入院直後は夜間不穏になったりしていたτさんが、落ち着いてきてふつうに話もできるようになった頃にこんどはうつ状態になりました。
ただ、私は別にあわてません。大きな病気になってしまった直後のショック期から脱して、自分がどのような状態にあるのかが認識できるようになったとき、まず感じるのは絶望と混乱でしょう。だったらそこでうつ状態になるのは当然のことです。
私は本人と家族の人に同時にこう話しました。「大きな病気になったら、滅入るのが人間として当然の反応です。滅入らないでけらけら笑っている方がおかしい。だから滅入ったこと自体は問題ではありません。ただ、滅入りすぎて首をくくったら元も子もありませんから、それだけはやめてくださいね」。τさんは自殺願望はないことを言います。それを聞いて私は安心します。「でも、滅入るのが当然、とそのまま放置するのも不親切ですから、軽い薬を飲んで少しだけ気分を持ち上げておきましょうか? うつ病に使う薬が良く効いて楽になると思いますよ」
結局SSRIを1日に1錠だけ飲むと1週間で不眠も食欲不振も良くなってきて、念のためにもう1週間だけ飲んでもらってそこで抗うつ剤はやめました。
以後はずいぶん調子が良くなり、にこにこと笑顔で過ごされるようになって退院されて行かれました。
これは、薬がうつを治したのではなくて、本人が(薬の助けをちょっと借りて)自分で自分を癒した、と私は考えています。
「うつ」には「病的なうつ」とは別に、変な言い方ですが、こういった自然の反応としての「健全なうつ」がある、と私は考えています。もし医者の仕事がそこにあるとしたら、それは「健全なうつ」をこじらせてしまわないように努力することでしょう。
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