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たとえば「虫垂」なんてものは人間には基本的に不要なものです。極端な例ですが、だったらそんなもの取ってしまえ、と全員の腹をかっさばいて手術したらよいか、と言えば、そんな予防手術は人類には利益より不利益の方が多いでしょう。「盲腸(虫垂炎)の手術」は「100%安全なもの」ではないのですから。将来盲腸(虫垂炎)から腹膜炎になって死んでしまう人にとっては利益ですが。ただしごく少数の個人の利益のために人類全体が損害を被る(本来不必要な手術を受け、その中のある割合が失われる)こと……つまり「利益」と「不利益」を総体として比較したら、明らかに結論は出せる、ということです。
ところがこれが「未破裂脳動脈瘤」だと、私の思考はキレを失います。脳ドックでこの未破裂脳動脈瘤がどんどん見つかっていますが、「見つけたら、すぐに手術をして潰しておくべきか」のところで話がややこしくなるのです。
もし放置して将来もしもその動脈瘤が破裂したら、くも膜下出血となります。これは嬉しくありません。動脈瘤破裂によるくも膜下出血は、それ自体が死亡率が非常に高いし、血管痙攣・水頭症などがつづいて起きると様々な障害(あるいは生命の危機)が生じます。
ならば予防手術をするべきか、と言えば、こんどは手術そのものの危険性の話が出てきます。頭蓋骨を開けてのクリッピング(チタン製のクリップで動脈瘤をつまむ)にしても、コイル塞栓術(足の付け根から動脈の中を細いチューブ(マイクロカテーテル)を通して、動脈瘤の中にプラチナ製の細い針金をぎっしり詰め込んで固めてしまう)にしても、成功率が100%ではありません。その手術によって何らかの合併症(たとえば脳出血や脳梗塞など)が起きる可能性さえあります。麻酔事故の可能性もゼロではありません。(局所麻酔剤でさえアナフィラキシーショックを起こす可能性はあります)
片方は最悪/もう片方は最善、なら話は簡単ですが、両者に最悪と最善があるわけで、そうなると次に考えるのは確率ですが、確率に圧倒的な差があったとしても、確率が扱うのはあくまで「集団」であって、「では自分はどうなるか」の個別の疑問に対して確率は何も語ってはくれません。
さらにその「確率」の上に、その手技ごとあるいは主治医ごとにある程度の「経験数」を重ねなければなりません。
このへんまで話が来ると、私は「医学」はちょっと脇に退いて、ほかの何かの出番になるのではないか、と思います。何かって何だ?ですか? そうですねえ、たとえば「人生観」、あるいは「哲学」、あるいは「死生観」。あるいはすべてまとめて「覚悟」。
プロ野球の木村さん(読売巨人のコーチですが、私にとっては(元)広島カープの選手)の急死で、最近脳外科の外来や脳ドックが大賑わいだという噂を聞きました。それは良いのですが、「もし未破裂の脳動脈瘤が見つかったとき、自分はそこからどんな人生を生きたいのか」についてきちんと考えてから受診した方が良いのではないか、なんてことを私は感じています。
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