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2010.04.26 18:51 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

予防手術

 たとえば「虫垂」なんてものは人間には基本的に不要なものです。極端な例ですが、だったらそんなもの取ってしまえ、と全員の腹をかっさばいて手術したらよいか、と言えば、そんな予防手術は人類には利益より不利益の方が多いでしょう。「盲腸(虫垂炎)の手術」は「100%安全なもの」ではないのですから。将来盲腸(虫垂炎)から腹膜炎になって死んでしまう人にとっては利益ですが。ただしごく少数の個人の利益のために人類全体が損害を被る(本来不必要な手術を受け、その中のある割合が失われる)こと……つまり「利益」と「不利益」を総体として比較したら、明らかに結論は出せる、ということです。

 ところがこれが「未破裂脳動脈瘤」だと、私の思考はキレを失います。脳ドックでこの未破裂脳動脈瘤がどんどん見つかっていますが、「見つけたら、すぐに手術をして潰しておくべきか」のところで話がややこしくなるのです。
 もし放置して将来もしもその動脈瘤が破裂したら、くも膜下出血となります。これは嬉しくありません。動脈瘤破裂によるくも膜下出血は、それ自体が死亡率が非常に高いし、血管痙攣・水頭症などがつづいて起きると様々な障害(あるいは生命の危機)が生じます。
 ならば予防手術をするべきか、と言えば、こんどは手術そのものの危険性の話が出てきます。頭蓋骨を開けてのクリッピング(チタン製のクリップで動脈瘤をつまむ)にしても、コイル塞栓術(足の付け根から動脈の中を細いチューブ(マイクロカテーテル)を通して、動脈瘤の中にプラチナ製の細い針金をぎっしり詰め込んで固めてしまう)にしても、成功率が100%ではありません。その手術によって何らかの合併症(たとえば脳出血や脳梗塞など)が起きる可能性さえあります。麻酔事故の可能性もゼロではありません。(局所麻酔剤でさえアナフィラキシーショックを起こす可能性はあります)

 片方は最悪/もう片方は最善、なら話は簡単ですが、両者に最悪と最善があるわけで、そうなると次に考えるのは確率ですが、確率に圧倒的な差があったとしても、確率が扱うのはあくまで「集団」であって、「では自分はどうなるか」の個別の疑問に対して確率は何も語ってはくれません。
 さらにその「確率」の上に、その手技ごとあるいは主治医ごとにある程度の「経験数」を重ねなければなりません。
 このへんまで話が来ると、私は「医学」はちょっと脇に退いて、ほかの何かの出番になるのではないか、と思います。何かって何だ?ですか?  そうですねえ、たとえば「人生観」、あるいは「哲学」、あるいは「死生観」。あるいはすべてまとめて「覚悟」。

 プロ野球の木村さん(読売巨人のコーチですが、私にとっては(元)広島カープの選手)の急死で、最近脳外科の外来や脳ドックが大賑わいだという噂を聞きました。それは良いのですが、「もし未破裂の脳動脈瘤が見つかったとき、自分はそこからどんな人生を生きたいのか」についてきちんと考えてから受診した方が良いのではないか、なんてことを私は感じています。


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 本書の著者は先天性ミオパチーで不自由な生活を続け、さらに数年前には脳出血で右片麻痺となり電動車椅子生活となっています。社会からの温かさに支えられて生きてきた著者は、恩返しをしたいと、サラリーマンの仕事のかたわら赤十字語学奉仕団でボランティアをしていました。そういった生活の中、日本のお粗末なバリアフリーの現状をなんとかしようと思い立ち、脱サラをしてバリアフリーカンパニーという会社を作ります。障害者としての経歴とビジネスマンとしての経験が、「ビジネスとしてのバリアフリー推進」の原動力になったのでしょう。
 今の日本で障害者は大きなビジネスの対象にはなっていません。だから本書のタイトルがある種のインパクトを持ちます。逆に言うなら「福祉で扱うべきバリアフリーを商売のネタにするなんてけしからぬ」と言う勢力がいるわけ。だけどバリアフリーが“商売のネタ”になれば、“商売をしよう”とする人が集まることで今より社会に普及するでしょう。“とても儲かる商売のネタ”になれば激しい競争が起きてあっという間に社会全体に普及するでしょう。「バリアフリーにかかわる人間は、手弁当で報酬抜きでやっていろ」と主張するのは、日本にバリアフリーを普及させたくない、と主張しているのと同等だとも言えます。たとえば著者の生活をボランティアでサポートする学生たち。彼らも就職するときにバリアフリーが「儲かる商売」だったら、そのままの進路を歩むことが可能になります。それは日本の福祉にとって、望ましくないことでしょうか?
 ただ、「バリアフリー」という言葉を見てそこで「わかったわかった」とか「難しい」とか思考を停止させてはいけません。
 「万能のバリアフリー」は存在しないことをかつて私は「ユニヴァーサルデザイン」で書きましたが、本書でもそれに近いことが言われています。「バリアフリーって、要するに○○をすれば良いんでしょ」という簡単な“処方箋”は存在しない、と。でも、だからこそそれを求める努力が「ビジネスチャンスの拡大」につながるのです。本書では、著者が関係したプロジェクトから、みずほ銀行、チサンイン、ANA、沖縄県、JTBなど具体的な事例がいくつも紹介されています。ここに挙げられた例だけでも“障害者”の多様性とバリアフリーの現実的な多様性がよくわかります。

 そうそう、先日「お客様は神様」で私は「生産と消費」の奇妙な価値的ねじれを扱いましたが、本稿での「儲ける」についても日本では奇妙な価値的ねじれがありますね。「拝金主義」「儲け優先」「楽して儲けやがって」は悪口で使われますし高収入の人への(嫉妬に由来する私憤と公憤とが混じった)風当たりはとても強いものがあります(「高収入の医者」に対する批判もここに含まれるでしょう)。ところが、では日本人は皆“貧乏”を指向しているのかと言えば、絶対に確実にそうではありません。「自分は儲けたいと思っている」けれども「儲けようとする(儲けている)他人は軽蔑しようとする」ねじれがあるのです。本書はそのねじれを絶妙に突いている点で、着眼点が良い“ビジネス書”と言えます。切り口をちょっと変えれば、そのまま心理学の本になれたかもしれません。

書誌情報:『バリアフリーは儲かる!』中沢信 著、 PHP研究所、2009年、1100円(税別)


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