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 ハードディスクの整理をしていたら、その存在を忘れていたメモファイルを見つけました。ある厚生労働省のお役人の談話を私が記録に残したものです。出典も忘れましたが、テレビで喋っていたのか新聞か何かの対談だったか、のはず。

 「今、現場で起きているのは診療拒否です。院内感染の基本対策をきちんと守っていれば、感染の拡大は防げる。やることをやっていれば怖くない。みんなできるのにやらない。中国から帰ってきたというだけで、うちでは無理、などと言って大学病院や感染症法の指定病院に、押し付けるという状況が生まれています。医師の責任放棄です。免許を返上してもらいたい。
 その直前には「日本の医師は感染症に対する専門教育も訓練も受けていないし装備の準備も不十分」という「まったくなってない」という意味の非難もありました。要するに日本の臨床医は感染症に関してはぐずでのろまでどじだ、と言わんばかりです(「言わん」ではなくてしっかり言ってますが)。

 これは昨年の新型インフルエンザの話ではありません。ヒントは言葉の中に「中国」があって「メキシコ」や「アメリカ」がないことと、「大学病院や感染症法の指定病院」があって「発熱外来」がないこと。実はSARSの時(何年前か即答できます?)のお話です。(なお、SARSのインデックスケース(最初の患者)が出たのは、2003年2月でした)

 ということは、当時ハノイのWHO事務所に籠っていれば安全だったのに、未知の病気で患者がばたばた倒れていたフレンチ病院、いわばSARSの“最前線”に出向いて、N95マスクがなかったためにサージカルマスクの二枚重ねで「どうか未知の病原体がマスクを通過しませんように」と祈りながら診療に当たった(そして死んだ)カルロ・ウルバニ(国境なき医師団イタリア支部長)は、このお役人から見たら「『みんなできること』がきちんとできなかった医者」という評価になるのでしょうね。「自分自身への感染の拡大」さえ防げなかったのですから。

※『世界を救った医師 ──SARSと闘い死んだカルロ・ウルバニの27日
NHK報道局「カルロ・ウルバニ」取材班、日本放送出版協会(NHK出版)、2004年

 だけどねえ、安全地帯に引っ込んでいて最前線に出る心配がなくて、専門教育や訓練も受けていて専門知識も経験もあり、しかもN95マスクはおろか宇宙服のような防護服まで支給されているから、ご自身は自分が感染する心配だけはする必要がないのでしょうが、当時私たちには、N95マスクもガウンもなかったのです(厳密には、少量の在庫はありましたよ。でも、たとえば一ヶ月の“籠城”に耐える量ではありませんでした)。もちろん問屋に注文しました。そうしたらお返事は「在庫無し一ヶ月待ち」。それで何をどうしろと?

 戦争の時、部隊にろくな補給もしないで「根性で頑張れ、どうして敵をやっつけないのか!」と言うエリート参謀のことを思い出したりしていました。まあ私は戦時中のことは体験がないので、デジャブではなくてただの想像ですが。
 ともかく、補給も具体的な作戦行動の指示もなしで成果だけを求めるのは、参謀としては無能で無責任です。そして、それを「大本営発表」として垂れ流すマスコミも現場を無視している点で同罪だと思いました(現在完了進行形)。

 大切なのは「日本にSARSを蔓延させないこと」という大目的です。そのための手段としてどのような行動が必要か、そのためにはどのような機材をどこに配備したら効果的か、を判断し手配するのが作戦本部のお仕事です(お仕事のはずです)。お手軽お気軽な「根性論」なんか不必要。
 そもそも「日本の医師は感染症に対する専門教育も訓練も受けていないし装備も不十分」と非難しておいてその同じ口で「診療拒否をしてはならない」と言うのは、要するに不十分な知識と装備で圧倒的な敵に裸で突っ込んで行け/後方支援はしてやらんぞ、と言っているわけ。私たちは、一体何ですか?  誰かの弾よけ?

 SARSの前年でしたか、大きな欠損が出た責任を問われて「社員が働かないから、赤字になった」と会見で口走った社長がいましたっけ。現場の志気やモラルを下げるのにこれ以上ないくらい効果的な手法だと私は感心しました。そんな社長だからこそ社員が“働かなく”なってしまうのではないか、と。ともあれ、このお役人が何かの間違いで社長になったら言いそうなことと同じ発想ですな。

 具体的な支援は望めない。精神的な支援も望めない。ではせめて情報は、と言えば、厚労省の発表はまったくお寒い状態でした。CDCやWHOの情報を見る方が、厚生労働省の発表を見るよりタメになるのが現実だったのです。
 しかし、そうやって個人個人が努力して海外から情報収集をする、というのは、国全体としてみたら無駄なんですよねえ。戦争で、兵隊一人一人が全員それぞれ戦場の状況や補給の現況を全部把握してから戦闘行動に出るようなものです。

 で、そういった「SARSの時の記憶」を持っている者は、昨年の新型インフルエンザのときの厚労省の対応を見ていて呟くのです。「デジャブか?」。
 で、嫌な予感もするのです。「二度あることは三度ある」。


※そういえば「野戦でたたき上げた人間と参謀本部のエリート参謀が対立した場合に、居丈高になるのは、常に後者」なんて意味の言葉もありましたっけ。(『ローマ亡き後の地中海世界(下)』塩野七生、 新潮社、2009年)


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2010.04.17 06:53 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

N95マスク

 ほんの10年前にはこのマスクはほとんど知名度がありませんでした。私が当時勤務していた病院でも主に結核患者発生時の対策としてこのマスクを数個常備はしていましたが、ふと思い立って調べるまで、この名称の意味さえ知りませんでした。今ではマスコミでもけっこうこの名前は無造作に登場するようになりましたが、時代は変わるものだな、とは思います。

 ちなみに、「N」は耐油性が無いことを示し(Not resistant to oil)、「95」は試験用の0.3μmの粒子の95%以上を通過させないことを意味するのだそうです。この上に「99」とか「100」なんてものもありますが、95でもぴったりつけたら息がしんどいのに、100なんかどのくらい肺活量と横隔膜の強さがいるんだろう、と思ってしまいます。フィルターを通して息をするのは大変なんです。
 もし「N95マスクをつけても楽に息ができる」人がいたら、その人は非常に呼吸能力が高いか、マスクが顔面に密着していなくてその隙間から空気が出入りしている可能性があります。
 なお、ウイルス自体の大きさは「0.3μm」よりも一桁小さいのですが、ミストとなって空中を漂っているときには0.3μmくらいの粒子径になっているそうです。

 なおこのマスクには、つけ方や外し方の“作法”があります。
つけ方については「N95 マスクフィットテストビデオ第2章」(YouTube)などをどうぞ。

 こうやって動画ですぐに確認できるとは、良い時代ですねえ。


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