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2010.06.30 18:32 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(6)目に

「お目にかかる」……失礼、水がはねましたか
「駄目にする」……使いすぎてせっかくの良い視力を並み以下におとす
「目に優しい」……可視光線による柔らかいマッサージ
「目に一丁字なし」……これを「めにいっちょうじなし」と読むこと
「目に余る」……大きすぎるコンタクトレンズ
「目に浮かぶ」……角膜上ヨットレース
「目に留まる」……酔狂な蚊
「目に角を立てる」……豆腐の角以外は、危険
「目に見える」……実は目ではない
「ひどい目に遭う」……極悪目玉親父さん、こんにちは
「目に青葉山ほととぎす初鰹」……問題:季語でない部分は何文字ですか?


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2010.06.30 06:32 |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

もらえないボーナス

 私は現在年俸の12分割を月ごと支給なので縁がありませんが、世の中にはボーナスという美味しいものがあるそうですね。
 今までいろんな職場で仕事をしましたが、ボーナスがあるところで一番多いのは「一年を“6〜11月”“12〜5月”の二つに分けて、それぞれの季の働きぶりと病院の収益で計算して夏と冬のボーナスを12月と6月(または7月)に支給、というシステムでした。
 ということで、どこかに4月に就職したらそこでの最初の夏のボーナスで反映されるのは「4〜5月」分の勤務分だけ。1/3しかないので、寂しい思いをします。だけどその後はちゃんとフルにボーナスをもらえるので問題はない……と思ったら大間違い。医者はあちこちに動きます(私はこれまで10を超す病院で仕事をしています)。すると3月末に転勤をすると……あれれ、「12〜3月」分のボーナスを取りはぐれることになるのです。これを10回分、と考えると、ちょっと呆然とします。もちろん退職金は出ますが、短期間の勤務では微々たるもので引っ越し関連の費用でほとんど飛んでしまったこともあります(おっと、退職金が出ないところもありましたっけ)。
 引っ越し貧乏ということばがありますが、引っ越し費用での支出だけではなくて、こういった「(フルに)もらえなかった夏のボーナス」という目立たないダメージもある、というお話でした。
 「ボーナスがあるだけマシ」と言う人もおられるでしょうが、ではその人が私たちと同じ立場になったとき「働いた分が評価されずお金ももらえない、それで自分は満足です」と言うかどうかを確認するまで、私はその人の意見に賛同するかどうかは保留とします。


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 最近「自閉症」とか「アスペルガー症候群」ということばがやっと市民権を少しずつ得てきたのはけっこうなことだと思います。まだまだ「道遠し」の状態ではありますが。

 先日のことです。甥っ子の誕生日が近いので「どんなものが欲しい?」と尋ねると「『光とともに』の英語版」というリクエストでした。「へー、英語版が出ているんだ」と日本語版さえまだ全部は読み終えていない伯父さんは感心します。で、調べてみると、「Scoop: Yen Press new title」(MangaBlog)に記事がありました。英語圏の自閉症児を持つ親から英訳リクエストが多かったのだそうです。自閉症児を扱った良質の漫画って、きっとあちらにもなかなかないのでしょうね。

 誰かに頼まれたわけではありませんが、本当によい本なので“宣伝”をしておきましょう。
光とともに──自閉症児を抱えて」(戸部 けいこ)
With the Light…… Raising an Autistic Child」(Keiko Tobe)


 そういえば「漫画は悪書だ。悪書はこの世から追放すべきだ」と主張する(していた)人たちはこの漫画についてはどう言うのでしょう?  「漫画」を平気で差別する人種と「自閉症を個性の一部にもつ人」を平気で差別する人種とがけっこうな率で重なっていたら、その人たちは問題を何も感じない、とはなりそうですが……ここまで書いて、確かに高率で重なっていそう、と思えてきました。


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2010.06.28 18:38 |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

ぱにぱにぱにっく

 明治のはじめ、日本でコレラが流行りました。そのとき、「煙がくさい → 臭いものは体に悪いはず」という「理屈」から「火葬場の煙がコレラの原因」という噂が立ちました。人々はパニックになります。うっかり葬礼(野辺の送り)に出たらコレラをうつされるかもしれないというのですから。そこで明治10年に政府は東京府病院雇教師ブーケマに火葬場の調査を行なわせ、火葬はむしろ伝染病対策に有効である(焼いたら消毒される)、という結論が出されました。

 1960年(昭和35年)イギリスで、輸入した飼料中のコウジカビのカビ毒(マイコトキシン)で七面鳥がばたばた死亡しました(最初「七面鳥X病」と呼ばれました)。このカビ「アスペルギルス・フラバス」が、日本で清酒・味噌・醤油に普通に使われるアスペルギルス・オリーゼと近縁だったため、「発酵食品を摂ったら、カビ毒で死ぬ」「日本に胃癌が多いのはカビ毒のせいだ」などと情緒的に煽る人間が現われました。例によって、日本中大騒ぎとなりました。
 そこで調査が行なわれました。日本で用いられるコウジカビ632株についてはどれもカビ毒を産生していないこと、さらには食物も検査してカビ毒がまったく検出されないことを確認して、騒ぎは収まったのです。(ところで、それまでに日本酒を飲んで醤油や味噌を食って「うっ」と言いながらばたばた死んでいく日本人がどのくらいいましたっけ?)

 で、根拠無く不安を煽って騒いで喜んでいた人間は、騒動の後は口を拭って知らんぷりでしたとさ。

参考図書:
火葬場の立地』(火葬研究叢書1)火葬研究協会立地部会編、日本経済評論社、2004年、2800円(税別)
日本の醤油』川田正夫 著、 三水社、1991年、1456円(税別)


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2010.06.28 06:48 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

最小不幸社会

 管さんの「最小不幸社会」ということばを最初に聞いたとき、私は軽く衝撃を受けました。この人は政治家としては珍しいタイプだ、と。
 選挙演説や後援会などでの政治家(あるいは政治屋)の演説には「薔薇色の世界」が溢れています。皆が豊かで幸福な世界が未来に確実に待っているかのように思えてきます。しかし、現実の世界から「不幸を絶滅させる(=すべての人間がハッピーな社会を構築する)」ことは、私には不可能に思えます。もし人間にできることがあるとしたら「余分な不幸を増やさないこと」そして「現在ある不幸を少しでも減らすこと」でしょう。
 もちろん「不幸を減らす」よりも「幸福を増やす(皆が幸福になる)」方が、言葉の響きも勢いも感じよいものですが、でもその姿勢に“無理”があったら、その無理は社会の歪みとなって「誰かほかの人の不幸の原因」となります。つまり「無理に幸福を増やす」では「幸福と不幸」が下手するとゼロサムゲーム(誰かが取っただけ誰かが取られる)になってしまうのです。しかし、誰かの不幸を減らすために誰かの幸福を削るのではなくて、“無駄な部分や贅沢の部分”をちょいと削ることは、可能でしょう。これだったらたぶん“ゼロサムゲーム”にはならずにすみます。
 「不幸を最小にする」とはつまりは「不幸を根絶しない」と宣言することに等しくことばが響きます。したがって「それは敗北主義だ(「不幸を残す」と宣言するとは何ごとだ!)」という非難も出るでしょう。ただ、私は医者の立場で「不幸を最小にする」を肯定します。
 医学も医師も万能ではなく、この世のすべての傷病や障害が「すべて治る」わけではありません。そこで「医学は万能ではない」「すべての病気が完璧に治るわけではない」と言うことが敗北主義だというのなら、どうぞ、いくらでも言ってください。ただ、私は“それ”が現実の出発点だと思っています。「では、そこでどうするか」を考えるのがプロの医療者の仕事だ、と。本人の動きを工夫する/これまでの仕事ができないのなら職場を改造するあるいはできる仕事を探す/できないことが減るように補助具を工夫する/社会の方を改造する/社会の構成員の対応を改善する……「病気が治らなかった」時点から始められる工夫がさまざまあるはずなのです。特に、本人だけではなくて「社会」の側にね。
 「医者は万能であるべきだ」「病気はすべて完璧に治るはず」で思考停止して「厳しい現実」に出会ったときに立ちすくむよりも、「治らない場合もある」という覚悟を持って少しずつでも前に進む(“不幸”を軽減していく)方が、私の好みに合っています。そしてそれと同じ姿勢を、(社会に対する医者の役割をすることもある)政治家にも見つけたい、と私は思っているから「医者の立場で「不幸を最小にする」を肯定します」という言葉が出てくるのです。

 「この世に不幸が存在すること」を認めるのは不愉快なことです。できることならそういったものからは目を逸らしていたい。だけどそういった“否認の態度”から生まれるものの多くは、現実離れした夢想社会の提示です(これが個人レベルだったら、現実の自分を否認して、妄想や夢想(「白馬に乗った王子様」とか「突然遺産が転がり込む」とか「突然有名になる」とか)に基づいた未来を脳内に構築している人、となります)。菅さんは少なくとも「不幸」という不愉快なキーワードを提示することで「自分は現実を出発点とする」と態度表明をしました。私はそれを高く評価します(少なくとも「ダム」「空港」「グローバル」「友愛」よりはマシに思えます)。ただし高く評価するのは「現実を認識する態度」だけですが。政治評論者としてはそれで良いかもしれませんが、政治家としてはその次のステップがあります。具体的に何を目標とし(変な言葉ですが「不幸の定義」「不幸の量の測定法の提示)が必要でしょう)、その目標を達成するために具体的にどのような政策を提示し、それを実行するためにどう官僚を動かし、どんな仕事が達成されたか、をそれぞれ個別に評価する必要があります。それについては、菅さんがこれからどのような言動をするか、政策決定をするか、を見て評価していくことになるでしょう。ただ、本年度の予算はもう決まっているんですよね。すると評価できるのは来年か再来年?  そのときまで菅さんは首相をやっているのだろうか……


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2010.06.27 17:10 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

文字通り(5)頭を

「頭を丸める」……まん丸にすると、頭蓋骨が砕ける
「頭を絞る」……あたまジュース
「頭を冷やす」……絞ったタオルの交換は、冷たい愛情表現の一種
「頭を抱える」……ヘッドロックをかける
「頭を痛める」……ヘッドロックをかけられる
「頭を集める」……戦国時代の勝利宣言
「頭を下ろす」……ああ、重かった


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2010.06.27 07:11 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

頭を冷やす

 学生時代、生理学の授業で「頭は人体で一番熱勾配が高いから、発熱の時には頭を冷やすのが効率がよい」と習った覚えがあります。熱で“等高線”を描いたとき、頭でその線の間隔が一番密になるから、体表を冷やすのなら頭が一番熱移動が大きいことが期待できる、という意味でした。

 トラブルの時に「かっかするな、頭を冷やせ」とよく言います。これはもちろん「頭に氷嚢をのせろ」という意味ではありません。「頭にきている」状態では冷静な判断はできず間違えますから精神的に「冷やすこと」が必要です。ただし物理的にも冷やす方向に温度変化を与えることで脳の働きに良い影響を与えることができるかもしれません。格好良く言ったら「温度ショックによる脳細胞の活性化」です。
 つまり、病気による発熱時以外であっても「頭を冷やす」ことには意味があるのかもしれないのです。
  ……という発想から「クライオサーミア」(頭部冷却装置)なんてものも生まれたのでしょうね。もしかしたら、本当の発熱時にはあまり効果が期待できなさそうな市販の熱をさますシートも、平常時には「良い効果」が期待できるかもしれません。もちろんお安くつく濡れタオルで十分かもしれませんが。
そういえば私は受験勉強をしているときに、濡れタオルで鉢巻きをしたりしていましたっけ。効果があったのか どうかは不明ですが。


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2010.06.26 17:51 |  スポーツ  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

夜明けの快挙

 サッカーW杯日本デンマーク戦の視聴率はすごかったそうですね。「デンマーク戦視聴率 未明の快挙」(中日スポーツ)によると関東地区の平均視聴率はなんと30%を越えたそうです。おかげでネットのあちこちには「嬉しい」と一緒に「眠い」の書き込みが氾濫中。
 日本代表の快挙に私も喜びで踊りましたが、翌朝、というか、その夜が明けてから教室ががらがらだったとの教師の書き込みを読んで首を傾げました。医者の場合、深夜や未明に起こされるのは普通の生活ですが、翌朝もそのまま仕事に突入するのが普通のことです。サッカーファンの人たちは、この際不規則に何夜か“眠れぬ夜”を過ごしてさらにその次の日も普通の一日を過ごしてみたら、医者の生活の一端がタダで体験できるかもしれません。


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2010.06.26 06:50 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

ゴジラと胃癌

 「ゴジラvsビオランテ」には、ゴジラの「G細胞」とバラとヒトの遺伝子が融合した怪獣ビオランテが登場します。「植物怪獣とはなかなか斬新だけれど、結局ゴジラを越える敵はゴジラ(の細胞をもとにした怪獣)ということなのか、もう魅力的な敵役をゼロから造型するのは限界なのかな」と映画館で私は覚めた目で観ましたっけ。(当時はまだインターネットが普及していなかったので調べられませんでしたが、植物系の怪獣としては「ウルトラQ」ですでにマンモス・フラワーがいたことを後日知りました)

 ところで「G細胞」は人体内にもあるのです。胃袋に存在していて、ガストリンというホルモンを分泌しています。Gastrinを分泌する細胞だから「G細胞」なのかな?  たぶんゴジラとは無関係のはずです。
 このホルモンが発見されたときには「胃袋は消化器官」という“決まり”が覆されて「胃袋は内分泌器官でもある」という新しいテーゼが登場したため、医学者の間ではそれなりに大騒動だったそうです。「別に胃袋がホルモンを分泌しても良いじゃないか」と思いますが、それまでの内科系の分類では胃袋は「内分泌系」ではなくて「消化系」で扱うものでしたから。
 さて、胃に食物が入るとその刺激でガストリンが分泌されて血液中に放出されます。ガストリンは体内の血管をぐるっと回ってまた胃袋に帰ってきてそこで「ペプシノゲンの分泌」「胃酸分泌」などを行ないます。ペプシノゲンはペプシンになってタンパク分解を行なうので、胃酸分泌とともに胃に入ってきた食物の消化に役立つ、という非常にわかりやすい作用のホルモンがガストリンです。

 ガストリンで放出されるペプシノゲンは二種類ありますが、実に単純に「ペプシノゲンI」と「ペプシノゲンII」と命名されています。略すと「PGI」「PGII」。なんだか「プロスタグランディンか?」と言いたくもなります(こちらも略称は「PG」ですから)。ところがこれ(ペプシノゲンの方)は胃粘膜の“健康状態”を敏感に反映します。粘膜が元気だとペプシノゲンも元気よく分泌されますが、萎縮性胃炎が進行して粘膜が息も絶え絶えになるとペプシノゲンの分泌量も減少します。特に萎縮性胃炎が起こりやすいところが「PGI」の生産地で、最後までしぶとく残る粘膜の所が「PGII」の生産地(そこでも「PGI」は分泌されてはいますが)。すると「萎縮性胃炎が進行するにつれて、「PGI」がどんどん減るが「PGII」はけっこう残る」という現象が起きます。そこで医学界得意の「差を比に転換」する作業が行なわれます。「PGI/PGII」比を計算することで「萎縮性胃炎が進行している」ことが一つの数字を観るだけで表現できる、ということになるのです。
 ここまでが私が固有に持っている知識です。ちょうどペプシノゲンを使った胃癌検診(「血液を検査したら胃癌検診ができる」とけっこうマスコミで取り上げられましたっけ)が始まった頃にこの知識を仕入れましたが、その後“(胃に関する)現役”を離れたので、その後の変化についてはこまめにフォローしていませんでした。ところが文明はどんどん進歩します。今ではヘリコバクター・ピロリが萎縮性胃炎から発生する胃癌のリスク・ファクターとして重要視されるようになったので、ペプシノゲンだけではなくてヘリコバクター・ピロリの検査や除菌も胃癌検診には重要となっています。そういえば今年の保険改訂で、ヘリコの除菌の保険適応が「早期胃癌で内視鏡手術を受けた人」にも認められるようになりました(「ピロリ除菌 胃がんも保険適用 」(NHK))。

 そうそう、「新しい胃がん検診ペプシノゲン法/ペプシノゲン法について(専門的な解説)」によると、

Hp感染のない健康的な胃粘膜のペプシノゲン(PG)値はPGI値:40~50ng/ml、PGII値:5~10ng/ml、I/II比:5以上と推測される。Hp感染に伴う炎症により、PGI値、PGII値は上昇し、I/II比は低下する。そして、萎縮が出現すれば、まずPGI値が低下し、かなり遅れてPGII値が低下する。その結果、I/II比は萎縮の進行に伴い低下する。PG法は胃粘膜萎縮を客観的な血液検査で拾いあげる方法であり、PGI≦70ng/mlかつI/II比≦3.0(基準値)を陽性としている。そして、PG法による胃粘膜萎縮の評価は、同じ日に行った内視鏡検査による胃粘膜萎縮の評価とよく相関していた。

 だそうです。ただ、胃粘膜の萎縮がひどく進行して「PGII」も低下したら、この「I/II比」は使い物にならなくなります。まあ「たった一つの数字を振り回したら、それで胃癌についてのすべてがわかる」ほど世の中は甘くはない、ということでしょう。


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2010.06.25 18:06 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

二度あることは

 先日医局で昼食を食べていると、急な電話で病棟に呼ばれました。ちゃちゃっと用を済ませて弁当を再開してから「そういえば昨日も昼の弁当を二口食べたところで呼ばれたっけ」と思い出しました。その時は30分以上かかったので、帰ってきたら弁当は乾涸らびていました。まあそれでも食べられるだけありがたいので食べましたが。
 で、食べながら「二度あることは三度ある」を思い出してしまって、ちょっと嫌な気分になります。気持ちを切り替えようと「食い物の恨みは」も思い出しましたが、この場合「恨み」をぶつけるべきは誰、あるいは何なんでしょうねえ。


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