「九大生体解剖事件」について初めて読んだのは『海と毒薬』(遠藤周作)でした。高校の時でしたが、ショッキングでした。ところが『海と毒薬』は事実を元にしたフィクションであって、“真相”は違う、というのが本書の主張です。
昭和20年4月、著者は九州大学医学専門部に入り、解剖学の平光教授の研究補助員となりました。5月11日、平光教授のところに不審な電話があります。アメリカ兵の捕虜が負傷しているのでその手術をするから、解剖学実習室を使わせろ、というのです。5月17日、教授が留守の時トラックが二人の捕虜を運んできます。著者は実習室へ一同を案内しますが、その目の前でドアは閉じられました。
それに先立つ5月5日、久留米市郊外大刀洗飛行場を爆撃して帰投中のB29は日本戦闘機にエンジンを撃たれ、全乗務員はパラシュートで脱出しました。住民は「鬼畜米英」と竹槍などを持って山狩りをします。ただし、終戦後に行なわれた、占領軍による捕虜虐待および虐殺に関する厳しい追及のため、住民の記憶は“封印”されてしまいました。そのため、終戦後の著者の調査は難航しますが、それでも少しずつ事情がわかってきます。猟銃で射殺された米兵もいますし追い詰められて自殺した人も。逆に、取り囲まれてあわや、のところで、「捕虜は殺してはならない」と命令された警察官や(「アメリカのスパイ」と囁かれている)英語ができる獣医や日露戦争の古強者が体を張って米兵の命を救った例もありました。パラシュート降下した11名(または12名)の米兵で生き残った9人は、所轄の熊本憲兵隊と大分憲兵隊に引き渡され、さらに福岡の西部軍司令部に護送されました。中央からの暗号電報による指示は「すでに俘虜収容所は一杯なので、情報を持っている機長だけ東京に送れ。あとは各軍司令部で適当に処置せよ」でした。適当? 処置? 無差別爆撃は国際法違反だから、軍律会議で死刑を宣告することができる、と日本軍の法務部は考えます。しかし軍律会議には時間がかかります。戦略爆撃による大損害に対する怒りと、米軍の九州上陸は目前という焦燥。そこで「負傷した俘虜に、実験的な治療を行なう」という“大義名分”が浮上してきます。さらに「どうせ銃殺になるのだから」という言い訳も。軍から話を持ちかけられた大森軍医は、出身大学の九大に話を持ち込みます。
当時胸部外科では「片肺摘出手術」は「現在は無理だが将来にはチャレンジしたい課題」でした。さらに、代用血液の研究も当時の日本医学では重要な課題でした。輸血に必要な血液は圧倒的に不足していました。そこで海水を蒸留水で薄めたものがその代用にならないか、という研究です。すでに兎ではある程度の実績を上げ、次は人体実験、という段階でした。
教授たちは「軍の要請だから」と言い訳をしつつ、“悪魔の所業”の準備を始めました。
二人の捕虜は片肺摘出の「手術」と代用血液の点滴を受け、そしてそのまま殺されます(著者の見解では、大森軍医が大量に脱血して死に至らしめたようです)。そのあとで死体解剖が行なわれましたが、エーテル麻酔科での手術と死後の解剖、この二つが混同されて「生体解剖」という呼称が後世に伝えられることになりました(少なくとも著者の目撃が正しければ、ですが)。
5月22日に第3例目と第4例目の“手術”が行なわれました。最初は胃の手術と開胸心臓マッサージです。次は肝臓切除。どちらも当時の日本医学では最先端の手術です。米兵はまたも手術台の上で死亡します。
5月25日、こんどは脳の手術でした。たまたまそこに居合わせた平光教授は解剖学的なオリエンテーションを術者に聞かれ「そんなことも知らずに“手術”をするとは、何が目的でやっているのだろう」と不審に思います。
6月に入り、著者が知らないうちにまた3人が手術台で殺されました。
6月19日の福岡空襲で大森軍医は重傷を負い、7月9日に死亡しました。空襲に対してB29搭乗員への憎しみが爆発し、九州では生き残った捕虜の(手術の形も取らない)処刑が次々行なわれます。最後の一人の処刑は8月15日午後のことでした。
敗戦と同時に証拠隠滅工作が始まります。捕虜は全員空襲で死んだことにし、書類や遺骨をでっち上げます。それが通用しそうもないとなると、捕虜の一部(九大で殺した人たち)は広島に送ったのでそこで死亡、残りは敗戦後東京に輸送中に飛行機が墜落、というストーリーを軍部は組み立てます。
陸軍内部でも混乱があります。中央と地方で責任の押し付け合い(自分たちは責任追及されないように、しかしトップ(ひいては天皇)にも責任が及ばないように)があり、話はあちこちでこじれます。陸相によって中央俘虜調査特別委員会が作られますが、委員の調査の対象は自分たちの同僚や先輩です。やりにくくて仕方ありません。
九州地区で墜落したB29の搭乗員が一人も生き残っていないことを、米軍は怪しみます。当然厳しい取り調べが行なわれました。偽証と沈黙の固い防壁を破り、ついに九州大学に捜査の手が及びます。そこでもまた組織防衛の論理が発動しました。医学部長を守らないと、医学部と病院全体が接収されたりするのではないか、と。そのためには「責任者」は現場の人間でなければなりません。執刀をした外科の石村教授と、場所を提供した解剖学の平光教授とに。二人は逮捕され、石村教授は一部を告白した後自殺します。
著者も連日の(ほとんど精神的拷問とも言える)厳しい取り調べを受けました。結局28人がこの事件で戦犯裁判に起訴されます。新聞はGHQの発表をそのまま鵜呑みにして猟奇的に報道します。まるで戦中に大本営発表をそのまま垂れ流したことの裏返しのように。
検事側の筋書きに散りばめられた「生体解剖」「実験のための手術」「捕虜虐待」「肝臓嗜食」がキーワードとなって裁判は進行します。軍の依頼を受けた外科教授に頼まれて場所を貸した平光教授は、いつの間にか積極的に手術に関与した“主犯”に祭り上げられていました。石村教授は「責任をとっての自殺」のつもりだったのでしょうが「死人に口なし」が逆に作用して「ならば生きている誰かを罰してやる」と裁判の方向が決まってしまったのです。(そう言えば『銀河英雄伝説』で、艦隊決戦に負けた元帥が自殺しようとしたら副官に「あなたがここで死んだら別の誰かが戦犯として処刑されることになる。気の毒だけれど、ここは自殺せずに戦犯として死んでください」と自殺を止められるシーンがありましたっけ)
判決は、死刑5人、終身刑4人。平光教授は(61歳にして)重労働25年の刑でした。ただ「肝臓嗜食」で訴えられた者は全員無罪となり、連日センセーショナルに報道していた新聞は慌て、朝日新聞などは「これら肝臓嗜食関係者には、いずれ何らかの処置が施されると思われる」と見苦しい“社会的制裁”を加えているそうです。
戦争という狂気に彩られた「時代」にすべての責任をかぶせるわけにはいかないでしょう。医者として、さらに人間としての倫理は、どんな時代でも殺してはいけません。ただ、平和な時代にそう言うことは簡単ですが、では実際にそんな時代に生きなければならなくなったとしたら、私自身どこまで自分の良心を眠らせずにすむか、正直自信はありません。いくらかの抵抗はできるだろうとは自分自身に期待はしていますが、実際には両方を体験しないとわからないことでしょうね(*1)。
*1)「奴隷商人になるよりも乞食になるほうがましです」アースタンはいった。「それは、そのどちらにもなったことのない人のいう言葉よ」ダニーは小鼻を広げた。(『剣嵐の大地 ──氷と炎の歌3』ジョージ・R・R・マーティン)
(未読の人にはちょっと解説が必要かな。ダニーは、一家が全員殺され・亡命をし・売られ・強姦され・夫を喪い・死産をし・殺されかけ・人を殺し、そして今では異民族の女族長をやっている、という波乱の人生を送っているまだローティーンの少女です)
書誌情報:『汚名 ──「九大生体解剖事件」の真相』東野利夫 著、 文藝春秋、1979年、
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第一感「なぜ今頃になって?」の記事ですが(「人工呼吸なしで胸部圧迫だけでも有効」を耳にしたのは、私はたぶん2〜3年前)、ともかく「従来の救命措置の“常識”を覆す」手法に関する記事だそうです。
「心肺蘇生:胸押し続けて 人工呼吸しなくても効果…京大」(毎日)
しかしこの記者、「簡単な手法」なんて平気で書いていますが、絶対に実体験はおろか、シミュレーションの体験人形での体験も持っていませんね。あのスピードで固い胸部を圧迫し続ける“肉体労働”がどのくらい“簡単”なものか、ぜひ体験してご自分の記事で発表してもらいたいものです。
そうそう、「今頃?」の根拠も示しておきましょう。ちょっと検索かけたら出てくる出てくる……
「心肺蘇生に人工呼吸は不要」(日経ビジネス)2008年7月22日
「心肺蘇生に人工呼吸は不要」(【日本心臓財団 HEART WEB NEWS 第33号】)2008年5月1日
「バイスタンダーCPRは胸骨圧迫のみでも有効」(メディカル・トリビューン)2008年2月28日
「変わりゆく「心肺蘇生法」のやり方」(excite.ニュース)2007年10月20日
そうそう、今回の検索で見つけたちょっと変わったニュースでこんなのもあります。
「胸部ではなく上腹部を圧迫 ──1人でも可能な心肺蘇生法を考案」(メディカル・トリビューン)
なんだか、異物誤嚥のハイムリッヒ法を連続して行なうみたいな感じですね。もしかしたらこの手法(胸ではなくて上腹部を圧迫する、人工呼吸なし)が「画期的な手法」として新聞に紹介される日がそのうちに来るかもしれません。その日まで新聞がまだ存在していれば、ですが。
……あ゛、毎日のことだから上記の記事にも何かウラがあるのかな? 「手抜きの『簡単な手法』ではなくて『きちんとした手法』で心肺蘇生を受けていたら助かっていたはず」訴訟の誘導とか……でもそれだったらもうちょっと否定的なニュアンスをにじませそうなものですが……
ついでですが、一般市民が心肺蘇生を行なって助からなかった場合に責任を問われる心配はしなくて良いです。そもそも助からないのが普通(院外心停止で助かる率は、毎日の記事にもあるように数パーセント)ですからトンチキな弁護士にどんな理不尽なことを言われても「普通の経過になった」と主張すればどんなトンチキな裁判官でも被告敗訴判決は出せません……出せないはずです……出せないと良いなあ。もちろん私が出くわしたら心マッサージはやりますけどね、助からなくてもお願いだから恨まないでね。一般市民の「他人を救いたい」という勇気を挫くような訴訟がどうか起きませんように。
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2007年12月にこのブログを始めて2年半、投稿した記事はいつのまにか1500を越えました。
我ながらよく書いたものだと思います。特に最近は一日二本の投稿が続いていますが、まるで「朝刊・夕刊」ですね。ここまでくると、どこまでこのペースが続けられるか、と興味を持ってしまいます(まるで他人事のような書き方ですが)。とりあえずネタかやる気か、どちらかが切れるまでは続けてみましょう。今のところは特に無理は感じていませんので、もうちょっとは続くんじゃないかというのが私の予想です(またまた他人事のような書き方ですが)。
おかげさまでアクセス数は総計が140万を越えました。この数字の大きさには、ちょっとたじろいでしまいます。m3では過去の「日別」「月別」の記録が残っているのですが、「4月」で見ると、2008年4月のアクセス数は25,377、2009年4月は49,909、2010年4月は78,029……なんと表現したものか、ともかく“順調”な伸びです。比較の基準を持っていないので確信はありませんが、市井に埋もれた無名人のブログとしては、これはすごい“実績”なのではないでしょうか。コメント返しもろくにしない愛想の悪いブログで申し訳ありませんが、読者の皆様、これからもよろしゅうおつきあい下さいませ。
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診察で口の中を見ようと思って「はい、口を大きく開けてください」と言うと、上から入れ歯が吊り天井のようにかたんと落ちてくることがあります。総入れ歯が口に合っていなくて不安定になっているわけです。歯茎や歯の向きは、噛むことの影響を受けやすくて、たとえば総入れ歯を長期間外していたら歯茎が痩せてきて入れ歯が合わなくなることは(私の経験では)まず必発です。また、入れ歯がないと、口がもぐもぐして声が聞き取りにくくなりますし、食事は食べにくいし、表情も老けて見えるし、良いことはあまりありません。ですから、特段の事情がなければ私は「入れ歯は使ってください」と言う主義です。
ただ、入れ歯を使うことによるトラブルもあります。一番怖いのが「異物誤嚥」。入れ歯そのものを呑んでしまった、という状況です。さすがに総入れ歯を呑み込むのは難しそうですが、部分入れ歯や差し歯でそのトラブルが時に発生します。
20世紀に同僚の内科医μさんがレントゲン写真を握って血相を変えて走り回っていました。「入院患者さんが昨日入れ歯を呑んじゃったと今頃言った」と。
レントゲンを見せてもらうと、たしかにお腹の中に差し歯が一本写っています。「緊急内視鏡で取れなかったら、これはもう開腹手術しかない」と彼は悲壮感を漂わせています。「ちょっと待って」と私。えっと、まず情報を整理しましょうね。
呑んだのは昨日。すると胃の中に残っている(胃内視鏡で取れる)可能性は低いはず。実際レントゲンをじっくり見ると、もう胃の中には無いことが明らかです。μさんの悲壮感は高まります。もう手術だよ、と。
ちょっと待って、と私。
異物(特に尖った角があるもの)誤嚥で特に困るのは主に次の二つです。
1)消化管に傷がつく
2)どこかに引っかかって動けなくなってしまう
1)の場合、粘膜の浅い傷なら基本的には問題は生じません。要するにかすり傷ですから、直ります。深い傷の場合は困ります。最悪は「穿孔」。食道だったら縦隔炎、胃腸だったら腹膜炎を起こし、命取りになりかねません。中途半端に深い傷は、たとえば出血が怖い、ということになります。
「で」と私は言います。「患者さんの容体はどう? どこか痛がっている? 腹膜炎の徴候は?」
けろりとしているそうです。念のためにもう一回お腹を触っておくことと、血液検査で白血球や炎症反応を見ておくように偉そうに私は言って、次に行きます。
2)の場合、単に「そこにあるだけ」なら基本的には問題はありませんが、ただ食物の流れを邪魔して結果的に腸閉塞の原因になることが考えられます。ですからどこかに完全に引っかかってしまったら、それはもう暴力的に手術で取り出すしかないでしょう。だけど、そのまま大便と一緒に出てくれたら? その場合には、一応めでたしめでたしです。
医療者だけではなくて患者側も含む関係者一同協議の上、一日様子を見ることになりました。翌日のレントゲンでは差し歯は大腸に入っていて、その翌日めでたく体外に自力排出されました。便の潜血検査でも大丈夫だったので、幸いなことにどこにも傷はつけずに通過しただけ、だったようです。
ただ、私が気になったのは「なぜ歯を呑んだことをすぐ言わずに、翌日になってから言ったのか」です。このことをμさんに言ったかどうか、実は覚えていません。この記事を書きながら、急に気になってきました。
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明治時代に活躍した人の本などを読んでいて感じるのは、彼らの教養が「江戸時代」によって形作られていることです。明治政府は江戸幕府に関係するものは全否定する勢いでしたが、結局各個人の中に「江戸時代(の価値観や教養の厚み)」が生きているように思えます。
これは「現在」から「過去」を見た場合の話ですが、視線を転じて「過去」と「現在」から「未来」を見たらまた面白いものが見えます。
今の時代、特に医療に関しては、その環境を含めて大きく変えなければならない、と私は感じています。「今」を変える、とはつまり「現在の否定」です。
しかし、単なる「否定だけ」で動いたら何が起きるでしょう。ただの破壊です。徹底的に壊せばそこから再生が始まるかもしれません。しかし下手すれば「死」が生じるかもしれません。そんなバクチをするのは、明確な診断もプランもなしで突然手術を始めるようなもので、とても危ういと私は感じます。
では現状肯定? それでは何も変える必要は生じません。「今がそのままでよい」のですから。でもそれで生じるのは「緩慢な死」です。
では、厳密な変更計画の立案? 100%確実な計画を立てるのは困難です。その計画に全国民の合意を取り付けることも困難です。そしていざその計画を発動させたら、不測の事態が連続します。
それでも歴史を見れば確実に「時代」は変わっています。
科学に関して一番目立つのは「科学革命」(天動説 → 地動説 のパラダイム転換)でしょう。そのとき「時代を動かした人」はどんな人だったのか、と私は興味を持っています。
まずはコペルニクス。彼は決して「革命家」ではありませんでした。プトレマイオス天文学(天動説)を徹底的に理解し、その上で「地球は宇宙の中心の不動の位置を占めている、とされているが、地球は自転しているし、『宇宙の中心』は太陽にした方が他の星の位置の計算が楽になる」と述べ、実際にその主張に従ったとても役に立つ星の位置の計算表を示しました(『天球回転論』1543年)。表面上は「天動説の忠実な信奉者」で「ほんのちょっとの視点の修正」を提案した、という体です。ただし、コペルニクスが主張した「地球の自転」や「公転」の“証拠”(フーコーの振り子、年周視差、光行差など)が得られたのは18世紀になってからです。つまりコペルニクスは“エビデンス”なしで時代を変える主張をしていたのです。
ギルバート(『磁石論』1600年)は、磁力が魔術などではなくて科学的に説明できる力であるというそれまでにない「思想」を提唱しました。しかしその“科学的な説明”は17世紀の科学技術では証明不可能なことでした。それでも彼の主張は後世の人々に影響を与えました(たとえばヨハネス・ケプラーは「天球」を否定し各星々がばらばらに移動しているとしましたが、それらの星を結びつける「力」として、ギルバートの「磁力」を持ち出しました。今から見れば無茶な主張ですが)
ガリレオ・ガリレイを見ても同様のことに気づきます。彼はギルバートの「地球は磁石である」と自分の観測した「月は衛星である」「木星には4つの月がある」などを根拠として(なんと薄弱な根拠!)、地動説が間違いないものとしました。万有引力も慣性の法則も角運動量の保存も知らないため『天文対話』でのたとえば潮の干満の説明は悲しいくらい杜撰なものですが、逆に、それだけのエビデンスでも「真理」に到達できたのは偉大なことと言えるでしょう。(というか、ここで「潮の干満の説明が間違っている」ことをもってガリレイの地動説を否定したらそれはあまりに狭量な態度と言えると私は考えます。「木を見て森を見ず」と言うか、枯れ枝一本を以って森全体を否定する態度である、と。さらにオマケをするなら、「科学の世紀」に生きている我々でも、たとえば「満潮は月に海水が引っ張られて起きる。ではそのとき地球の反対側(月がない側)でも満潮が起きる理由は?」と問われて即座に“正解”を言える人は、何割くらいいるんでしょうねえ?)
彼らに共通するのは、先人の業績をきちんと学び我がものとしていることです。ギルバートは『磁石論』で自分の先取権は主張するが他人のそれは無視するというトホホな態度を取っていますが、それでもそこに先人の影響は露骨に濃厚に見えます。つまり出発点は「先人の業績の肯定」。しかしそこで止まっていたら、そのまま安住に流され、時代を変え乗り越えることはできません。また「過去と現在」を自分のものとして他人と共有可能としないと、同時代の人々(多くは現状肯定派)に対して彼らに理解可能な「自分の言葉』を届けることができません。つまり「肯定」と「共通理解」と「否定」とを同時に成立させなければ話は進まないのです。そこでコペルニクスらは過去の学問を学び完全に消化吸収して一度自分の思想的“背骨”としてその時代の“権威”となった上で、それを否定しました。つまり「過去と現在の肯定」と「自己否定」とがセットで登場する、それが科学革命での著名人の特徴と私は捉えています。
そんなことは凡人には無理です。安易な肯定や安易な否定の方がよほど楽。でもそういった困難な道(それも学問的に正しい道)を選んだ人だからこそ、歴史に名を残すことになったのでしょう。
さらにもう一つの「困難さ」があります。時代には「時代の制約」があります。常識や技術面での制約が。「世間の常識」を否定するのは困難ですし、どんな実験を思いついてもそれを実現するテクノロジーがなければそれは机上の空論となってしまいます。そこで「時代を変える」ためにはその時代の中では説明できない領域に踏み込むことが要求されます。コペルニクスやガリレイのように。それはきわめて危うい道であり、成功した人は稀です。このへんになると一種のバクチではないか、という感想を私は持ちます。そういえば「大陸移動説」のアルフレート・ヴェーゲナーが、大陸移動のメカニズムとして「大陸がそりのようにずりずり海底の上を滑っていく」なんて主張をしていて、誰も納得させることができなかったことを私は思い出します。そんな理屈では誰も納得しないのが当然なのです。
ともかく、現状を受けとめそれを肯定できるだけの知識と経験を持ち、その上でそれを(自分を含めて)否定できるだけの志と勇気を持つ、それが「時代を変える」ために現在必要な人材の条件でしょう。単なる不平屋や批判屋や単に新奇なものに夢中になるだけの人ではなくて。
ふっと医学に連想が飛びます。
EBMは大切な概念です。大切ではありますが、ではEBMで時代を変えることはできるでしょうか。「時代を変える」とは上記したように「その時代を否定する側面」を持ちます。しかしEBMは時代を否定するよりも肯定する性質の方が勝っています。「現状(または過去)の中での最善の方法の選択」ですから。「根拠」の無い主張にはEBMの中に生きる場所はありません。ではもし今「現代医学(EBM)のコペルニクス」に相当する人物が生きているとしたら、彼は医学の歴史を変えることができるのでしょうか?
参考図書:
『磁力と重力の発見 3 近代の始まり』山本義隆 著、 みすず書房、2003年、3000円(税別)
『新科学対話(上)』ガリレオ・ガリレイ 著、 今野武雄・日田節次 訳、 岩波書店(岩波文庫)、1937年(61年14刷)、★★
『天文対話(上)』ガリレオ・ガリレイ 著、 青木靖三 訳、 岩波書店(岩波文庫)、1959年、★★★★
『天文対話(下)』ガリレオ・ガリレイ 著、 青木靖三 訳、 岩波書店(岩波文庫)、1961年、★★★
『天球回転論』コペルニクス 著、 高橋憲一 訳・解説、 みすず書房、1993年、3600円(税別)
『コペルニクス革命 ──科学思想史序説』トーマス・クーン 著、 常石 敬一 訳、 講談社学術文庫、1989年、1250円(税別)
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昔は新聞に良く「痔の薬」の宣伝が載っていました。薬事法の改正で第二類以上の薬は薬剤師がとかネット上での薬の販売に制限、とかがあるのであのお薬も通信販売で売れるのかな、と思いますがそれはともかくとして。
なぜ痔の薬が通信販売されていたかと言えば、やっぱり恥ずかしさでしょう。医者に行ってパンツを脱いでお尻をみせるのは、私でも嫌です。見せるどころか、お尻の穴に指まで入れられてしまうのは屈辱的に感じます。だから痔の出血があったらとりあえず通信販売の薬で、というのも気持ちはわかります。
ただし二つ条件があります。
1)その痔が、“その薬”で治るタイプのものである。
2)“それ”が本当に痔である。
1)痔に「いぼ痔」「切れ痔」「痔瘻」などがあることは、皆さんご存じですよね。で、治療法はどれも違います。どれも同じ治療法で良い、のなら話が楽だったんですけどね。
2)合わない薬を使っていた場合、最大の悲劇は「いつまでも治らない」です。しかし、痔ではなくて別の病気だった場合、最大の悲劇は「寿命が縮む」になる可能性があります。その代表が「痔だと思っていたら、大腸癌だった」です。
ですから、「これは絶対に痔だ」という確信があったとしても、医者にかかっておいた方が、吉です。さらに言うなら、それで痔という診断があってもそこでお終いにしないで下さい。入り口(出口?)にたしかに痔があったとしても、その奥に別の病気がない、という確証はないのですから。痔になったのを「幸い」として、大腸のチェックをしておくのは悪いことではないと私は思います。
なお、「痔」でかかるのは「外科」です。「外科・肛門科」と看板が出ていたら、かかる科としては間違いがありません。
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パソコンのデータバックアップの重要性は、これまでの人生でハードディスクがクラッシュするたびに思い知らされていますが、喉元過ぎれば熱さを忘れるでまたすぐに忘れそうになってしまいます。
もっとも現在は忘れていても大丈夫。MacOS-Xには「TimeMachine」という自動バックアップソフトが標準でついているので、現在私は自宅の3台のマックのデータを、総計1.5TBの外付けHDDに1時間ごとにバックアップしています。全自動なので楽ちんです。ただ、これはあくまで自宅内LAN(有線と無線の二本立て)に繋がっている場合の話。出張などでノートブックを自宅外に持ち出した場合にはバックアップは取れません。必要な場合にはUSBメモリーにデータをコピーしますが、けっこう手間です。大切なファイルを自分自身宛にメールで送る、という手を使ったこともありますがこれもけっこう手間(私は基本的にものぐさでぐーたらなのです)ですし、g-mailだと容量は大きいのですが「どれが最新添付ファイルか」は自分で検索をする必要があります。
そこに「クラウドコンピューターを個人でも使用できる」というニュースが。
「ファイルのバックアップ、アクセスと共有」(SugarSync)
一番安いコース「30GB」だと月額5ドル、年だと50ドル。2GBの無料プランというのもあります。2GBだと保存するのはテキストファイルが中心になりそうですが、私の使い方だと2GBでも出張中くらいなら十分以上です。さらにこれだとファイルの書き換えができますから、最新ファイルがどれかを探す必要がありません。
ただ問題は、クラウドのセキュリティとこの企業の信頼性です。大切なファイルだからこそバックアップを取っておきたいのに、それが万が一全世界に公開されてしまったら目も当てられません。使ってみたい気は満々なのですが、もうちょっと様子を見てから、かな。
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もしも「近代西洋医学絶対主義者協会」というものが存在するなら、そこのメンバーには絶対容認できないであろう記事かもしれません。
「近代西洋医学と伝統医学を革新的な次元で統合“新医学”を全世界に向けて発信」(メディカル・トリビューン)
会員制のサイトなので読めない人もおられるでしょうから、記事の冒頭を引用します。
===引用開始===
アジア諸国では近代西洋医学と伝統医学/相補・代替医療(TRM/CAM)の双方を取り入れ,それぞれの領域で蓄積された知識の相互利用を模索している。東京都で開かれた「アジア統合医療会議―アジアにおける統合医療モデルと科学的解明―」(議長=日本統合医療学会理事長/東京大学・渥美和彦名誉教授)では,アジア各国からのゲストスピーカーがTRM/CAMおよび統合医療にかかわる自国の現状を紹介。アジアから近代西洋医学と伝統医学を革新的な次元で統合した“新医学”を全世界に発信すべく,情報の交換が行われた。
===引用ここまで===
ここにはありませんが、この会議が開催されたのは、本年3月27日・28日、東京大学・小柴記念ホールです。ついでに追加しておくと、こういった方向の医療の構築を模索しているのはアジア諸国だけではありません。アフリカや欧米でも実はこういった運動は行なわれています。
記事では、韓国・中国・台湾・ベトナム・タイ・サウジアラビア・マレーシア・インド・オーストラリアの伝統医学と近代西洋医学との統合医療が取り上げられています。国によって立場はいろいろですが、それはそれぞれの国固有の伝統文化と伝統医学のあり方が違うことと、西洋化の度合いが違うことによるでしょう。
なお、もう少しアジアの伝統医学について詳しく知りたい人には、たとえばこんな本はいかがでしょう。
『アジアの伝統医学』出帆新社、2004年、2700円(税別)
目次:
「インドネシアのアーユルヴェーダ・ジャムゥ」高橋澄子
「アーユルヴェーダの外科学」P.クトムビア
「シッダ医学概論」佐藤任
「モンゴル医薬学序説」徳力格爾
この本を読んでいると、「アジアの伝統医学」全体にアーユルヴェーダがいかに深い影響を与えているかがわかります。最終章のモンゴルの医学も、もともとの伝承医学にアーユルヴェーダが加わりさらに12世紀に仏教とともに伝来したチベット医学が加味されて形成されたことが本書で紹介されています。そうそう、中国の伝統医学(中医)の二本柱は経絡の刺激(鍼灸)と漢方薬ですが、後者の方にアーユルヴェーダが影響を与えている、という説もあります。それが本当なら、日本の漢方医学はアーユルヴェーダの孫か甥姪の関係ということになります。
WHOが代替医療に対してどんなことを考えているか、は、ちょっと古いのですが、こちらの本でわかります。
『世界伝統医学大全』責任編集:WHO/R.バンナーマン+J.バートン+陳文傑、津谷喜一郎 訳、 平凡社、1995年、4757円(税別)
単純化して言うと、近代西洋医学とその国の伝統医学を組み合わせると、治療成績は上がり患者満足度も上がり医療コストは下がるので、WHOは大喜び、なんだそうです。ただ、「占い」や「悪魔払い」まで載っているのですが、これってEBMの観点からはどうなんでしょうねえ。おっと、この本が出版された頃にはまだEBMは“時代の主流”ではありませんでした。一番最初に紹介したメディカル・トリビューンの記事ではさすがにどの国もEBMを無視せずに扱っています。
本書では二つの医学システムの関係について「排他的(独占的)システム(正規の教育を受けた専門家のみがヘルスケアを行える:フランス・ベルギー・ルクセンブルグ・アメリカ・旧ソ連)」「容認システム(非公認のヘルスケアが存在する(健康保険は使えない):ドイツ・イギリス)」「包含システム(伝統医学が公認されている:バングラデシュ・スリランカ・インド・パキスタン・ビルマ)」「統合システム(別々のシステムの専門家ネットワークを形成して共同で働く:中国・ネパール)」が挙げられていますが、これは簡単に「どのシステムが最善か」などとは言えません。それぞれの国・地域の歴史と文化と政治や社会の性格でうまくいくかどうかが決まりますので。日本では「包含システム」がうまくいくのではないか、と私には思えますが、本当に二つの医学が協力して最大限の効果を上げることができるのは「統合システム」ではないかな、とも思えます。
医学は、極端なことを言ったら「治してナンボ」の世界ですから、たとえ非科学的な方法でもそれが実際に有効なら治療や療養の方法論に取り込めばいいでしょう。ただし「非科学的な医療」に関しては「それは非科学的だ」の前提を崩さないようにしなければなりませんが。最初から「非科学」が前提のものを無理矢理「科学」で説明しても、それは“誤解(あるいは曲解)”でしかないのですから。(したがって「エセ科学」は、それが(本当は科学的ではないのに科学的であるというふりをしている)「エセ」である限り「科学的医療」にも「非科学的医療」にも“居場所”はありません)
※「非科学的な医療」の一つに、「音楽療法」というものが医療の世界の中にありますが、その一例を紹介しておきましょう。ここで示されるのは厳密には医療であるとは主張できないかもしれませんが、「音楽は薬です。音楽は私たちを変えます」との熱い語りを聞いてみてください。最後にヴァイオリンで演奏される「無伴奏チェロ組曲第1番」(バッハ)だけでも一見(一聴)の価値があります。
「ロバート・グプタ 「音楽に救われた魂」」
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カストロやクリントンやオバマに会う
市長や町長や住民代表に会えない
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「問題」ということばには複数の意味があります。
1)「問題です。1たす1はいくつでしょう?」……「問い」
2)「これは大問題だ。一体どうするんだ」……「困った事柄」
3)「食糧問題」「政治問題」など……「解決するべき事柄」
4)「問題の人物」……「世間の関心の焦点」
ところがこの中で、なぜか2)の意味が一番強い影響力を持っていて、たとえば3)や4)で「問題」と言った場合、そこに自動的に「困った」「厄介な」というイメージが付加されてしまうことが多くなっています。もちろん3)や4)で取り上げられるようになるのは、大体が困ったりこじれた「問題」であることが多いからでしょうが、それでも価値的には中立な「問題」もこの世にはあります。というか3)の場合には「困ったもんだ」とその「問題」を非難する態度はむしろ解決の邪魔でしかありません。
アドラー心理学を日本に広めている野田俊作さんは「対人関係では、『問題』と言わずに、価値中立的な『課題』ということばを使おう」と提案していました。たしかに「それは問題だ」と言ったら「困ったもんだ」になりますが、「それは課題だ」と言ったら「ならばどうやって解決するか」になります。
昨日「医療メディエーション」でコンフリクトについて書きましたが、コンフリクトを起している当事者はいわば「課題の所有者」と言えます。当事者としては「相手が悪い(相手が問題だ)」と言いたいでしょうが、実は、解決するべき課題を“所有”しているのは「“問題”によって困った思いをしているその人」なのです。だって課題を所有していない人は最初からその課題で困った思いをしないのですから。ところが「自分の課題」は自分からはあまり見えません。他人のことはよく見ることができますが。そこで「自分は困っているんだから、お前らがそれを解決しろ」という要求が発生します。ところがその解決するべき課題が「自分の課題」だったら、たとえ親切な他人がよってたかったとしても、それを簡単に解決することはできません。だってそれは「自分の課題(=自分が解決するべき課題)」なのですから。
そこに「課題の非所有者」としてのメディエーターが登場する余地があります。「課題を解決する」ためにではなくて「課題がどこに存在するかを明確にする」役割です。課題がどこに(誰に)存在するかが確定できたら、そこで初めて「課題の所有者」が解決への動きを具体的に始めることができるのですから。
ですからメディエーターは、関係する当事者に関してはどんな課題も「自分で所有」してはいけません。よく「中立」と言いますが、メディエーターの場合の「中立」は、「二人の当事者のちょうど中間地点にいること」ではなくて、「二人の当事者によって作られた“線分”(課題)から離れたところに位置して、“線分”(一次元)に新しい次元を与えて二次元にすること」を意味する、と私は考えています。「新しい次元」には「前の次元の課題」は含まれない、だからこそ「課題」を解決する余地(スペース)が生まれる、と。「当事者」が解決しない限り、どんな課題も真の解決にはならないのですが、メディエーターはその解決のフィールドを設定できるのです。
これは医療紛争(あるいはコンフリクト)に限った話ではありません。日常生活で生じるあらゆるコンフリクトやトラブルでも言えることでしょう。さらに言うなら、わざわざ別の個人をメディエーターとして呼んでこなくても、自分自身の心の一部を分離させて自分(と相手)を客観視することができたら、多くのコンフリクトはトラブルにならずにすむかもしれません。
そうそう、前述の野田さんはこんなことも言っています。「対人関係でトラブルが起きると、多くの人は『悪いあなた』『可哀想な私』の“カード”を出し続ける。このカードを持っている限り、常に『悪いあなた』を責め続けることができる。だって『私は可哀想』なのだから。だけど、そのトラブルを本当に解決させるためにはもう一つ『私にできること』という新しい“カード”を出す必要がある」と。
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