだそうです(伝聞形で書いたのは、眼科の授業では聞いたけれど、実体験が(診た経験も自分自身での経験も)ないからです)。ですからその場合には、異物(鉄粉)だけではなくてその錆びの染みも全部摘出しなければなりません。ああもう、想像しただけで、イヤンイヤン。


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 私の親は戦前生まれなので、さすがに「陸蒸気」とは言いませんが、今でも平気で「汽車」と言います。私自身も小学生くらいまでは普通にSLに乗っていましたし、住んでいる地方の本線が電化されたのは昭和39年だったので(東京オリンピックと東海道新幹線開通の年です)、やはり普通に「汽車」と言えます。ですから自分より年上の人が会話の途中で「電車」や「列車」と言うべき所で「汽車」と言ってもツッコミは入れません。私より年下の人が言った場合には笑いながら「実際に乗ったことがどのくらいあるの?」くらいは言うかもしれませんが。
 で、SLの客車のトイレからは、下を通りすぎる枕木が見えたそうです(これはさすがに私には記憶がありません)。そこにブツを降下させると枕木や砂利にぶつかって粉々になり、そのうち雨が降ったらどこかへ染みていく、という流れです。列車が走りながら立小便と野グソをしているような状況。ですから「停車中はトイレの使用を控える」が不文律でした。そんなことをしたら「出発、進行、ぴー」で汽車が行ったあと、プラットホームの直下にブツがぽつんと。で、不心得者が多いのかいつしかそれが便所に掲示されたり車内放送で言われるようになりましたっけ。
 なんとも不潔な話ですが、それがかつての日本の真実の姿です。ですから東海道新幹線ができたときには、そのスタイルや速度だけではなくて「窓が開かない」「自動ドア」「給水器がある」とともに「トイレがタンク式」も「最新式の証拠」として大いに宣伝されました。

 ただねえ、駅構内や都市部はともかく、田園だったらばらまいても良かろう、というのは間違った判断だと私は思います。人糞はたしかに貴重な肥料資源ですが(だから江戸ではその売買は利権として扱われました)、生でまけばよい、というものではありません。肥溜め(肥え壺)に蓄えて熟成させてからまくものでしょう(私の父親は子どもの時に肥溜めにはまったことがあるそうですが、中はとても熱いそうです)。
 しかし、文明開化というのは、時に野蛮なことを平気でやるものです。岡倉天心の言葉を借りるなら、便所ではなくて文化の領域の話になりますが、西洋文明はその本性が“野蛮”なもののようですけれど。「西洋人は、日本が平和な文芸に耽ってゐた間は、野蛮国と見倣してゐたものである。然るに満州の戦場で大々的殺戮を行なひ始めてから文明国と呼んでゐる。」(『茶の本』岡倉天心)




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