「VP」とは何かと言えば……Wikipedia「VP」を見ると、仮想プロセッサ(Virtual Processor)、副大統領(Vice President)、ヴィデオ・パッケージ(Video Package)、『ヴァルキリープロファイル』(ゲーム)、ビュープラザ(View Plaza)、真空包装(Vacuum Pack)、プロ野球のビクトリーポイント(Victory Point)、などが上げられています。ちょっと文字をつけたして良いのなら「VIP」(very important person)、「MVP」(「Montel Vontavious Porter」通称MVP(WWEのプロレスラーのリングネーム)……ではなくて一般には「most valuable player」)があります。そうそう「VSOP」なんてのもありますね。
私の守備範囲では「静脈圧」(Venous Pressure)や「VPシャント」(ventriculo-peritoneal shunt、脳室ー腹腔シャント)を思います。VPシャントは、水頭症(脳に水(厳密には脳脊髄液)が貯まりすぎて脳が潰されてしまう病気)の治療で、排水のために脳室(脳の中の水が貯まる空間)から遠路はるばる腹腔にまでチューブを皮下を這わせる術式です。腹腔に流された脳脊髄液は腹膜から吸収されます。体外に流すと、あまりお行儀がよいことになりませんし、万が一逆流したら容易に病原体が脳に侵入することになります。でも腹腔は普通は無菌なので比較的安全、という判断でチューブの先端を留置する場所に選ばれています。
……というか、「VP」でWikipediaにちゃんと一項目立っていることに対して、驚くべきなのでしょう。
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高度成長期前の日本は、今とは“別の国”でした。私が育ったのは人口五十万くらいの小都市でしたが、市内の川で泳いでいましたし、自宅は河口のそばにあったので季節には家からぺたぺたゴム草履ででかけて潮干狩りもしていました。さすがに小学生のいつ頃だったか、川の水から大腸菌がたくさん検出された、とのことで遊泳禁止になってしまいましたが。でも今にして思い出すと、橋の上から川面を眺めているといろんなゴミがぷかぷか流れていたので、大腸菌騒動以前にもけっこう汚れていたのではないか、とは思います。
その頃でも川の上流では、川は生活用水として使われていました。そこで日常的に言われていたのが「水三尺流れれば清し」です。意味は簡単。「水におしっこをしようがゴミを捨てようが、その水が三尺流れたらもう綺麗になっている」。科学的に異論のある人もおられるでしょうが。
インドではガンジス川が聖なる河で、目の前に何が流れていようが(たとえそれが死体でも)気にせずに水浴びをする、と聞いたことがありますが、それは宗教的な信念(ガンジス川は天国に通じる特別な川)に基づく行動です。だけど日本の「水三尺流れれば清し」は特に何かの信念とか確証に基づく行為とは思えません。神道の「水にはよごれや穢れを浄める作用がある」という宗教的な思いもあるでしょうが、実はもっと「実用的な理由」ではないか、と私は思っています。そうでも思わなかったら上流に人が住んでいる地域の人(つまり流域のほとんどの人間)は川の水を安心して使えなかったでしょうし、子どもも平気で川遊びができなかったでしょう。つまり、自分が安心して川を利用できる、さらには安心して川に汚水やゴミを流すことができる、という「安心感の保証」のための言葉ではないか、と。
あるいは「人の視界の大きさ」が「三尺」ということだったのかもしれません。「(三尺より)上流のことは気にしない」「(三尺より)下流のことも気にしない」ということで。
自動車メーカーのボルボが一時「スモッグイーター装備で、ボルボが走るだけで都市のオゾンを浄化する」と宣伝していましたし、ボルボだったか他のメーカーだったかでは「自分の会社の車の排気ガスの方が都市の空気よりきれい」と宣伝していましたっけ。。それと同じような感じで、川や海への排水も「排出される側の水よりもきれい」なものだったら、特に問題はないわけです(汚泥の問題は生じますが)。さらに良いのは「最初からきれい」「汚さない」の組み合わせでしょう。川が上流から下流までずっときれいな水が流れている状態です。これだったら「三尺」に限定しなくても「川はずっと清し」なのですが。
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