リアル世界やネットで暴走する自身についてはまったく自省せずに「ネットで暴走する医者」論を展開する一部マスコミ(マスゴミ?)の態度にはげんなりしますが、おかげでこうしてブログのネタにできるのですから感謝するべきなのかもしれません。
さて、たしかに「医者専用掲示板」や「医者を自称する人のブログ」でとんでもない「暴走発言」や「ゴミ発言」を見ることはあります。そこで私は問題を二つに切り分けます。
1)「ネットで暴走する医者」は、本当に「医者」なのか。
2)「ネットで暴走する医者」がいることは「ネットで活動する医者全体」を否定する根拠になるのか。
1)について。匿名掲示板やブログでの「職業認証」は非常に難しいことは素人でもすぐわかります。なりすましで入ることは極めて簡単なのです。(実際に「ネットで暴走する医者」について論じる医者以外の人たちが、その“材料”を(特に医者専用掲示板から)どうやって入手しているのか、私は知りたいと思います。医者を通して? それともなりすましで直に?) あんな「認証」は、エロサイトの年齢認証よりはすこしハードルが高くしてありますが、抜け穴を探せばすぐ見つかります。だから「医者を自称する人のネットでの暴走発言はすべて真生の医者による」と確信を持って発言する人には、その確信の根拠を示してもらいたいと思うのです。
2)については1)とはまた別の話になります。1)が否定されても肯定されても成立しますから。「ネットで活動する医者全体を否定する」とは、言い換えれば「医者がネットで活動することを全否定する」になります。どうしてそんな全否定をしたいのでしょう。(もしも「全否定などしていない」と主張するのなら「ネットで暴走する医者は否定するが、ネットでまともなことを言っている多くの医者のことは肯定する」と言ってくださいね。「ネットで暴走する医者」と十把一絡げに言わないで)
で、ここからが論考です。
一部マスコミはどうして「医者のネット活動」を「ネットで暴走する医者」ということばで否定しようとするのでしょうか。そこで私はまた問題を二つに切り分けます。
甲)内容
乙)感情
まず甲)について。
もし「暴走発言」の内容が間違っているのなら、その内容の誤りを指摘すれば良いことです。それをせずにただ「暴走」というレッテルを貼ろうとする態度からは、「もしかしたら内容の誤りを指摘できない = 内容は正しい」から苛立っているだけなのではないかと勘ぐりたくなります。まあ、下衆の勘ぐりレベルの話ですが。
で、「苛立ち」という単語から乙)に移行します。
マスコミは情報発信に関してはこれまで「上位」にいました。「私、発信する人。あんたたちは受信する人」だったのです。
「言い返せない立場の人に対しては、強い言葉が言える」(オカダの強い言葉の法則:『続・マーフィーの法則』(アスキー))ということばがあります(ちなみにこれは(若い頃の)私の投稿です)。マスコミから見たら「あんたたち」は「言い返せない人」でした。だからいくらでも好き放題を言ってきたわけです。ところが時代が変わります。ネットではマスコミも(重要ではありますが)「情報ソースの一つ」でしかありません。それどころか「好き放題を言ってきた(あちこちで恨みや不満をかった)」伝統の重みがここではネガティブに作用したのか、容赦ない「批判」「ミスの指摘」が行なわれるようになっています。それはマスコミ人の感情を傷つけることでしょう。「言い返せない立場」のはずの人間が生意気にも自分たちに「言い返す」ようになったのですから。
さらにその行為(「言い返せない立場」のはずの人間が生意気にも自分たちに「言い返す」)だけでも苛立たしいのに、その「言い返してきた内容」が正しかったらどうでしょう。「苛立たしさ」は二乗になります。その結果がぐるりと回って「ネットに対する攻撃的な態度」として発露している(で、その一部が「ネットで暴走する医者」という言葉に結実した)、というのが私の考察です。
ただ、上述の2)を私はここでも使わなければなりません。あくまでそんな「ゴミ」的態度を取るマスコミ人は一部にすぎないだろう、ということにしておきましょう。
それと、ネットで活動している本物の医者でゴミ発言を次々ばらまいている人には、自分の評判を落とすのは勝手だが、医者の評判を落とすのはやめてくれ、と意見を表明しておきます。
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高次脳機能障害について以前述べましたが(「高次脳機能障害」)、ふと「高次脳機能障害を全然持たない人間は、この世に存在しているのだろうか?」という妙な疑問を持ってしまいました。
たとえば完璧な記憶力を持った人間から見たら「ものを忘れる人」はみな記憶力の障害者でしょう。だけど、みんな「もの忘れ」はありますよね?(まさか、ものを忘れるのは、私だけ?)
注意力を集中させることの障害が「注意障害」です。集中力はみな持っているでしょうが、でもふと気が散ることはありませんか?(集中しているつもりでも楽しそうなことに気が散るのは、まさか、私だけ?)
「道に迷う」のは空間に関する見当識障害と言えます。私は幸いあまり道に迷うことはありませんが、決して皆無でもありません。
私の“仲間”が多いのだったら、「この世は“高次脳機能障害者”で成立している」と言えます。だったらそういった多くの“障害者”が生きやすい世の中であることを望みます。
……もしも高次脳機能障害が私だけなのだったら、私が生きやすい世の中を高次脳機能に“恵まれた”人たちは構築してくださいね。平に切にお願いします。
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