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2010.05.27 18:31 |  その他(一般)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

大臣のお仕事

 カストロやクリントンやオバマに会う
 市長や町長や住民代表に会えない


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2010.05.27 06:46 |  医療事故  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

問題

 「問題」ということばには複数の意味があります。

1)「問題です。1たす1はいくつでしょう?」……「問い」
2)「これは大問題だ。一体どうするんだ」……「困った事柄」
3)「食糧問題」「政治問題」など……「解決するべき事柄」
4)「問題の人物」……「世間の関心の焦点」

 ところがこの中で、なぜか2)の意味が一番強い影響力を持っていて、たとえば3)や4)で「問題」と言った場合、そこに自動的に「困った」「厄介な」というイメージが付加されてしまうことが多くなっています。もちろん3)や4)で取り上げられるようになるのは、大体が困ったりこじれた「問題」であることが多いからでしょうが、それでも価値的には中立な「問題」もこの世にはあります。というか3)の場合には「困ったもんだ」とその「問題」を非難する態度はむしろ解決の邪魔でしかありません。
 アドラー心理学を日本に広めている野田俊作さんは「対人関係では、『問題』と言わずに、価値中立的な『課題』ということばを使おう」と提案していました。たしかに「それは問題だ」と言ったら「困ったもんだ」になりますが、「それは課題だ」と言ったら「ならばどうやって解決するか」になります。

 昨日「医療メディエーション」でコンフリクトについて書きましたが、コンフリクトを起している当事者はいわば「課題の所有者」と言えます。当事者としては「相手が悪い(相手が問題だ)」と言いたいでしょうが、実は、解決するべき課題を“所有”しているのは「“問題”によって困った思いをしているその人」なのです。だって課題を所有していない人は最初からその課題で困った思いをしないのですから。ところが「自分の課題」は自分からはあまり見えません。他人のことはよく見ることができますが。そこで「自分は困っているんだから、お前らがそれを解決しろ」という要求が発生します。ところがその解決するべき課題が「自分の課題」だったら、たとえ親切な他人がよってたかったとしても、それを簡単に解決することはできません。だってそれは「自分の課題(=自分が解決するべき課題)」なのですから。
 そこに「課題の非所有者」としてのメディエーターが登場する余地があります。「課題を解決する」ためにではなくて「課題がどこに存在するかを明確にする」役割です。課題がどこに(誰に)存在するかが確定できたら、そこで初めて「課題の所有者」が解決への動きを具体的に始めることができるのですから。
 ですからメディエーターは、関係する当事者に関してはどんな課題も「自分で所有」してはいけません。よく「中立」と言いますが、メディエーターの場合の「中立」は、「二人の当事者のちょうど中間地点にいること」ではなくて、「二人の当事者によって作られた“線分”(課題)から離れたところに位置して、“線分”(一次元)に新しい次元を与えて二次元にすること」を意味する、と私は考えています。「新しい次元」には「前の次元の課題」は含まれない、だからこそ「課題」を解決する余地(スペース)が生まれる、と。「当事者」が解決しない限り、どんな課題も真の解決にはならないのですが、メディエーターはその解決のフィールドを設定できるのです。
 これは医療紛争(あるいはコンフリクト)に限った話ではありません。日常生活で生じるあらゆるコンフリクトやトラブルでも言えることでしょう。さらに言うなら、わざわざ別の個人をメディエーターとして呼んでこなくても、自分自身の心の一部を分離させて自分(と相手)を客観視することができたら、多くのコンフリクトはトラブルにならずにすむかもしれません。
 そうそう、前述の野田さんはこんなことも言っています。「対人関係でトラブルが起きると、多くの人は『悪いあなた』『可哀想な私』の“カード”を出し続ける。このカードを持っている限り、常に『悪いあなた』を責め続けることができる。だって『私は可哀想』なのだから。だけど、そのトラブルを本当に解決させるためにはもう一つ『私にできること』という新しい“カード”を出す必要がある」と。


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