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 すでに各所で話題になっていて、完全に乗り遅れたので自分の所に細々と書くことにします。
『HIV』理由 看護師退職 病院側は勧奨否定」(東京新聞)

 過労で倒れた看護師に無断でHIVの検査をしたら陽性だったから「お前は看護師の仕事はしてはならない。するとしたら運転手か配膳だがそちらは人が足りている」と言うことで退職に追い込んだ(でも「退職しろ」とは言っていない)病院がある、という記事です。(ちなみに病院では入院患者さんに無断でHIV検査をしてはならない、と私は教わっています)

 ブログ「新小児科医のつぶやき」の「これも市民感覚かな」には「『この病院の処置に賛成』『HIVキャリアの看護師がいる病院には行きたくない』と言う人が非常に多い」と驚きとともに書かれていましたが、私も驚きました。HIVに関しては「献血に行ったらエイズをうつされる」という無茶苦茶な話を本気で信じている人がけっこう多かったのに十数年前にNiftyServeで出くわしたときにも驚きましたが、なんだか「HIV」というだけで忌避感情が発動し論理回路が停止する人は今でも多いようです。

 ここで私が思うのは二つです。「差別」と「迷信」。

 まずは「差別」。
 HIV陽性の病院職員に対する病院の態度は、つまりはHIVキャリアに対する露骨な差別です。で、そういった差別的な態度を見ていると、差別をする人は「HIVに対する知識」(HIVの知識があれば、それを他人に感染させない(その確率を下げる)ためにどうすればいいのかはわかります)、「感染防御の論理」(論理的な思考ができれば、院内感染防止システムが機能しているかどうかのチェックができます)、「人(特に社会的弱者)に対する暖かい思い」よりも「自分の感情」を優先させる(そしてその自己正当化のために(論理ではなくて)「理屈」を使う)のだな、としみじみ感じてしまいます。
 だけど、医療に関する知識も論理力も社会的弱者に対する暖かい思いも不足している人が、病院を管理していたり、あるいは日本の医療についていろいろ発言するのは、なんだか、変です。その逆だったらわかるのですが。ただ「差別をしたい人」「差別をしたい人に同調したい人」には「知識や論理や思いやり」は「どーでもいいこと」なのでしょうね。大切なのはご自分の「○○をしたい」感情なのでしょうから。

 次は「迷信」
 『金枝篇』(ジェームズ・フレーザー、1890年)に「共感呪術」という概念が登場します。この共感呪術は要するに迷信なのですが、現代に生きているモノでそれに一番近いのは、擬似科学的迷信です。
 共感呪術は二つに分けられます。
1)類感呪術(模倣呪術)……何かの象徴は、その本体と同等である
2)接触呪術(感染呪術)……汚れたものに一度接触したものはずっと汚染されたままである

 1)はちょっとわかりにくいのですが(金枝篇では丑の刻まいりの藁人形のような例が登場します)、一番わかりやすいのは「カレーのようなウンコと、ウンコのようなカレー」の話かな。たとえ「カレー」とわかっていても「ウンコのような見かけとにおい」だったら食べられますか?のお話(この場合、ウンコが象徴でカレーが本体ですが、その象徴によって本体(に関する人間の行動)が影響を受けてしまうのです)。実はこれ、実際に心理学の実験で行なわれたことがあります。本当にウンコに見えるお菓子を作って「さあ、お食べ」とやったの。ほとんどの人は食べられなかったそうです。(「Operation of the laws of sympathetic magic in disgust and other domains.」By Rozin, Paul; Millman, Linda; Nemeroff, Carol
Journal of Personality and Social Psychology. Vol 50(4), Apr 1986, 703-712.)
 2)は日本人にはわかりやすいですね。「穢れ」の概念そのものですから。HIVウイルスに一度接触した“汚染された存在”はもうエンガチョなのです。で、その人にもしも自分が触れてしまったら、自分もまた穢されてしまいます。ですから自分の目の届かないところに押し込んで隠してしまえそうすれば自分は安全(安心)、という発想が登場します。HIVは単に接触しただけではうつらないとかの知識などは、迷信を信じる力の前には無力です。どんな知識と論理を展開したとしても、こういった場合の万能のことば「それでも、何かあったらどうする」が登場しますから。

 ということで、HIVキャリアを差別することに夢中になる人間は、科学的思考とは無縁で、接触呪術という疑似科学迷信の信者でもある、が今回の私のささやかな主張です。
 ついでですが、HIVキャリアとわかった看護師を首尾良く退職に追い込んでも、実は病院にとっては何の解決にもなっていません。「調べていない職員」の中にキャリアがいないという保証はないのですから。全員強制的に検査をしましょうか?  でもウインドウ期の問題が生じますよ。検査した翌日に針刺し事故を起したり新しい恋人ができたらどうしましょう?
 実際には、現在の日本人のHIV保有率と同じ確率(あるいは、針刺し事故などによってそれ以上の確率)で病院職員もHIVを持っていると想定して置いた方が良いです。調べないからわからないだけですが、それは患者・家族・業者など、来院される医療職以外のすべての人でも同じことですよね。だからこそどんな人が職員あるいは患者であっても良いように標準手順を確立しておくことが大切なのではないですか?

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2010.05.08 06:49 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

時間に厳しい人

 私は病院でいろんな人と面会をします。医者として患者やその家族あるいはそれ以外の人と面会する場合もありますし、逆に自分が患者やその家族となってよその病院で医者と面会する場合もあります。そこでまず行なうのは時間の調整ですが、面白いことに気づきました。
 たぶん非常に忙しいのでしょう、強引に「○時○○分でないと時間が取れない」などとこちらの都合を一切聞かない人がいます。で、そういった無理を通す人に限って、自分の指定した時間を守ることに無頓着なことがけっこう多いのです。こちらは相手の都合に合わせて自分の時間を空けてるのに、遅刻したり約束の時間が過ぎてから平気でキャンセルの電話をしてきたりひどい場合は連絡ぬきでキャンセルしたり。あれだけ「○時○○分でないと」と強く言っていたのは何だったんだ、と思います。あ、これは医者とか患者とかは無関係です。どちらでもそんな人はけっこういるのです。
 結局「時間に厳しい」のではなくて「自分は時間に厳しいぞ」というイメージ戦略をやってるだけなんですかねえ。それとも「時間」ではなくて「自分の都合を押しつける態度」が厳しいだけかしらん。


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